【07 決行当日】
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・【07 決行当日】
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プレゼンを描いたノートを持って、私は登校してきた。
さて、いつ石田萌さんに話し掛けるか、この辺をもうちょっと詰め込んで、主に陸と詰め込んでくるべきだった。
でも陸もそんな社交的じゃないし、関係値の無い石田萌さんに話し掛けるなんてできなさそうだし。
とは言え、私よりは石田萌さんと同じクラスの陸のほうが……いやいや、陸を直接巻き込んじゃダメだ。
下手したら陸も一緒に嫌われてしまう、ここは私の単独犯でいこう。
そうやって机に座って気合いを入れている時に思った。
登校して教室に入ってくる時に話し掛ければいいのでは? と。
私は早速ノートを持って、陸の教室のほうへ行った。
まずは教室の中を確認、と思いながら、チラリと見ると、なんと既に石田萌さんが席に着いていて、登校早いほうだぁ、と思った。
でもまあまだ生徒はまばらでむしろ好都合、陸が来ていないことも逆に良い(陸が助け船を出してきて、陸も巻き込んでしまう可能性が無いので)。
私は意を決して陸の、いや石田萌さんの教室に侵入した。
それにしても別のクラスの教室って何かすっごい違和感あるよね、若干匂いも違うような気がする。別に嫌な匂いじゃないんだけども、違和感がぷーんとする。
ササッと石田萌さんの前に来て、私は石田萌さんのことを見ながら、こう言った。
「石田萌さん、石田萌さんですよね!」
できるだけ快活に、怪しくないように……とは言え、脳内も発声も石田萌さんって言い過ぎている。
「誰ですか?」
明らかに不快そうな、怪訝そうな顔でそう言った石田萌さん。
私の持っているノートから既に勘付いているのかもしれない。
じゃあもう言い切るだけだと思って、
「私はゲームのアイデアがあるのですが、それをプログラミングする能力がありません! なので一緒にゲームを作ってくれませんか!」
すると石田萌さんは大きく溜息をついてから、厳しい口調で語り出した。
「またこういう子ねぇ、貴方ね、関係値ゼロで何?」
「そうかもしれませんがっ」
と言い訳をしようとしたところで、それよりも早く石田萌さんが、
「というかわたしは確かに実績がありますが、そもそも貴方はどんな実績を持っているんですか? 何かのアイデアコンテストで入賞しましたか?」
そうか、確かにそうだ、と思った。
石田萌さんは実力を対外的に示したけども、私はそういったものは何一つ無いって。
自分は何も持ち込みをしていないってヤツだ。
石田萌さんは続ける。
「スタートがもう違うんです。貴方の話を聞いて私に何か利点がありますか? そもそも私はこういう貴方たちのような人たちの使い勝手の良い道具じゃない。プログラミングは技術で、時間の掛かるものなんです。私の時間は私が決めます。貴方に構っている時間なんてないので帰ってください。本当に誰ですか貴方は。誰なのか示すようなものを持ってきてください。せめて。最低限」
そう言い切ると、机に突っ伏して完全に遮断されてしまった私。
私は小声で「ゴメンなさい」と言うことしかできなくて、とぼとぼと肩を落として自分の教室に戻って来た。
自分の席に着く気も起きなくて、ずっとベランダに立っていた。
外の風は爽やかで気持ち良いのに、今の私はこんなに鬱っぽくて、まだ梅雨には早いのに。
とは言え、今日は午後から雨が降るらしいので、傘は持ってきたけども。
いや傘の脳内反芻はマジでどうでも良くて。
あーぁ、関係値、関係値……いや関係値ゼロはどうしようもないだろ、別クラスなんだから。
そこはもう仕方ないとみなしてよ、って、何だかちょっとずつ怒り、怒りというわけじゃないんだけども、反論したい気持ちが沸々と出てきた。
でもまあ何か私の実績かぁ、でも実績ってこれから作るものじゃん、高校一年生の時点で実績あるほうが変じゃん。
あとはいつも衝動なんだよ、大切なことは初期衝動なんだよ、よしっ、もう一回いこう!
私がまた石田萌さんのクラスに行こうとすると、ちょうど凛子が教室に来たみたいで、
「めぐ! ベランダにいたんだ!」
と言いながら、こっちに駆け寄ってきた。
いやでも、
「ゴメン、凛子。私行くところがあるから?」
「トイレ? 余裕でアタシも行けるけど!」
「排泄物は出さないよ、とにかく私一人で行かないといけないところだから」
変に凛子を巻き込むことも嫌なので、私は足早にその場を後にしようとすると、凛子が、
「ちょっとぉ、排泄物なんて言い方JKがしないでよっ、汚物でしょっ」
「いやもっとラフに良くない言い方してるっ、そんなボケ・ツッコミはどうでも良くてっ、今がむしろチャンスなのっ!」
「なになに? JKでも買える宝くじ屋さん?」
「そんな違法は知らない! 高校生の違法はタバコとかであれ! とにかく! 私今用事があるから! ゴメン!」
そう言ってダッシュして振り切って、私はまた石田萌さんの教室に侵入した。
石田萌さんは顔を上げて物思いにふけっている感じだったが、私を見つけるなり、また机に突っ伏した。
いやもう起きていることは分かったからな!
と心の中で勢いを出して、私は石田萌さんに話し掛けた。
「石田萌さん! 私の話を聞いてほしい! 一分だけ時間をください!」
でも石田萌さんはピクリとも動かない。
寝てるほうが動くよね、こんなデカい声を出したら。つまりは寝ていないということだ。
教室を見渡すと、さっきよりも人が多くなっていて、若干緊張もしてきているんだけども、と思ったところで、前回にはいなかった石田萌さんの隣の席の女子が、石田萌さんの背中を優しく叩きながら、
「お客さん、来てるよ」
と言ってくれて、ナイスと思った。
石田萌さんもイヤイヤといった感じに顔を上げたところで、私はまず言わないといけないことがあるので、言うことにした。
「本当に何度もゴメンなさい! 一分でプレゼンは終わるから! プレゼンはスピードだから!」
私がそうちょっと大きめの声で言ってしまうと、石田萌さんが一瞬ピリついたように見えた。
こっちを睨んでいるようだけども、突っ伏す様子も無いので、私はもう始めることにした。
本当はクラスが違うんだから関係値ゼロに決まってるじゃんとか言いたいことはあったんだけども、もうすぐに始めることにした。
私は持ってきたノートを縦に置いて喋り始めた。
「では早速私のプレゼンを始めます!」
できるだけハキハキと、一度も聞き返さなくてもいいように(というか聞き返さないと思うし)。
「何でストリートファイターなのに相手の技全部知ってんの? それはおかしい! このゲームは相手の技を一切知らない格闘ゲームだ!」
文言は一緒。これが最適解だと思っているからだ。
ストリートファイターの説明とかしたほうがいいのかな、とか思ったけども、それはもう知っているていでいく。
というかプログラミングやっている人はストリートファイターくらい知ってるでしょ、という若干の偏見。
陸へプレゼンした時は優しく拍手してくれたけども、石田萌さんはこっちを厳しい目つきで見ているだけ、否、ノートのほうをじっと見ている。
決して悪い状況ではなさそうだ。ここから一気にプレゼントしていく!
「キャラ選択画面は無く、事前にキャラメイクしたキャラのみを使うため、パスワードを入力してバトル!」
ここでも若干のイラストを用意した。
とは言え、今の言葉をイラストで表した程度のモノだけども。
とにかくドット入りノートで描いたドット絵なので、それなりに見れるモノにはなっているはず。
「ドット絵の二コマイラストで動きを簡易的に表現する格闘ゲームで、ボタン操作もワンボタンで技が発動! 最高六技プリセット可!」
ここは陸の時から変わらないイラスト付きで見せ、飛び道具・横移動技・対空技の三つを二コマのイラストと移動方向である矢印で表現している。
チラリと石田萌さんの表情を見ると、小さく頷いて咀嚼してくれているようだった。
ちょっとは興味を持ってくれているといいなぁ、と思いながら、ここで展開が変わったというような声の張りとページのめくりで、
「でも六技入れなくてもいい! 覚えている技の数が少なければ少ないほど威力アップ! 以上! 相手の技を知らない格闘ゲームでした!」
と言って頭を下げて、ノートも閉じた。
最後は特に描かなくてもいいようなイラストしか描いていなかったので、さっさと閉じた。
果たして、石田萌さんは何を言うのか、と思っていると、長い沈黙。
でも何か思考してくれている感じはする、悪くないかも、というか、
「プレゼン聞いてくれて有難うございます!」
もう印象悪くしたくないので、関係値ゼロなのは仕方ないみたいな言い訳はしないことにした。
とにかく大きめに頭を下げて、っと、の、ところで、石田萌さんがこう言った。
「あんまり意図とか第二案とか無いけども、何で無いの?」
えっ……もっと説明したほうが良かったの……と頭が真っ白になりながらも、
「えっと、あの、プレゼンはスピードが重要って聞いたから……」
「でも別にそれってプレゼン自体が短い必要は無くて、テンポさえ良ければいいって話じゃないの?」
「その、私の聞いた話では、意図とか第二案とか要らないって……」
「ちゃんとそれ自分で咀嚼してる? 意味が分かって言ってる?」
わぁぁぁあ、攻められているぅ……でも何か、ちょっとだけ違和感。
まるで石田萌さんも桜井政博さんのプレゼンの回を知っているみたいな物言いの気がする……。
挙げた二つ(意図と第二案)もそうだし、プレゼン自体が短い必要が無くてテンポのくだりも桜井政博さんが言っていたことだ。
だからもう思い切って、言うことにした。
「もしかすると桜井政博さんのユーチューブチャンネル見てます、か……?」
「逆にソフトを作る人で見ていない人っていなくない?」
と当然といった表情でそう言い放った石田萌さん。
やっぱりそうだ! と何かちょっと嬉しくなって、顔に出てしまったんだろう、石田萌さんは明らかに呆れたような顔をしてから、こう言った。
「まあね」
一体何がどうまあねなのか分からないけども、さっきよりも柔和になっていそうなことは事実だった。
石田萌さんは深い溜息をついてから、
「桜井政博さん、好きなんだ」
「えっ! あ! 大好きです!」
と何か背筋を伸ばしてそう叫んでしまうと、
「わたしもだよ、やっぱりさ、ゲームプレゼンするなら桜井政博さんくらい知らないとダメだよね」
「そ! そう思います!」
「いいよ、そんな言い方、いや悪かったよ、わたしキツイ言い方して。でもこんな言い方して食らいついてくる子、初めてだよ」
な、何か、いけそうな、感じ……?
石田萌さんは続ける。
「大体みんな聞こえる声で陰口してくるだけ、こんな真正面からもう一回で、で、桜井政博さんが好きで、プレゼンも良かったし共感したよ」
「えっ! じゃあ!」
「確かに何でストリートファイターって技知ってんのかな、みんな有名だからかな?」
「でもストーリー的にブランカだけは有名じゃなさそうですよね! 初手! 初手は! というか最初の時は!」
すると石田萌さんはフフッと笑ってから、
「ブランカて。女子高生でブランカなんて言わないよっ」
「いやでも好きなんで! 好きなことなんで!」
と何かさっきから声のボリュームが小さくならない。
高揚感からくるのか何なのか、とにかく全然デッカイままだ。
石田萌さんは優しい顔になってから、
「好きなことを大きな声で言えるのは素敵だね、うん、一緒にそのゲーム作ろうよ、貴方に実績無いとか言ってゴメンね。そのプレゼンは十分良い実績だよ。貴方の名前は?」
「私は扇めぐです! めぐでいいです!」
「めぐさんね、私もフルネームやめてね、萌でいいから」
「分かった! 萌さん!」
「じゃあ善は急げ、時間は有限だからね。今日の放課後から一緒に会議しよう。どっちの教室でやる?」
「わ! 私のほうで!」
そんなこんなで、石田萌さん、じゃなくて萌さんと一緒にゲームを作ることになれて、めっちゃ嬉しい! と自分の席に着いて反芻している。
でも最後、どっちの教室のくだりで”私のほう”と積極性をアピールするために言ったけども、別にそっちのほうが積極性をアピールできるみたいなことは無かったな。むしろ私が行くほうが全然積極性ある感じがする。
まあそんな反省はさすがにどうでも良くて。これから何かめっちゃ楽しくなる予感! と思ったところで、朝のチャイムが鳴った。
そこから普通に授業をこなして、昼休みになったところでまだ机に座っていた私に、凛子が颯爽と話し掛けてきた。
「めぐ! 今日の放課後ちょっくら一緒に買い物オブ買い物しようよ!」
「そんな大層な買い物は元々しないし、今日から毎日やることができたの!」
と私はつい嬉しそうな声でそう言ってしまうと、対する凛子は少し不満そうに口を尖らせてから、
「やることって幼馴染と放課後エッチ?」
「そんな毎日することじゃないだろ! せめて特別な日に、だろ!」
「ちょっとぉ、めぐがエッチの解像度が高過ぎぃ、どこで学んだの? それ?」
「私が学ぶのはゲームのことだけ! そう! 私は今日の放課後からゲーム作りを始めるんだぁ!」
と何かバンザイしながら言ってしまうと、凛子が小首を傾げながら、
「あの、ピコピコのヤツ?」
「昭和のお母さんか! 逆に知ってるだろ! 令和でそれなら!」
「いや正直あんま知らん、というか女子がゲーム作るって何それ? 女子なら派手に遊ぼうぜぇ?」
「そんなワイルドスギちゃんみたいな語尾で言われても!」
「それも知らんし」
うっ、全く凛子とは意味無いボケ・ツッコミをする仲なだけで、本当に趣味が合わないなぁ、何で友達なんだ? 私と凛子って。
ゲームもお笑いも知らないなんて、本当に凛子は男遊びし過ぎではっ? と、言うのは何か気が引けるので、
「とにかく私はこれからゲームを作ることになったんです!」
とちょっと自慢げに、鼻高々で言うと、凛子は不機嫌そうに、
「それよりJKを堪能しようよぉー、ナンパされに出掛けるのも結構アリだと思うけどなぁ」
私と世界観が違い過ぎるし、そもそも私は絶対凛子のようにモテないし。
胸抉れの寸胴ラーメン屋さんだから。
「私はもうゲーム作るって決めたんだっ! ゴメンね! これから学校生活だけボケ・ツッコミでよろしく!」
「まあそれはするけどさぁ……でもまあめぐが何かやるんだったらしょうがないよねぇ……」
と言葉ではそう言っているんだけども、明らかに納得していない表情をしている。
いやでも言葉でそう言ったことを全面的に信用しよう。何故なら人間って言葉の生物だから。
そんなこんなでそこから昼休みは怒涛の意味無いボケ・ツッコミしまくりで。
凛子も放課後の分、といった感じで、バキバキボケてきたので、私は神速で捌いた。
もう昼ご飯食べる時間無くなるよぉ、とツッコんだところでお開きになった。
昼休み残り九分、いける!