第七話「森が哭く夜」4
そんなにすごい魔物と、たった一人で対峙したのか。と戦慄した。本当にすごいおっさんだ。城で初めてガルドを見た時は遠目でしか体の傷は見えなかったが、こうして間近で見ると、そのひとつひとつの古傷は深く刻まれており、戦士としての誇りにも見えた。
「おっさん、当事者でも何でもない俺が言うのもなんだけど、奥さんと娘さん、その二人は、今もおっさんの中で生きてるよ――そうだろ?」
俺はそう言い、ガルドの目を見た。その優しい目から零れるモノを見て、自分の目頭も熱くなった。ガルドはそんな俺を見て、「ああ、そうだな」と、目を細くして笑った。
するとミリアが、手綱を引いたまま、背中でこう言った。
「人の死は無駄じゃあない。それが、どんなに犬死にだとしても。――大切な人がそばにいなくなった時、その人への愛情は、一番高くなる。会いたいのに会えない、話をしたいのに話せない、抱きしめたいのに抱きしめられない……そういった気持ちが、気持ちを昂らせる。そしてその気持ちが、生きる力をくれる。そしてなにより、自分は今、そんな大切な人からずっと見られてる、応援されてる。――そう思うとさぁ、生きなきゃじゃん、何があってもさぁ……」
珍しく静かに言うその言葉は、後半声が震えていた。ガルドは目尻を下げて、「お前もそういう事言えるんだな」と茶化して見せた。ミリアは肩を跳ね上げ――
「わ、わたしだって、ちゃんとしてる時はちゃんとしてるんですぅ!!」
と、顔を半分こちらに向けて、これまた冗談気味に声を高くした。不意にトウカを見ると、口角を若干上げ微笑んでいた。それを見て、「こいつも、こんな顔するんだな」と、思わず頬が緩んだ。ルナリスもガルドも、ミリアの方を見ていた為気付いてはいなさそうだったが、これは俺だけの秘密にしておくことにした。
と、そんなトウカと目が合った刹那、彼女の尻尾が「跳ねる」というより、まるで雷が走ったみたいに一気に逆立った。本人は必死に伏し目がちになって取り繕っていたが、尻尾だけは嘘がつけないらしい。……こいつ、照れると尻尾でバレるんだな。
そして会話は、俺の心当たりのある“あの出来事”へと突然舵を切った。それは、ミリアが照れ隠しで言っているようにも感じた。
「ととと、ところでさぁ、昨日の七刻か八刻くらいに、外で物凄い魔法見たんだけど、誰も見なかった?」
物凄い魔法……か。それはきっと、ルナリスの中の魔王、アザルが放った“あれ”の事だろう。魔法ですらないとか言っていた、あの炎の壁だ。今思うと魔法ではないから、赤かったとしても、ヘビーマジックという訳ではないのだろう。
ルナリスが放ったものだとは言わない方がいいだろうと判断し、黙っておいたが、ルナリスは目を丸くしていた。
「え、そんなことがあったんですか?」
「それなら俺も見たぞ」
ルナリスに続いてガルドが便乗した。
「ちょうど城の自室にいたんだが、南の空に、まるで地から突き上がるように――真っ赤な炎の壁が立ち上がったんだ。城壁よりも高くて、音も凄かったぞ。一時城は騒然としていたが、城下の人たちも見ていただろうな。気付かなかったのか」
ガルドはルナリスへその目撃談を話したが、ルナリスは首を傾げた。
「ちょっと……気付かなかったです。その頃はお昼寝をしていたのですが、わたしも城下の外にいました。どうして気付かなかったんだろう。疲れてたからかなぁ」
その発言の直後、ミリアはルナリスの方を素早く横目で見た。……その反応は、まるで条件反射のように鋭かった。
俺は見逃さなかった。ミリアは、「ルナリスちゃんってばかわいいー」なんていつものように垂れた目を細くしていたが、瞬間的にルナリスへ向けた眼光は、刺すように鋭かった。
「ガハハハ! あの音でも起きなかったのか、ルナリスは意外と強者なのかもしれんな」
ガルドは口を大きく開け、豪快に笑った。そんな平和な雰囲気の中、先ほどトウカが笑っていたこともあり、もう一度見てみた。するとトウカはすでに、俺に鋭い視線を向けていた。今度はこちらの肩がビクリと跳ねた。それを見るやトウカは、片頬を上げ、目を細めた。
……こいつ。
尻尾が余裕めいて、ゆらゆらと動いているのが腹立たしい。
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