第四話「疑惑」2
翌朝、窓から差し込む朝日にまぶたをこじ開けられた。なるほど、このベッドの配置、朝になったら自然に起きられるよう、こうしてあったのか。これなら目覚ましは必要ない。
「おはようございます」
声の方を見ると、ルナリスが荷物を整理していた。朝の光に濡れた黒髪が静かに揺れ、頭の頂には天使の輪が出来ていた。それを見てふと、――魔王を封印しているのに――と思い可笑しくなった。口角が自然と持ち上がったが、それが理由だとは言わず、
「おはよう」
とだけ返した。するとそのタイミングで、爽やかな音楽がスマホから流れた。目覚ましのアラームだった。その音が鳴るや、ルナリスは目を丸くして、手に持っていた服を胸元でぎゅっと握りしめた。壁に背をつけてもなお、後ずさりしようとする様が面白かった。
「あはははは! アラームだよ、目覚まし。寝坊すると大変だから、これでセットしておいたんだ」
そう言ってスマホをかざして見せた。俺の説明で安心したのか、ルナリスは両手をだらりと垂らした。
「驚きましたぁ。その機械は何でも出来るのですね。それにしても心臓に悪いです。今後何かに使う時は、事前に教えておいて頂けると助かります」
はぁ、っと息をつくと、ルナリスは荷物整理を続けた。
首筋の魔法陣は、相変わらず静かだ。しかし、なんとも異様な紋様のそれは、魔王が封じられていると思うと不気味な反面、心強くもあった。
しばらくすると、昨晩書庫で話をした老人が呼びに来たので、部屋の外へ出て、案内される通りついて行った。
右に行ったり左に行ったり、一度外に出たかと思うとまた城内に入ったり。もう分けが分からなくなった頃、ルナリスが「一体、どこを歩いてるんでしょうね」と耳打ちをしてきた。その時、大きな階段が現れた。敷かれた真っ赤な絨毯は、踏むと“ぐぐっ”と足が沈んだ。雪を踏んだ時の感触に似ていた。
――こんなに分厚い絨毯なんか敷いて、この城の収入源は一体どこなんだ? ミステリー雑誌の編集者としての興味が、そんなところに向いてしまう。きっと国民からの税収なのだろうが、それだけではこの城で仕えている人たちに給料は払えないだろう。
――ん? そもそも給料なんて貰っているのか? 城に仕えているというだけで、安定した生活が確約されている。そこが最大のメリットで、ひいては魅力なのではないだろうか。まあ、俺の心配するところではないか。
そんなことを考えつつ階段を上っていると、玉座に座る国王がそこにいた。一目で国王だと分かった。深紅の外套をまとうその人が、あまりにも威厳があったから。
長く波打つ白髪を後ろで束ねており、老いを感じさせぬ背筋はまっすぐに伸び、高い鷲鼻と細く切れた目が、刻まれた皺の奥に冷たい光を宿していた。その視線は、まるで臣下の心の奥まで見透かすかのようだった。冷淡さはあったが、そうでなければ国王なんて務まらないのだろうと、どこか納得するところもあった。
俺とルナリスが王様の前に並ぶと、老人は深々と頭を下げた。ルナリスも倣って頭を下げたので、俺もそれに倣う。
「して、ルナリスと申したな。昨晩の騒ぎ、わしもこの目で見ておった。急ぎ派遣隊を向かわせたものの、城下は見る影もない。魔物が攻め寄せるなど、誰が予見できようか――とはいえ、不測の事態に備えられておらなんだこと、誠に遺憾である。民には、いずれ何らかのかたちで詫びをせねばなるまいと、考えておる」
王様は玉座に深く体を沈ませたままそう言うと、「おい、大臣」と例の老人を呼んだ。このじいさん、大臣だったのか。そう言われると、そういう気品はある。村や城下で見かけた年配者と比べて、オーラもまるで違う。
呼ばれた大臣は頭を垂れると、すぐにそばにいた侍従から剣を受け取った。装飾品の施された、綺麗な剣だ。刃は丁寧に磨かれており、まるで鏡の様に辺りを映していた。
王様は玉座を降りその剣を受け取ると、胸の前で両の手を重ねるようにして剣を抱いた。その切っ先はまっすぐ天を指し、微かな光を受けて、祈りにも似た冷たさを宿している。
「それではこれより、黎命の儀を執り行う。ルナリスよ、前へ」
ルナリスは大臣に促されるまま王様の前へ行くと、膝を折り頭を垂れた。王様は掲げていた剣をゆっくりと下ろすと、ルナリスの頭にそっと添えた。
「ルナリス・フェイン。汝がその身を賭して魔を討ち、災いを鎮める姿、そしてその偉大なる力、しかと見届けた。王命により、汝を派遣隊の一員として任ずる。忘れるな――汝の剣はこの国のためにあり、汝の命もまた、国の一部であるということを」
威厳に満ちた声は、その広間に響き渡っていた。王様は剣を戻し、大臣に渡した。続いて、「連れてまいれ」という言葉に、侍従はさっと動き、すぐに戻ってきた。その後ろには、冒険者の出で立ちをした三人が連れられていた。
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