第一話「悪魔を封印せし者」1
この洞窟の入口をくぐって、三時間ほど経っただろうか。そろそろ一旦休憩か、と思う頃、ようやくたどり着いた。目の前に広がる巨大空洞。覗き込んで、崖下をライトで照らしてみるが、その光は闇に飲みこまれてしまうばかりだ。天井を仰いでみるが、そちらも同様であった。
下からは、冷たい風が吹きあがってきているのを感じる。という事は、天井は抜けているのだろうか。しかし複雑に入り組んでいるためか、光は一切確認できない。
その吹き上げる風なのか、崖下からは、「ごおぉぉぉぉぉ」という様な、不気味な音が聞こえる。この空洞のせいで反響しあって、こんな音になっているのだろう。
ここから壁沿いに、らせん状に降りていくことが出来るらしいのだが、これまでも相当歩いていたので、光の届かない場所まで歩いていくなんて、ここにいる全員キチガイか何かだろうと思った。
アフリカ系の現地ガイドスタッフにその旨を伝えたが、ガイドスタッフと、同行してくれていた現地民の三人に笑われてしまった。しかしそれなら、三十分だけ休憩しようと現地民の人たちが言ってくれたので、これは本当に助かった。日本から一緒に来ていた、部下の木下と顔を見合わせて喜んだ。
さて、ここがどこで俺たちが誰なのか、そしてどうしてこんな洞窟の探索に来ているのかを説明するとしよう。
俺と木下は、「ワールドミステリー」という、雑誌の編集者である。ワールドミステリーはその名の通り、世界の不思議なものやこういった秘境を追って特集している。そればかりでなく、科学では説明の出来ないものを取り上げ、徹底的に調査することもある。
今回の様に、数時間歩き通す、なんてことはざらにある。意外に思われるかもしれないが、この仕事をする前は小学校の教師をしていた。大学を出て五年ほど続けたが、過度のストレスで胃をやられてしまい、仕舞には吐血して風呂場を真っ赤にした。
子供たちに、人としての在り方を説くのは好きだったが、イマドキの子供ってのはどうも素直じゃない。ああ言えばこう言うし、俺が何か言っても無視する子もいた。
揚げ句には、教師にイタズラはするわ授業中でも勝手に教室を出ていくわ、挙げるにはキリの無いほどにやられた。当然、そういう子の親ってのも、大概同類だ。子供が万引きをしたのを、学校の教えが悪いせいでこんな子供になってしまっただの、そんな事を言ってくる親もいた。そういう親の親もまた、同類だったのだろうが、結局かわいそうなのは子供なんだ。そうやって幼少時代を過ごすと、同類の友達しか出来ず、大人になってもそういった仲間としかつるむことが出来ない。所謂、ワルってやつだ。
これは俺の想像ではあるが、ワルとの付き合いがないにしても、パパ友やママ友の間で「〇〇さんのパパママって、ちょっとズレてますよね」なんて陰口を叩かれてしまうのがオチだ。
とにかくそんな感じで、子供と理不尽な親に挟み込まれることが多くなり、俺は教師を辞めた。
それから一年ほどフリーターをして、この仕事の求人を見つけたってわけだ。
現在三十歳、彼女なし(七年フリー)、たばこ(アカマルソフト)が唯一おれの癒しの存在だ。名前は風間蓮。うだつの上がらない平凡な男だ。
この仕事では、教師時代のことなんて毛ほども役に立たない。基本的には調査に行ったスタッフの記録を元に、それを記事にするのが俺の仕事だが、こうして数か月に一度は調査班として駆り出される。会社は、神保町の小さなビルの三階。の、更にその片隅を間借りしているほどの小さな規模だ。スタッフは全員で十名と少ない。
しかし、その規模からは考えられないくらいの仕事がある。いったいどこからそんな案件を持ってきているのか、社長の収集力には脱帽である。
その仕事量のせいで休日出勤は当たり前で、酷い時には二か月三か月と休みが取れないこともしょっちゅうある。もし教師の経験が生きているとすれば、その激務にも耐えうる精神力を育めた、というところかもしれない。会社には潰れられては困るので、そこは嬉しい悲鳴として受け止めておこう。
現在来ている洞窟は、南アフリカに位置するとある洞穴調査から始まった。この洞窟の奥には巨大な空洞があり、そこから悪魔の鳴き声が聞こえるので、ンデシェ洞窟といわれている。ンデシェというのは、「怒り」「憤り」という意味があるらしく、かつてこの空洞の地底で悪魔を封印したが、その悪魔の怒りの声だけが延々と聞こえるというところからそう名付けられたとか。現地では有名なおとぎ話らしい。その怒りの声というのが、先ほどからずっと聞こえている、この「ごおぉぉぉぉぉ」という風の音だ。
その底は、現地では禁足地として扱われているが、このたび我が社が調査をする運びとなった。
調査の内容は主に二点。「自然に出来たとは思えない壁沿いのらせん状の道」「底にあると云われる封印される悪魔の存在」。これらの調査だ。
同行する木下は、この手の話は苦手らしく、出発前日まで会社で行くことを渋っていた。
俺は悪魔だとか幽霊だとか、そういうオカルトはまったく信じていないため平気ではあったが、一応木下には「そうだな、ちょっと怖いな」と同調しておいた。「こういう時、自分より不安に思っている人がそばにいると、自分の不安が薄まる」という記事を何かで読んだことがあったので、それの受け売りだった。そこまでは怖がれないにしても、結局同行してくれたところを見ると、少しは効果があったのだろうと思いたい。一人で海外調査に行くなんて御免だからな。
しかし禁足地と言っても、空洞での落下事故を防止するためだけに設けられた口実だということも、怖がる木下のために、現地ガイドスタッフが笑いながら教えてくれた。これには木下も、少しは安堵していたようだった。
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