第3話「心が触れた日」
旅の二日目。夜の野営地には焚き火のぱちぱちという音と、小さな虫の声だけが響いていた。昼間はあんなにしゃべっていたのに、リアンは今、何も言わず、ただ火を見つめている。
「……リアン?」
「ん? あ、ごめん。ちょっと考え事してた」
「また、私のこと守るって話?」
くすりと笑うと、リアンは少し驚いたような顔をして、それから目を細めた。
「それもある。あと……君のことをもっと知りたいって思ってた」
「え?」
「君はさ。癒しの力があるだけじゃない。何でもない子どもに優しくして、馬の脚に小さな祈りをかけて、焼けた街の石垣に手を当てて――全部、祈るように誰かを思ってる」
「そんなの……普通、だよ」
「普通、なんかじゃない。俺にはできないことだ。俺は剣を振るって守ることしか……」
言いかけたリアンの手に、そっと自分の手を重ねた。細くて、節のある、硬くなった手。
「リアンの手、すごくあたたかいよ。たくさん誰かを守ってきたんだね」
言葉が、胸の奥からぽろりとこぼれた。
「私、神さまのこと、よくわからなかった。信じてたけど、答えてもらえない気がして……でも、今は……リアンがそばにいてくれるだけで、すごく、救われてる」
火の揺らぎのなかで、リアンがゆっくりとこちらを見た。
「紗雪。俺はたぶん、君に惹かれてる」
声は小さかったけれど、真剣だった。
「君が祈るときの横顔を見て、何度も、何度も……守りたいって思った」
ドクンと心臓が跳ねる音が、自分でも聞こえる気がした。
「……私も。リアンと一緒にいると、あたたかいって、思う」
沈黙が落ちた。でも、それは決して気まずいものじゃなかった。
どこか神聖な、そっと大切な想いを包むような静けさだった。
やがて、彼の手が自分の手を包み込む。強くて、優しい手だった。
「これからどんな敵が現れても、どんなに不安でも……俺は絶対、君をひとりにしない」
そう言ってくれた声に、もう迷いはなかった。
焚き火の光が、二人の影をそっと近づけていく。
恋は、戦いのさなかに芽吹いた。静かに、でも確かに――。