第八話「闇に飲まれた笑顔」1
遠くで聞こえる哭き声の種類は、ひとつやふたつではなかった。熊のように低く唸る声や、未だに耳に残っているヴォルグと似た遠吠え、それに蛇が威嚇するような音も、湿った空気に混ざって聞こえてくる。それは右で聞こえたかと思うと、すぐに左から、背後から、と、全方向から聞こえてくるようだった。
想像できないほどの魔物が棲んでいることは、容易に理解できた。
緊張の張りつめる中、すぐそばの木々から無数の鳥たちが、「ギャアギャア」と鳴きながら羽ばたく。揺れた木々の音と相まって、その羽音でさらに不気味さが増した。
「そうだ、火を焚きましょう、多少は魔物を除けてくれるかもしれません」
ルナリスの一言で、ガルドは馬車の中から斧を取り出して、割と小さ目の木を一本切り倒した。それをトウカが一瞬にして薪にし、ミリアの魔法で火を着けた。
辺りが真っ暗になる前に事が済み、炎を前にひと息つく。
炎は焚火というには大きく、俺の身長をゆうに超える高さまで火は上がっていた。小さくては意味がないという事なのだろう。
火を囲んで、外側を向き警戒する。ガルド曰く、すでに魔物たちは、こちらの存在に気付いているだろうという事だった。俺も、ガルドが準備しておいてくれた剣を構える。思っていたよりもずしりと重いそいつは、何かが襲ってきた際、果たして俺の細い腕で咄嗟に振れるのかという不安がよぎった。しかし無いよりはマシだ。改めて切っ先を暗闇に向けた。
静かな暗闇で、ここだけが明るい。炎の音と、木の繊維が割れる音が鳴る。哭き声は徐々に少なくなり、今ではすっかり聞こえなくなった。
しかし、何かがうごめく様な、枝葉を揺らす音、擦れる音は絶えず聞こえてくる。明らかに生物が動いている音だ。この辺りを無数の“何か”が徘徊しているのが、俺でも分かった。
ミリアは杖を構え、トウカは姿勢を低くし、居合の構えを取っている。ガルドも剣を構えており、ルナリスも辞典のような分厚い本を片手に警戒している。それぞれは一切口を開くことなく、辺りの動きに集中している。
その時、トウカが小さくこぼした。
「ざっと、三十……」
その言葉に、俺を含め、他の三人もぴくりと反応した。
「この周りだけでか」
ガルドが警戒を解かずに横目で聞くと、トウカは小さく頷いた。
獣人特有の嗅覚でもあるのだろうか、トウカは構えたまま、辺りの気配を伺うように目を閉じて集中していた。
その時、トウカの声が静かな空間に響いた。
「来るっ」
その直後、トウカの眼前に、大きなハイエナの様な魔物が飛び出してきた。暗闇の茂みから飛び出したそいつは、よだれをまき散らしながら牙を剥き出しにし、喚き声と共にトウカ目掛けて飛んできた。
刹那、光の筋が魔物を薙いだ。魔物は腹から上下に分かれ、鮮血とはらわたが飛び出した。大きな身体とはらわたは、ボタボタと落ち、トウカは目を瞑ったまま、刀の血を払い、静かに刀を鞘に納めた。ゆっくりと構えを解くと、斬った屍を見つめ、首を傾げた。
2へ




