第四話「疑惑」1
例の話がひと段落したあと、老人の案内で、俺たちは奥の部屋へと通された。ぶ厚い扉の向こうは、外の喧噪が嘘のように静まり返っていた。その夜、俺たちは城に留まり、一夜の宿を与えられることとなった。
ルナリスの中に眠る脅威となる存在。その名前と、昨晩書庫で老人に言われた、魔王の名前「アザル・ヴェルク」。その二つが合致するとは、思いもしなかった。
ルナリスが封印している“そいつ”は、悪魔ではなく、その親玉的存在の魔王だった。
かつて世界を焼き払ったと云われる伝説は有名で、この世界では知らない方が珍しいという程らしかった。しかしそれを教えてくれたルナリスも、魔王の名前は知らなかったようで、彼女曰く「誰も知らないから、知らなくて当たり前になってますし、そもそも名前があるだなんて思いもしませんでした」とのことだった。
まあ確かに、知らなくて当たり前なら、名無しだと思って当然か。なにより名前など無くとも、“魔王”という名称だけで、その存在を誇示するにはじゅうぶんだろう。
それにしても、世界を焼き払ったほどの魔力を秘めた魔王が、ルナリスの中に封印されているとなれば、彼女の魔力はそれ以上だということになるのだろうか。なにせベビーマシュマロの詠唱で赤い魔法が出るほどなんだから、もしかしたら、あり得るかもしれん。
柔らかいベッドで天井を見上げ悶々と考えていると、隣のベッドから細い声が聞こえた。
「眠れないのですか?」
首をそちらに向けると、ルナリスが白いシーツにすっぽりと包まっていた。
布団の端から、まるで小動物みたいに目だけを覗かせている。窓から差し込む月明かりが彼女の頬を淡く照らし、左目だけが透きとおるような青を帯びて見えた。息を呑むほど静かな瞳だった。
「んー、まあな。お前の中にいる存在とか、そいつがどれだけ強い力を持っているかとか考えてたら、目が冴えちまってな。ルナリスも眠れないのか?」
ルナリスは小さく頷いた。
「ええ、目を瞑って何も考えずに周りの音だけに集中していると、すっと眠りにつけるのですが、今日は色々起こり過ぎちゃって」
困ったように笑みを浮かべるその表情は、とても魔王を封印している者とは思えない。
「そうだな。朝からついさっきまで、今日はイベント目白押しだったもんな」
俺がそう返すと、ルナリスは「イベント?」と目を丸くした。……めんどくさいやつだ。
そう言えば、こいつは魔王が自分の中にいることを、どう解釈しているのだろうか。神を封印している者と、対となる悪魔を封印していると云われる者。この後者が自分のことだと気付いているのだろうか。いや、気付くわけがない。ただ単に、突然体の中に魔王が入ってきたと思っているだけだろう。そしてそれをきっかけに、魔法が使えるようになったと、そう解釈しているに違いない。
それにどうやら、魔法陣が見えているのはやはり俺だけらしい。ルナリスのじいさんもそうだったが、さっきの老人もルガートとかいうルナリスの元級友も、魔法陣に気付いている様子はなかった。
今でこそ魔法陣は光を発してはいないが、魔王が表に出ていた時、そしてその後ルナリスが魔法を使った時、その時は確かに赤く揺らめいていた。発光していない今でも、魔法は使えるのだろうか。そして、魔王はルナリスの意思で呼ぶことは出来るのだろうか。疑問は募るばかりだ。
そんなことを考えていると、いつの間にかルナリスは目を瞑って寝息を立てていた。眠れないとか言いつつ、体は疲れていたのだろう。今はゆっくり休むといい。なにせ老人から、魔王討伐の派遣隊に任命されてしまったのだから。きっと明日から、大変な毎日になるに違いない。
そして明日は早朝から、正式に派遣隊の任命式……黎命の儀、だっけか? があるとか老人が言っていた。正直かたっ苦しい式とかは嫌いだから、そういうのすっ飛ばして、「じゃあ、行ってきてねよろしく」くらいでいいんだが、国の命令で出すってんだからそうもいかないのかもしれない。
この世界の時刻ははっきりとは分からないが、適当にアラームをセットしておこう。二人そろって寝坊してたんじゃ笑えない。国の式となれば、処罰の対象にもなりかねないからな。
スマホをリュックから取り出す。バッテリー残量は「21%」と表示されていた。このアラームを最後に、あとは明日の日が暮れるまでには、バッテリーは切れてしまうだろう。どちらにしても、この世界では使うことがない。こうして最後に大役を任せてやれば、このスマホも携帯冥利に尽きることだろう。
時計は「0:36」と表示されていた。異世界というわりには、朝から今までの感覚で、俺の思っていた時刻とさして変わりはなかった。この世界も一日は二十四時間なのだろうか。体内時計が狂わなくて助かる。
明日は早朝と言われただけで、何時から式があるかは聞かされていなかったが、念のため、五時にアラームをセットした。
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