第一話「悪魔を封印せし者」3
目を覚ますと、まったく見覚えのない天井が映った。辺りを見渡す。藁でできた壁と天井を察するに、どこかの村なのだろうという事だけは分かった。恐らく、現地の人が助けてくれたのだろう。恩に着る。
体を起こして、ベッドにあぐらをかいた。頭痛がするのと、体中に鈍痛が残ってはいた。しかし不思議なことに、洞窟で目を覚ました時には傷だらけだった体が、今ではきれいさっぱり無傷になっていた。それどころか、右足首の腫れも引き、痛みもまったくなくなっていた。そんなに寝ていたとも思えないのだが……。
そうやって体を見ていると、誰かが家に入ってきた。桶に水を入れて、重そうに体を振られながら。
見た感じ、高校生くらいの女の子だった。髪はブラウン系の黒髪で、ポニーに纏めている。整った顔立ちをしていて、放っておけば誰かが声をかけてきそうな雰囲気だった。そして驚いたことに、その子はアジア系……というか、日本人みたいな顔をしていた。
この南アフリカの地に日本人か? そう思うが早いか、その子は俺の姿を見るや、目を見開いて持っていた桶を落としてしまった。そして家から飛び出していった。桶の水が、泥土の上に染みていく。
取り残された俺は、このままベッドの上にいたがいいのか、それともベッドに腰掛けたままだと図々しいと思われるか、それなら立っていようか、しかし立っていると部屋を物色していると思われるのではないか。という堂々巡りで頭がいっぱいになっていた。するとそこに、女の子が戻ってきた。これまた日本人みたいなじいさんを引き連れて。
するとそのじいさんは、驚いたことに日本語で話してきた。
「これはこれは、よくぞ目を覚まして下さった」
そう言って手を合わせ、俺を拝んだ。女の子も同様の仕草をしている。
「ちょ、ちょっとじいさん、えっと、まずは助けてくれてありがとっす。それで、ここはどこなんすか? それに何で日本語話してるんすか? あ、もしかしてここって日本? 俺日本に運ばれたんすか?」
俺がそう言うと、じいさんは目を丸くした。驚いているというより、あっけに取られている感じだ。女の子もやはり、同じ表情をしていた。そして口を開いた。
「あ、あの、ニホンというのは……一体? ここはアリオスという村ですが」
アリオス? 日本語を喋る子にそんなことを言われても、信ぴょう性はない。
「アリオス……。あの、君もここの村の子なの?」
「はい、そうです」
女の子は、心配そうな面持ちで答えた。その顔は一体なんだ。俺が記憶喪失か、それとも頭がおかしいおっさんとでも思っているのか。まったく、おかしいのはそっちだろう。
アリオスだって? どう考えても日本にそんな場所は存在しない。しかしそうは言っても、相手を完全に否定するのも憚られる。とりあえず、現状を確認する必要がある。
「えっとー、俺洞窟から出てきたところで気を失っちゃって。どっかこの辺でありません? 洞窟。その入口辺りで倒れてたと思うんすけど」
じいさんにそう尋ねると、首をかしげて答えた。
「洞窟の入口ですか、はて? あなたはリサリア山のたもとに倒れておりました。洞窟というと、あなたが倒れていた反対側に入口はありますが……山を越えて行かねばなりませんし、その洞窟では神を封印しておりましてな、封印者以外は立ち入る事を禁じております故、そのような場所に行かれたともなれば、やはり記憶違いかと」
山のたもと? 正反対? 神を封印? 一体何を言ってやがる。本当に頭がおかしくなりそうだ。それにあそこは、悪魔を封印してるっておとぎ話があったんじゃないのかよ。
「そ、そうっすか。記憶が、飛んでるのかもしれません」
いろいろ思うところはあったが、当たり障りのないように、そう答えておいた。
「えーと、お名前はなんと?」
「蓮です。風間蓮」
「カザマレン……さんですか。少々風変りなお名前ですな」
風変りだと? 純日本の名前だろうが。
じいさんは「お名前が分かれば、大丈夫ですな」と言い、先ほどの話を続けた。
「そこで封印している神と、対に悪魔を封印している者もおります」
ほう。現在このおかれた状況はいかんせん飲みこめやしないが、その話には少しばかり興味があった。秘境ライターの血が騒ぐ。俺はじいさんの話に耳をかたむけた。
「神だけが存在していると、民に幸福ばかりが訪れ、末に怠けた人間ばかりになってしまい、果ては滅びるでしょう」
なるほど、それはたしかにそうだ。だから神を封印しているのか。
「そして、悪魔だけが存在していると、如何なる努力も報われず、民は全ての意欲が削がれ、これまた滅びるでしょう。それ故に、神と悪、この双方を封印しているという次第なのです」
作り話にしては妙に説得力のある内容だ。面白い話ではあった。帰ったら、これは記事にまとめるとしよう。
そこでひとつ疑問が湧いた。
「でもじいさん、神と悪魔、両方封印しなきゃあバランス取れていいなじゃないのか?」
言うと、じいさんは「そこが難しいのです」と話し始めた。
「神と悪魔が封印されずにいるのも結構ですが、人間というものはおもしろいものです。自分に降りかかった火の粉は大きく、そして注がれた水は少なく感じるものなのです。つまり、人というのは、幸せを感じる時間よりも、はるかに不幸を感じている時間の方が多いのです。そしてその不幸は大きく、幸せはどんなに大きくとも、不幸よりも小さく感じてしまうものなのです」
なるほど、それは確かにそうだ。不本意ながら、このじいさんの言っていることに深く頷いていた。
「そこで、祖の民は考えました。“悪魔を封印すればよいのでは”と。そうなると、先ほど申し上げました、神だけの世界になれば、という考えの元、双方封印と至ったわけでございます」
よく出来た昔ばなしだ。その思想はあながち間違いではないが、そもそも、神や悪魔を封印しようって考えがヤバい気がする。相当な罰当たりだ。
「なあじいさん、神は俺が倒れてたとこで封印してるってのは分かった。しかしその悪魔を封印してる人って、どこで封印してるんだ?」
そう聞くと、じいさんはゆっくりとかぶりを振った。
「分からんのです。わしが小さいころ聞かされた話では、その者は首筋に魔法陣の刻印を携えており、その身に封印しているという話です」
「その体に封印してんのか。すげえな」
「並の魔導士には無理でしょうな。魔導士というのは、われわれ魔法を使える種族の中でも、その魔力がずば抜けておる者です」
おいおい、今度は魔法かよ。俺の頭がおかしくなってんのか、じいさんの頭が沸いてんのか……恐らく後者だろう。まあ、知らない村で世話になってんだから、一応合わせとくか。
「その魔導士でも、並の人じゃ無理って、相当な力がないとダメってこと?」
「その通り。その者は、生まれながらに絶大な魔力を秘めております故、後継者として悪魔を体に封印されます。しかし、封印されている事実は、己でも気付く術はありません」
「自分で気付けないって、どういうこと? 分かりそうなもんだけどな」
俺が問うと、じいさんはゆっくりと立ち上がった。
「この村出身の人間は、生まれて二十を数える年、ある儀式を行います。成人の儀です。街へ出ていようが城で仕えていようが、儀式をする為に帰ってきます。そしてその儀式によって、封印している者の首筋からは魔法陣の刻印が浮き出る事となり、正式に後継者となります。更にその後継者は己が持つ魔力を以って、絶大な魔力を秘めた赤子が生まれることを予知します。そしてその子が生まれたならば、その子へ悪魔を封印するという、そういうしきたりとなっています。その成人の儀は長老しか立ち会わない決まりなので、刻印が出たことは、長老と本人以外、誰にも分かりません」
壮大なおとぎ話だ。ということは、今現在も神様は封印されて、悪魔も誰かの中で絶賛封印中ってわけか? こういう辺鄙な村では、ありそうな話だ。一切信じる気はないが、とりあえず返事だけしておいた。
「そうっすか、すごいっすね」
……何がすごいんだか。自分でも反吐が出る返事だった。
じいさんは女の子の方に向き直ると、こんなことを言った。
「ところでルナリス、このレンさんを倒れていた場所へご案内しておやりなさい。何か思い出すかもしれない」
ルナリスと呼ばれる女の子は、相変わらず不安そうな表情で、「う、うん」と頷いた。
ルナリス……まったく、どっちが風変りなんだか。
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