第七話「森が哭く夜」2
ミリアの弾む声が響くと、ガルドとトウカもこちらへ視線を向けた。ガルドは「よく来たな」とでも言いたげに目じりを下げて微笑み、トウカは相変わらず表情ひとつ変えず、ただ静かにこちらを見ていた。
そんなトウカに近づいて初めて気づいたが、こいつの刀、妙に柄が長い。刀身の六割、いや、七割ほどの長さはある。そして柄の先端は間広くなっていた。何か、意味はあるのだろうか。気にはなったが、とりあえず皆に挨拶をした。
「お待たせしました」
俺が開口一番そう言って頭を下げると、ルナリスもそれに倣った。
「改めてよろしくな」
ガルドは銀色の髭をわさわさと触りながら、柔和な表情でそう言った。ミリアもそれに続く。
「よろしくねっ」
弾む声色が、彼女の性格を一瞬で露呈させる。
俺とルナリスも改めて挨拶をする。それから荷物を持ち、ミリアの先導で城下町の出口に向かった。
出口に着くと、そこには馬車が準備されていた。ミリア曰く――
「ノクティアまではおおよそ一日半ほどの道のりなので、順番に御者をしましょう。暗くなったら魔物が来ないように野営をしましょう」
とのことだった。御者とは、馬車の手綱を引く人のことで、俺は未経験だったのでやらなくていいことにはなったが、その分後で火おこしやらをしてくれと、役割をあてがわれた。
始めは、ミリアが御者を務め、他の皆は馬車の中に入った。一応、御者の座る場所と馬車の中は繋がっており、いつでも交代が出来るようになっていた。
馬車に乗るのなんて初めてだったが、正直、乗り心地は最悪だった。揺れは酷いわケツに伝わる振動は刺すわ、挙句には小さな何かを乗り上げただけで内臓を揺らした。坂道やぬかるみなんかでは横にも揺れ、足の力を緩めるタイミングなんてない。肘置きがあるわけでもないので、横にも踏ん張っていなければいけない。隣がガルドのおっさんでよかったと安堵した。
乗った時に、俺とおっさん、ルナリスとトウカ、と言う具合に向かい合って自然と別れたが、こういう事だったのかと今更理解できた。
しかし皆は慣れているのか、そんな過酷な状況を意に介さない様子で、会話に興じていた。ガルドやミリアは、自身の得意な戦い方なんかを教えてくれた。そんな中しだいに、かつて経験したことのある戦へと話題は変わっていった。
「なあおっさん、そういえば王様が言ってた“黄昏の大審判”って、どんな戦争だったの?」
俺が問うと、ガルドは腕組をして目を瞑った。深く息を吸い、重々しく口を開いた。
「黄昏の大審判か、あれは戦争じゃあない、一方的な襲撃だ。魔物のな」
今までお喋りだったミリアが急に黙った。それだけでその大審判とやらが、如何に凄惨なものだったかを物語った。沈黙をひとつ噛みしめ、ガルドは再び唇開いた。
「あれはな、俺がまだ三十の頃だった。衛兵に就いて三年目、俺はそこそこに腕っぷしもよかったから、あっという間に一番隊の指揮官にまで昇りつめたんだ。慕ってくれる部下もたくさんいてな、それは楽しくてやりがいのある仕事だった」
ガルドは遠い記憶をそっと撫でるように、視線を宙へと彷徨わせた。
「子供もいたんだ。娘だ。よく笑う子だった。よちよち歩きの頃なんかは転んでも泣かずに、ケラケラ笑うような……そんな元気な子でな。――俺の宝だった」
ふと漏らす声は、笑っているようで、どこか痛みに似た震えを含んでいた。
「嫁も本当にいい女だった。晩にはよく、どっちが先に寝てしまうかで賭けをしてな。負けた方が強制的に起こされて、肩もみをさせられるんだ。あいつの手は暖かくてな……あの時間が、俺の一番好きな時間だった」
――馬車がガタンと揺れ、俺たちは少し体勢を整えた。
語りながら、ガルドの目尻に刻まれた皺が、僅かにゆるんでいた。短い幸福の断片が、静かにそこへ灯る。
しかし、その温もりを噛みしめた直後、ガルドの声には再び重い陰が落ちた。
「……そんな夏のある日、朝なのに、突然空が夕方みたいに染まったんだ」
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