第三話「血の契約・解放」4
家が燃え、くすぶる音、そして崩れる音。遠くで聞こえる誰かの泣き声、叫び声。不気味に照らす満月だけが、全てを見ていたみたいな顔をしている。まったく、クソったれな夜だ。
「まだ一体残っていたか……ん、お前、助かったのか!? 一体、どうやって」
声の方を見ると、“例の男”が、先ほどの救護班の女ではなく、城で見た時と同じ仲間を連れてやって来た。死んでいない俺を見てびびってやがる。
それにしても、こいつら木偶ってわけでもなさそうだ。言うだけのことはある。全員血を浴びたのか、全身真っ赤に染まっているが生きている。狼を数体やったという事だろう。
しかし、賢者は見るからに満身創痍という感じだった。服はボロボロで腕は折れているらしく、だらりと垂れていた。その腕を抑え、苦悶の表情を浮かべている。仲間も同様、相当なダメージが蓄積されている様子だった。
賢者は、狼と対峙するルナリスを認めると、声を張り上げた。
「おい、殺されるぞ、お前には無理だ!」
声をかけられたルナリスは、笑顔で答えた。
「見ていて、わたしの魔法を」
「何言ってやがる、お前には使えないだろう! この殺戮で、頭がおかしくなったのか!?」
ルナリスは初めて魔法を出した時とは違い、目を閉じ、静かに詠唱を始めた。
「偉大なる大地と炎の精霊よ、我が願いに応え、疑念体となり現れたまえ」
「おい聞いているのか! 第一、そんなベビーマシュマロの詠唱で何ができ――」
賢者がそこまで言ったところで、狼に向かってかざしていた両手に、ぼうっと炎の揺らめきが宿った。真っ赤な揺らめきだ。それは最初に出したものとは違い、二倍か、三倍の大きさになっていた。
「な……っ! ヘビーマジックだと!?」
賢者の瞳が見開かれ、震えた。かつて嘲笑していた口元が、今はわなわなと震えている。光に照らされたルナリスの姿を前に、まるで現実を理解できないかのように立ち尽くしていた。
眼前の狼は、攻撃されると見るや、一気に飛びかかってきた。やはり凄まじいスピードだ。ルナリスの頭目掛け、真っすぐに爪を突き立てた。ルナリスもそれを見るや、すぐに呪文を唱えた。
「フレイム・ルゥ!」
ルナリスの両手に宿された真っ赤な疑念体は、即座に狼に向かって放たれた。
狼の胸に着弾したそれは、巨躯を上下に裂き、肉と骨とを容赦なく引き剥がした。瞬間、轟音と共に爆ぜ、辺りを飲みこむほどの大きな炎の柱になった。
業炎の中、狼が灰に散る様子が見えた。
地獄の一夜も幕を閉じ、ルナリスに封印されていた悪魔と、ルナリス本人よって狼たちは一掃された。満月の下、大きな死体を片付ける衛兵たちは「一体だれがこの数のヴォルグをやったんだ」と口々に揃えていた。そりゃあ、ここにいる子がやったんだぞ、と言ってやりたかったが、無粋な気もしたのでやめておいた。
俺とルナリスは最後の狼を仕留めたあと、賢者の野郎に言われるまま、城の書庫へと連れていかれた。
そこは、世界中の本をここに集めているのではないかと言う程の本があり、数十メートル高い天井までびっしりと本で埋め尽くされていた。あんな高いところ、どうやって本を取るんだ? そう思ったが、すぐ脇に、移動式の天井まで伸びる梯子があったっことに気付いた。
そしてしばらくそこで待たされ、賢者が戻ってきた。上品な服で着飾った老人を連れて。
その老人は小さな眼鏡をかけており、丸くなった背中のせいか、身長はルナリスと同じくらいだった。
部屋の扉を、カチャリと閉じるとほぼ同時に、賢者は「お連れしました」と老人に言った。すると老人は、ルナリスを覗き込むように見た。
「して、ルナリスとやら、いつからヘビーマジックを……。ん? その片目は、魔力を酷使した代償かな?」
ルナリスは口を真一文字に結び、左目を抑えた。そして渋々洩らした。
「あ、あれは、ベビーマシュマロで、目は……分からないです。見えないんです、左目」
――み、見えないだと? 失ったのは、色だけじゃあなかったのか。この老人の言う通り、魔力を使いすぎたことが考えられるが、しかし俺としては、悪魔と契約をしてしまったことが、直接的な原因になっているように思えてならない。
「ほお、ベビーマシュマロとな。しかしわしも城から見ておったぞ。高らかに上がる炎の柱。あれは真っ赤じゃったがのぉ」
老人は静かに言うが、その言葉に“軽さ”は無かった。ルナリスは黙ったままだ。
そして拍を置いて、続けた。
「じゃが確かに、おぬしはベビーマシュマロの詠唱を唱えていたそうじゃな。しかし出たのは、赤いフレイムじゃった、と」
そう言うと、「間違いないな、ルガート」と賢者に視線を向けた。
この賢者の男、ルガートというらしい。
老人の言葉を受け、ルガートは「はい、その通りです。わたしは確かに見ました」と断言した。
老人は頷くと、一冊の本を取り出して、パラパラとめくりながら言葉を紡いだ。
「これはつまり、初級的重魔法ということになる。重魔法に参式、弐式、零式の三つ以外があったとなると、これは大事件じゃ。歴史が動くかもしれん。そして、こと、おぬしのような軟弱そうな小娘では考えたくはないのじゃが、初級魔法が重魔法になるということは……」
そこまで言うと、「んんー」と、あからさまに喉を鳴らし、かぶりを振った。“何か”を認めたくはないという様子が伺える。老人は、ルナリスを真っすぐに見た。そして断言した。
「つまり、術者の魔力が、桁違いじゃということじゃ」
5へ




