第8話「光が選んだものたち」
黒い霧が世界を覆っていた。
空さえ見えないほどの闇の中、紗雪はリアンの手を握りしめていた。
「来るよ、リアン……あの気配……!」
「わかってる。君を、そしてこの世界を、俺は絶対に守る」
木々が震え、空間がひずむ。
現れたのは、堕天の徒――かつて神に背き、闇と契約した存在だった。
「巫女よ……その祈りを差し出せ。我らが闇に、救いなどいらぬ」
巨大な魔の力に対し、紗雪はそっと目を閉じ、胸に手をあてる。
光が、心に宿っていた。
あの日、病室で祈ったときのように。
この異世界に来て、はじめてリアンと出会ったときのように。
「……私は、祈ります。希望が、まだこの世界にあると信じているから。愛が、憎しみを越えられると、知っているから!」
闇が咆哮を上げた瞬間、光が爆ぜるように紗雪の身体を包み込んだ。
リアンが驚愕する中、彼女の背後に、白い羽根を持つ存在が立っていた。
「……神の御使い……!」
「奇跡は、信じる者の元にしか降りない。少女よ、あなたの祈りに応えよう」
その光は、闇を裂き、すべてを癒す力を持っていた。
堕天の徒は叫びと共に霧と消え、再び世界に、朝が訪れた。
――戦いが終わったあと。
紗雪はリアンの腕の中で静かに息をついた。
ディアもまた、遠くからその光を見届けていた。
「……君は、本当に奇跡を起こす人だったんだな」
彼の瞳に滲む想いは、未練か、祝福か。
けれど彼はもう、その背を向けた。
「行こう、リアン」
「うん。……これからも、君と生きていきたい」
その手を取ると、紗雪は微笑んだ。
愛する人と、信じる神と、歩むこれからの旅路。
光が選んだ二人が、生きていくこの世界に――
希望が、確かに息づいていた。
⸻
――完――