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第二話「朱(あか)の詠唱」6

「ここです」

 着いた先の看板には、“ブルームポット”と書かれていた。不思議だったのは、見たことの無い文字列だったのに読めたという事だ。これも魔法の力なのだろうか。

 ルナリスは握ったままの手を引いて、そのまま店内へ入った。

 中へ入ると、狭い店内に雑貨品の様なものが所せましと並べてあった。

 棚という棚には、磨かれた宝玉、巻物に瓶、そして近づくと脈動する“コウモリの心臓”と札の貼られた謎の黒い塊。怪しさ満点の店内の暗がりを、吊るされたランタンの炎が薄く照らしていた。この炎、青い。おそらく魔法で灯したのだろう。そちらを見ていると、ルナリスの声がした。

「ここ、魔法道具屋さんです。わたしここが大好きで、城下に来ると必ず来ちゃうんです」

 そう言って、目を爛々と輝せて色んな物を手に取り触り始めた。その姿を見て、「こんな物が好きなのか……この世界の人間は、よく分からん生き物だな」と、そう思った。

 レジの奥を見ると、闇の奥に、白い髭をたくわえた老人が座っていた。老人とは名ばかりで、その半袖から伸びる腕は、筋肉が隆起していた。ガタイも大きい。魔法でよりも、筋肉で物事を解決してきたのではないかと疑われる。

「きゃあ!」

 レジの方を見ていると、ルナリスの声が店内に響いた。

 そちらを振り返ってみると、ルナリスは砂時計を持っていた。いや、持っていたと言うのは間違いか、“掴まれていた”が正しい。その砂時計からはドラゴンの手の様なモノが出てきており、砂時計を握るルナリスの手を、がっちりと掴んでいたのだ。

 そしてその砂はサラサラと下に流れている。ルナリスは慌てて体をねじる様に上下を戻すが、下に流れていた砂は流れを変えず、そのまま上へ昇っていくばかりだった。

 ルナリスは何度も上下を入れ替えるが、その砂は止まらない。俺がルナリスの手を解放しようと、ドラゴンの手を掴もうとしたが、今度は俺の手ごと掴まれてしまった。離そうとしても離れない。凄い力だ。

「そいつぁ時送りの砂だ。砂が落ちてしまうまで、手は離してもらえんよ」

 店主がレジの棚に手を乗せ、こちらを見ながら言った。

「と、時送りぃ? おいもしかして、これ時間を進める道具なのか!?」

「そうだよ。というか、そこに書いてあるだろう。“※注意:上下を入れ替えると時間が進みます。”って」

 本当だ、書いてある。入店した時のルナリスのテンションからすると、これは見えていなかったかもしれない……。まったく。

「おっさん、これどのくらい時間進むんだ?」

「ざっと三刻ほどだろうよ」

 三刻がどのくらいなのか分からなかったので、ルナリスを見た。するとルナリスはその意図を汲んでくれたらしく、ドラゴンの手にがっちりと掴まれたまま「今からだと三刻後は、もう夜です」と困ったように眉を下げた。

「ほらお前さんたち、お疲れさん」

 瞬間、突然目の前に店主のおっさんが現れた。

「がはははは! 驚かせたか。三刻経ったぞ」

「え?」

 そう言われて手元の砂時計を見ると、砂は全て落ちきっていた。

 どういうことだ? と目を丸くしていると、

「こいつに手を掴まれてる間、時間が止まっっちまうんだ。だから時間だけが飛んだ感覚になるが、実際はしっかりと時間は経っている。お前さんたち、色んな人に見られていたぞ」

 と、おっさんはまたも「がははは!」と笑いながら、レジの方へ戻っていった。

 外へ出ると、ちょうど陽が沈んだ頃だったらしく、暗い中にもうっすらとオレンジが混じっていたが、たちまちにそのオレンジも消えた。

 そこでルナリスは「はいレンさん、これ」と言って、何かを手渡してきた。手のひらに載せられたそれは、青い鳥の形を模した物で、揺らすと「ちりりん」とやさしい鈴音が鳴った。

「チムリーベルです。さっきの道具屋さんで買いました」

 ルナリスはにこりと笑った。

「これは厄除けや魔除けになると言われているものです。魔物を寄せ付けない効果もあります。ただの鈴ですが術が込められているので、あながち馬鹿にも出来ません。そしてほら、わたしもお揃いです」

 そう言って微笑むと、チムリーベルを頬の横で揺らして見せた。

「チムリーベルか。魔物を寄せ付けないのはありがたい」

 受け取ると、早速リュックに付けた。歩く度にリンリンとなっている。

 それにしてもどうするか、夜になってしまったのなら、チムリーベルがあると言っても外は危険だろう。しばらく逡巡した後、

「仕方ない、今日は宿に泊まるか」

 俺はそう提案したが、

「宿は高くて……泊まれません」

 ルナリスは顔を赤らめて言った。そうだ、お金を払うのはルナリスだった。厄介になっている俺が提案したことが甚だしく見当違いで、急に恥ずかしくなった。しかしそんな事は意に介さない様子でルナリスは続けた。

「とは言っても、夜は本当に命にかかわりますので、今日はもう村へ帰ることは諦めましょう。野宿ならいけますので、どこか民家の軒下を借りましょう」

 そう言うと、今度は俯いて「……わ、わたしのせいでトラブルばかりで、申し訳ありません」と小さくこぼした。

 村や城で厄介なヤツに絡まれたことと、道具屋でのことを言っているのだろうが、俺は微塵もルナリスのせいだとは思っていなかった。俺はルナリスの頭にちょこんと手を乗せた。

「お前のせいじゃねえよ」

 そう言って微笑むと、ルナリスは顔を伏せて「あ、ありがとうございます」と夜に消えてしまいそうな声で言った。横から見えるその頬は、真っ赤になっていた。



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