第三話「血の契約・解放」1
第三話「血の契約・解放」
……さん!
……ンさん!!
「レンさん!」
呼ばれて、目を見開いた。そこには、涙で顔がぐしゃぐしゃになったルナリスがいた。
ああ、そうだった。俺はめちゃくちゃでかい狼にやられて、脚まで持っていかれたんだった。なんだ、死ななかったのか。ハハッ、死ねると思ったのにな。
「目を開けました!」
叫んだ声は、見知らぬ女の声だった。そちらを目だけで見やると、やはり知らない女だった。鎧を着てはいるが、必要最低限の軽装といった具合で、腰には何やら緑色の液体が入った小瓶をいくつも下げている。城の救護班的なやつか? ありがたいが、俺なんかより、もっと助かりそうな人を助けてやってくれ。そう思った。
救護班の女に呼ばれて来たのは、城の前で会った、ルナリスの元級友の男だった。
「まったく、手間取らせんなよ。ザコはザコらしく隠れてりゃあよかったのによ。ルナリスがどうしてもって言うから回復魔法をかけてはみたが、やはり出血がひど過ぎる。正直、お前はもう長くはないだろう」
「……ああ、すまん」
俺は小さく頷いた。胸の痛みを堪えると、少しばかりは声が出た。
もう別に、何も怖くはなかった。両足を失い動けず、そして声もうまく出せない。しかし、ルナリスとの別れを、今一度噛みしめられる。
賢者の男は立ち上がると、悲鳴のする方を見た。そして、「ルナリス、看取ってやれ」と小さくこぼし、救護班の数名と走って行ってしまった。
ルナリスは俺の胸元で手を取って握りしめた。小さい手だ。そして、暖かい。
「ルナリス、やったじゃねえか。しっかりと見たぜ、あれ、ヘビーマジックってやつだろ。赤かったからな」
ルナリスは泣きながらも、無理に笑って見せ、かぶりを振った。
「わたしにもよく分かりません。詠唱はベビーマシュマロだったので」
「じゃあ、お前がヘビーマジックを唱えたら、大変なことになるな。ハハッ」
ルナリスはぼろぼろと涙を落とす。
「レンさん、わたし、わたし……」
その後は何も言葉が出ず、ただただ泣くばかりだった。言いたい事がありすぎて、何を言っていいか分からないのだろう。
「なあルナリス、俺、このまま死んだら、日本に帰れるかもなあ」
ルナリスは手を力強く握り、何度も頷いた。
「はい、きっと帰れます。帰ったら、わたしを捜してください。この狼の一件が終わったら、すぐに魔法でニホンへ行きますから」
俺は薄らと笑いながら答える。
「ハハ、お前に狼の群れやれんのかよ。今のうちに逃げろ。お前には、死んでほしくないんだ」
失血のせいだろうか、目の前が少し霞んできた。魔法の力もここまでか。
「わ、わたしの力見たでしょ。狼ぜんぶ、魔法でやってやります」
嘘つけ。さっき一発放っただけで、息切れしてたじゃねえか。俺にその嘘は、通用しねえよ。
言おうとしたが、少しだけ微笑んで飲みこんだ。否定しても寂しいだけだ。
「……ふふ、そうか、頼もしいな。さすがはレッドスペル」
こいつがレッドスペルかは分からないが、赤い魔法を出していた事は事実。この言葉で、勇気が出てくれれば、それでいい。
ルナリスはコクリと頷くと、「レンさん、少し休んで下さい。次起きた時はニホンです。そして、わたしがお料理作ってますよ」と、涙をぼろぼろと流しながらも、必死に笑顔を作っていた。
「ルナリス、色々ありがとな、ちょっと寝るわ」
そう言って目を閉じた。と、ほぼ同時だった。
空間が、耳をつんざく振動で震え、金属の軋むような音が響いた。
咄嗟に目を開くと、ルナリスの首筋が、炎が揺らめく様に赤く光っていた。いつの間にそこにいたのだろう、背後に立っていたらしい狼は爪を大きく上げたまま、後方に倒れこむところだった。
狼の巨躯がドォンと地を揺らすと、ルナリスも驚いてそちらを見た。
「こ、これは一体……」
背後から襲おうとしたら、首筋の魔法陣に弾かれた。そんなところだろう。
尚もゆらゆらと燃える魔法陣。ルナリスは、その魔法陣には一切気づいていない様子だった。
狼は立ち上がり、すぐにルナリスに襲い掛かってきた。すごい速度だ。ルナリスは腰を抜かして、尻もちをついた。
今度こそやられる。
――その時だった。瞬時に景色の色が剥がれ落ち、辺りは白と黒の世界へと塗り替えられた。時間が薄く切り取られ、狼は大きな爪を振り上げたまま、そこに静止している。その空間は歪み、なんとも言い知れない奇妙さがあった。
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