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第二話「朱(あか)の詠唱」8

 俺が身を起こすと、ルナリスも何事かと体を起こしていた。

「な、何でしょうか」

 何かは分からんが、「襲来」という言葉と、鐘の鳴る方からたくさんの人がこちらに走ってきている様子を見るに、何だかヤバいという事だけは分かる。

「行ってみましょう!」

 こいつ正気か? 今逃げてきている人たちが見えないのか? 俺はその意見には反対だったが、直後、


 ――ドォォォォォン!!


 胸の奥で響くような轟音と共に、悲鳴が聞こえた。そして砂煙も暗闇の向こうにかすかに見える。

「に、逃げましょう!!」

 ルナリスは籠を急いで背負った。俺もリュックを背負い、急いで人の流れに乗って走った。ルナリスは相変わらず足が速く、遅い俺の手を引いて走っている。

「う、うわ!」

 俺は手を無理に引かれていたせいか、足をもつらせて転んでしまった。どさっと砂煙が舞う。するとルナリスは、「ひぃっ!」と引きつった声を出した。ルナリスを見ると、恐怖に満ちた表情で俺の背後を見ていた。

 咄嗟にそちらを見ると、脅威はもうそこまで迫っていた。

 民家を悠々と超える巨躯きょくが、夜月に長い影を落としていた。二足で立つその狼は、鋭く光る瞳と、筋肉の隆起がわかるたくましい前足を揺らしながら、静かにこちらを睨みつけている。

 前足には鋭く長い爪がついており、光を反射してぎらりと光った。民家や店の壁に爪を擦り付けるようにして歩くたび、低く唸るような振動が響き、乾いた音が夜の空気を裂いた。牙がわずかに光り、荒々しい息が地面を震わせる。その丈は民家の屋根に匹敵し、背筋を凍らせる威圧感を放っていた。

 眼前に揺らめくその影は、倒れている俺を認めると、その大きな爪を高く振り上げた。

 ――し、死ぬ。

 そう思った瞬間、俺は声を上げていた。

「ルナリス、行け! 走れ!!」

 同時に凄まじい衝撃が全身に走り、脳がぐらりと揺れた。体は吹き飛び、どこかの民家だか店だかの石壁に叩きつけられ、地面に落ちた。

「きゃぁぁぁぁぁぁ!!」

 朦朧とする意識の向こうで、悲鳴が聞こえた。ルナリスの声だった。ルナリスは危険をかえりみず、俺に駆けてきて介抱した。小さな体越しに闇を見ると、狼はそこまで来ていた。

 ――何してんだ、殺されるぞ。言いたいが声が出ない。代わりに、「げほっげほっ」と血が出た。介抱するルナリスにもかかってしまった。

「あああ、足が、足が!」

 泣きじゃくるルナリス。どうした、足が動かないのか? とそう思ったが、どうやらそうではなかった。俺の脚が、太ももから下、無くなっていた。両方とも。

 その脚からは、どくどくと血液が流れだしていた。どう考えても、もう駄目だった。今この瞬間に医者が来ても、助からない。せめて、ルナリスだけでも助かってくれ。そう思い俺に抱きすごむルナリスの体を押すが、こいつは動こうとしない。泣くばかりでどうしようもなくなっていた。

 と、ハッとしたように籠を広げると、中から本を取り出した。文庫本程度のその本には、“ベビーマシュマロ集”とあった。まただ、この文字も読めた。しかし死んでしまう手前、そんな不思議はもうどうでも良かった。刻一刻と、意識が遠くなるのを感じる。

 ルナリスは、「フレイム、フレイム、フレイム」と言いながらページをバサバサと捲っている。

「あった、これだ!」

 ルナリスは立ち上がると、本を見ながら何やら唱え始めた。

「偉大なる大地と炎の精霊よ、我が願いに応え、疑念体となり現れたまえ――フレイム・ルゥ!」

 右手を狼にかざすが、何も起きない。ルナリスお前、魔法使えないんじゃねえのかよ。大体、ベビーマシュマロでこんなでかいやつやれるわけねえだろ。早く逃げてくれ。声が出ないのが悔やまれる。

 ルナリスは泣きながらも、何度も詠唱を叫ぶ。が、炎が出るどころか火花すら散らない。

 しかし、事が起きたのは五回目の詠唱の時だった。

「偉大なる大地と炎の精霊よ、我が願いに応え、疑念体となり現れたまえ!」

 かざした右手が、ぼうっと炎で包まれた。不意に現れた炎に、ルナリス本人も驚いていた。

「きゃあ! え……こ、これって!?」

 ルナリスは息を呑んだ。俺も、「――こいつ、やりやがった!」声には出ないが、目を見開いた。

「フレイム・ルゥ!」

 ルナリスが叫んだ瞬間、その炎は大きな火の玉となって、狼目掛けて凄まじい速度で飛んだ。


 ――ドォォォォォン!!


 耳を裂く轟音、大地が跳ね上がるほどの振動。途端に高く上がる火柱に、顔を覆った。

 狼はその炎に焼かれ悶えるが、やがて巨体を地に崩した。

 ルナリスも地面に膝をついて、項垂れた。「はぁ、はぁ、はぁ」と息も絶え絶えである。なにせ初めての魔法で、しかもあれだけの威力のものだったのだ。相当な力を使ったのだろう。

 狼を一体やったのはいいが、まだ遠くで悲鳴やら狼の遠吠えやらが聞こえる。これは、相当な数がいるらしい。

 ルナリスは這いながらこちらに寄ってきた。

「や、やりましたよレンさん、見ていてくれましたか」

 涙でぐしゃぐしゃになりながらも、ルナリスは笑顔でそう言った。


 その笑顔を最後に、俺は目を瞑った。そして、遠くなる意識の中で呟く。


 ――ああ、確かに見たよ、お前のかっこいいところ。よくやった。


 ――手に纏った炎、真っ赤だったな。




第二話「あかの詠唱」終わり


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