第4話「やさしい奇跡」
森を抜けた先、灰色の霧に包まれた村があった。人々の顔には希望の色がなく、誰も目を合わせようとしない。
「この村……まるで、生きているのに、死んでるみたい」
紗雪のつぶやきに、リアンは険しい表情を浮かべた。
「ここは〈霧の呪い〉にかかってる。かつてこの地にあった聖堂が崩れたとき、神の加護が失われたって聞いた」
神を信じなくなった村。祈りを捨て、奇跡も失った場所。
村人たちは、紗雪が癒しの力を持っていると知っても、信じようとしなかった。むしろ恐れて遠ざけ、彼女に冷たい視線を向けた。
「……わたし、何もできないのかな」
木の影で膝を抱えていた紗雪の隣に、リアンが静かに座る。
「できるさ。たとえ誰にも信じてもらえなくても、君の祈りはちゃんと届く。俺が……君の祈りを信じてる」
その言葉に、胸の奥がじんと熱くなった。
「じゃあ、私……もう一度、祈ってみる」
紗雪は村の中心に立ち、ひとり静かに目を閉じた。
「主よ、この地に再び光を。
忘れられた者たちの心に、あなたのやさしさを……」
祈りの言葉が風に溶けた瞬間、空に裂け目が走ったように霧が晴れ、雲間から一筋の光が差し込んだ。
その光が、村の枯れた井戸に落ち、そこから透明な水が湧き上がる。
「……水が……!」
「井戸が、甦った……」
村人たちがざわめき始める。数年ぶりに流れた水は、まるで天から与えられた祝福のようだった。
紗雪の祈りがもたらした、やさしい奇跡。
信じる心は、誰かの中で静かに芽吹きはじめていた。
「すごいよ、紗雪。君は……本当に、神さまに愛されてる」
「違うよ。私、まだ弱くて、怖がってばかり。でも……リアンがそばにいてくれるから、祈れるの」
見つめ合う瞳と瞳。
ただ隣にいるだけで、心が強くなれる。
それは、信仰にも似た絆。
村に流れる小さな奇跡とともに、二人の想いも静かに深まっていく