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第三話「血の契約・解放」5

 老人の刺すような視線に、ルナリスは耐えられず目を逸らした。さらに続ける。

「して、ルナリス。わしはヴォルグたちが攻めてきた時、始めに重魔法を見たんじゃ。気が付いたら城の外が真っ赤になっておってな、そちらを見ると、なんと火柱が上がっておった。あれは自然で起きたものじゃあない。間違いなく魔法じゃ。あれも、おぬしの仕業じゃったのでは?」

 ルナリスの肩が跳ねた。俯いた唇から「必死だったので……」という言葉が、逃げるように洩れた。

「火事場のなんとやら、というやつかのぉ。それからも三つ四つと同様の火柱が上がっておったが、まあよい。そんな事より、もうひとつ、聞きたい事がある。ルガートの編隊もヴォルグを二体はやったということじゃ。それに派遣隊は他にも五つは編隊がある。同じ様に仕事をしていたとして、ざっと十体は派遣隊にでもやれていたのではないかと思う――」

 老人は持っている本のページを、ゆっくりとめくりながら声を落とした。その声は書庫に響いていた。老人は続ける。

「――しかし、城下町に転がっていた死体は、そんな数じゃあなかったんじゃよ。二十、いや、三十はあったじゃろう。それだけなら、まあ、おぬしがやったのかもしれんと、思えなくもないのじゃが。問題はその死体なんじゃよ。頭部や身体が、まるで握りつぶされたような損傷を受けておったり、巨大な何かで殴られたような跡もあったんじゃ。一体、だれがやったと思うかね?」

 ルナリスは左腕を抱くように持ち、視線を落とした。唇はきゅっと結んでいる。ばつが悪そうにしているのは、ルナリスも“あの時”の記憶は全てある、ということなのだろうか。

 老人は黙るルナリスの顔を、覗き込むように言った。

「のおルナリス、誰がやったんじゃろうなぁ」

「し、知りません……」

 そっぽを向いて答える。その声は、この静かな書庫でも聞き逃してしまいそうなほどに小さかった。

「実はのお――」

 老人はまたゆっくりと歩きだして言った。

「なにせ城下の夜中じゃ、暗くて真偽はそれこそ闇の中じゃが、こやつ、ルガートのパーティのひとりが見たらしいんじゃ。おぬしそっくりの“何か”が、ヴォルグを駆逐している様をな」

 ルガートもこくりと頷いた。するとルナリスは、俯いていた顔を上げた。尚も不安を滲ませる表情をしていたが、はっきりとこう言った。

「それは、わたしではありません」

 そうだな。ここで、悪魔の存在が明るみに出てはまずいだろう。ルナリスが封印者だと分かれば、どこかの洞窟にでも監禁されかねない。そうなると、俺はいよいよひとりきりになってしまう。

 村でもルナリスとじいさんしかいないし。(他にも親切にしてくれる人はいるんだろうけど。)もちろん城下に出てきたところで、仕事なんて出来そうもないし。とりあえず今は、ルナリスがいないと不安でならない。

 ルナリスのその発言を聞いて、ルガートは声を荒らげた。

「おい、しらばっくれるな! お前しかいないんだよ、この町で麻の服なんて地味な服着てんのはよぉ! 何を隠してやがる!」

 すると老人はルガートを制した。

「まあまあ、落ち着け」

 ルガートを手で下げると、老人は先ほどから持っている本に目を落とした。

「ルナリスとやら、派遣隊の存在は、知ってはおるな」

 ルナリスは小さく頷く。

「うむ、単刀直入に言おう。ルナリスよ、その力を以って魔王捜索及び、討伐をお願いしたいんじゃ」

 ――!? ま、魔王討伐!? おいおい、待てよ。今までまったく魔法を使えなかった小娘をとっつかまえて、いきなりそんな重大な役回りを任せるのか? ロープレじゃねえんだからよ。しかもそうなっては、命に係わる旅になるだろう。派遣隊というからには、ルガートみたいな敏腕賢者もいるだろうが、それにしてもだ。

 しかも魔王を捜すだけじゃ事足らず、討伐って……もう話がぶっとんでやがる。封印するだけでも難しいんじゃないのかよ。

 それに、魔王なんてこの広い世界のどこにいるかも分かっていないんだろ? 俺たちは竹取物語の公達きんだちじゃないんだぞ。無理難題いいやがって。「魔王を捜し出して討伐してきて下さい(おしとやかな声)」っじゃあねんだよっ!

 だいたい魔王って、悪魔たちの大親分みたいな存在じゃねえのかよ。そんなヤバいやつやれるわけないだろうが。いくらルナリスに“あの強い悪魔”がいてくれてるって言っても、魔王となると話は別だ。足元にも及ばんかもしれん。

 しかし、そんな俺の気持ちとは裏腹に、ルナリスは答えた。

「承知いたしました。この力、出来得る限り、尽くす所存です」

 ルナリスは深く頭を下げた。すると老人は嬉しそうに。

「うむ、朱の詠唱を使える者となれば心強い。レッドスペルかどうかはまだ分からぬが、その力を最大限に引き出せるよう、修行も怠るでないぞ。それから、おぬしの派遣隊も編成しよう」

 老人は手にしていた分厚い本を胸の前で開いたまま、静かに声を張った。

「それでは、改めて。二百余年前に姿を消した魔王捜索および討伐を、ルナリス殿に命ずる。かつて存在し猛威を振るい、世界を炎で焼き尽くしたとされる脅威を倒してまいれ。その最強最悪の魔王の名を――」

 そう言って、老人は一度言葉を切り、ページをめくって指でなぞりながら探し始めた。

「ええと……どこだったかのう……ああ、ここじゃここじゃ」

 紙をめくる音が、静寂の中に小さく響く。

「ふむ、ふむ……ああ、そうじゃった――」

 そう呟いて頷くと、老人は顔を上げ、ひと呼吸おいてから、低く言った。


「――アザル・ヴェルクという」




 第三話「血の契約・解放」 終わり


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