第5話「信じることの始まり」
光が差し込んだ村で一夜を過ごした紗雪とリアンは、村人たちに見送られながら、再び旅路についた。
その背中に、「ありがとう」「また来てください」と小さな声が重なる。奇跡は、人々の心にほんの少しだけ、希望を残した。
「……ねえ、リアン」
木漏れ日の下を歩きながら、紗雪がぽつりと尋ねた。
「信じるって、どういうことだと思う?」
リアンはしばらく考えてから、足を止めた。
「信じるっていうのは、目に見えないものを、信じようとすることじゃないかな。たとえば、神さまも。……それに、誰かの気持ちも」
紗雪はその言葉に少しうつむいた。
――目に見えないもの。それは、時にとても怖い。
「私は、まだ自分のことも信じきれない。祈っても何も起きなかったら、どうしようって思う。……それでも、信じてみたいって思うの。あなたが、そばにいてくれるから」
リアンは、真っ直ぐに紗雪の瞳を見つめた。
「だったら、信じていい。……君の手が差し伸べられた瞬間、誰かが救われる。その奇跡を、俺はこの目で何度も見た。だから俺は、君を信じてる。――心から」
紗雪の胸の奥に、じんと温かいものが広がる。
信じられる誰かがいるだけで、自分も少し強くなれる。
自分を信じてくれる誰かがいるだけで、前に進める。
そのとき――森の奥から、鈍い音が響いた。鳥たちが一斉に飛び立つ。
「……魔族だ」
リアンは剣を引き抜き、紗雪を背にかばう。
現れたのは、黒い鎧に身を包んだ魔族の戦士。
その瞳は血のように赤く、紗雪を見て嗤う。
「“癒しの巫女”……ようやく見つけた。貴様の祈りは、我らにとって毒。だから滅す」
「来るぞ、紗雪。下がって!」
リアンの剣が閃光のように走る。
魔族の剣とぶつかり、火花が散る中――
「……お願い、どうか……!」
紗雪が祈るように手を合わせた瞬間、リアンの剣が淡く光を放ち、魔族の黒い鎧に一筋の亀裂を走らせた。
「この光……!?」
「……やっぱり、君の祈りは力になる。俺たちは、神の光とともに戦えるんだ!」
激しい一撃ののち、魔族は傷ついた体を引きずりながら森の奥へと逃げていった。
残された静けさの中で、紗雪の手がリアンの手をそっと握る。
「ありがとう、リアン。……わたし、もう少し、自分を信じてみたい」
「うん。それが、きっと本当の“信仰”なんだと思う」
光の欠片が、緑の森にやさしく降り注ぐ。
それは――信じることの、ほんとうの始まりだった。