第六話 新米冒険者の初依頼
昨晩のカレンとの会談を終え、宿も取って居なかったサムはまだ夜もこれからという時間にギュントを出立した。
「赤龍の住処」への道のりはさほど遠くは無く、ギュントから南西に二時間ほどの道のりである。
だが、その道のりのほとんどは森のため、冒険者は基本昼にしかこの遺跡を訪れないのだ。
しかし、その唯一無二の馬鹿は夜に出立した。
森でランタンを灯しても、見えるのは足元のわずかな場所だけ。
そして、暗闇の中で明かりを使えば、目が眩むのは必定。
すなわち、サムは遺跡に辿り着く前に迷子になったのである。
「何処だ……ここ……?」
暗闇の森の中、サムは性懲りもなくランタンを振りかざして辺りを見まわす。
しかし、いくら見回せど、見えるのは木と茂みだけだった。
「っかしぃなぁ……昔来た時はすんなり行けたんだけどなぁ?」
不思議と梟の鳴き声がサムを嘲笑う様に聞こえてくる。
「しょうがねぇ……一旦ギュントに戻って出直すか……」
そう言って、サムは真後ろだと思う方向へ振り向いた。
だが、そこでぴしゃりとサムの動きは止まる。
「あれ……?俺、どっちから来たんだっけ……」
今度はカラスが仰々しくサムを笑った。
「嘘だろ?この歳で俺迷子ぉおおお?!」
真夜中の森の中、インサムニア・ペレイダイン二十八歳の悲痛な叫びが炸裂した。
「マジで、マジで迷子?カレンさんにあんな大見え切っといて挙句の果てに迷子?……ない。絶対にそんなわけない。信じろ、お前が信じる自分を信じろインサムニア・ペレイダイン!お前はやればできる子だぁ……!」
今まで真面目を貫いていたせいか、はたまた酒で脳がダメになったのか。サムは突拍子もない一人ごとを早口で唱え始めた。
「ヨシ!ひとまず、真面目に星を読もう。南だ……。南の位置から死ぬ気でアルデバランを探せ!俺!」
そうして方位を変えながら、サムは血眼になって星を探した。
「来たッ!オリオンが正面!ここが南の位置だ!で、あれがエリダヌスだから……あった!あれがアルデバランッ!これで迷子から解放される!!!」
そうして、無事。サムは方角という確かな情報を経て、「赤龍の住処」へとようやくたどり着く事が出来たのだった。
ルテナント級遺跡「赤龍の住処」
それは、広大な湿地帯に対して名付けられている。
名前の由来はその場所の湿度と出土品に起因していた。
この遺跡は湿地帯を踏破した先に町一つほどの荒野が広がっている。そしてその荒野を中心にして、外へ行けば行くほど湿度は高くなり、荒野へ近づけば近づくほど湿度は下がっていく、という気候が存在している。
また、その特異な気候に加えて、この遺跡からは時たま妙薬の材料となる鱗が出土する。その鱗は赤く、成人男性の胴体程の大きさを持っている。
先人たちはこの二つの事柄を結びつけて、まるで赤龍が住んでいるみたいだとして、その名をつけたという。
そして、遺跡に入ってすぐ、入り口近辺にて。
湿り気溢れる空気を肌に感じながら、サムは要救助者を目視で探していた。
しかし、この遺跡の序盤は高すぎる湿度のせいで水系統のマナが充満している。
そのため反発の影響を受け、火系統のマナを用いた魔法や魔道具はまともに動作しないのだ。
そこで、サムは懐から光のマナが込められた魔石を取り出し、ランタンの燭台へと放り込んだ。
『魔石よ 闇を照らせ』
サムはオドの宿った言霊、すなわち詠唱を用いて魔石のマナを活性化させる。
正規の手順で活性化された魔石は淡い光を放ち始め、徐々に明度を強めていった。
だが、その明度が最高に達しようとした時。
魔石の明かりは何かに吹き消されたかのように消えてしまった。
「あれ?っかしいなぁ……マナ切れか?」
サムはランタンの中に放り込んだ魔石を取り出し、確認する。
月明かりに晒して水晶の様になっている魔石を透かして見たり、時には小突いてみたりもした。
だが、明らかにマナが残っているのに明かりがつかない。
その事実を認識したサムの額には、ほのかな冷や汗。
「うっそぉ……おれ……終わったぁ……?」
しかし、人間とは窮地に立たされた時ほど思考が洗練されるもので。
サムは自分が腰にどんなものを着けているのかを思い出した。
「……そうか、剣!」
「ローグならこの辺りにある水系のマナになんて左右されねぇ!」
そう言って、サムは腰の鞘に収まっていたローグを引き抜く。
『エーテル アスパー』
詠唱を受けたローグは剣身に熱が籠り、赤色するまでに至る。
「ったく、これでようやく人探しができるぜ……」
ローグを中心に淡くではあるものの、明かりを獲得したサムはようやく人探しへと向かうのだった。
そこからのサムは流石というべきなのだろうか。
遺跡内に数々存在する死角、その死角の中で最も新米冒険者が迷い込みそうな場所に焦点を置き、捜索を始めた。
そして、湿地帯の中に点々と群れを成している魔物、とりわけ魔獣の痕跡を探し出し徐々に捜索範囲を狭めていった。
そうすること一時間。
サムは遂に、要救助者の居る場所に辿り着くことができた。
「血の匂いだ……」
「……居るな、この先に」
サムはローグの剣身を前へと突き出し、分かりやすく視界の先を照らした。
すると。
金床で鉄を打つような音と火花がサムの眼前へと届く。
「おいおい、新米がこんな夜中に魔物に襲われてよく生きてるな……!」
そんな独り言をぼやきながらも、サムの身体は軽やかに動いた。
『ローグ、炉を消せ』
サムの 詠唱によって、ローグの剣身はみるみると熱を失っていった。
余熱によってローグの周囲にはわずかな陽炎が産まれている。
「おい、そこの新米!今すぐ地面で横ばいになれ!!!」
そう叫んだ矢先、サムは体内に流れるオドを脚へと集約させ、たった一回の踏み込みで戦闘の渦中へと飛び込んで行った。
「……へ?」
間の抜けた女の声。
だが、女が声を発した頃、サムは既にローグを振りかぶり横薙ぎの一撃を今にも繰り出さんとする勢いだった。
しかし、その最中。月光が二人の間に差し込む。
二人は偶然にも目を合わせてしまった。
女は呆気にとられる。
そして、その刹那。
サムがローグを振り始めていたことに女は気づかなかった。
「ちょ!?」
女は瞬時に戦闘を中断した。それは、サムが放つ身の毛がよだつほどの殺気を遅れて感じ取ったからだ。
しかし、それを逃す魔物たちではない。
月光の塩梅で良くは見えないが、五体は居るであろう狼の魔物たちは女に向け一斉に飛び掛かった。
ただそうであっても、女からは戦う意思が感じられない。
彼女の身体が、生物としての本能がそう告げていたのだろう。
なりふりを構っている場合ではない、と。さもなくば、通りすがりの男の剣で上下に切り割かれると。
命の危機による咄嗟の瞬発力。
サムの一撃が達する直前、女は指示通りにその場で、即時に、横ばいになっていた。
「グラン・ネイリヤ!!!」
そして放たれるサムの一撃。
遥か上空の雲をも引き裂くオドの衝撃が魔物たちを、動きに付いて行けず靡くままの女の髪を、切り裂いて……否……引き裂いていった。
「ヒィィィィィ!!!勘弁してぇ……!」
女は恐怖ゆえに青ざめた声を挙げる。
だが、付近の魔物たちはオドの放出に巻き込まれ、跡形もなく姿を消していた。
「っし、これで片付いたな。大丈夫か、新米?」
サムが問いかけるが、女は伏せたまま小刻みに震えて返答しない。
「……なんだ?まだどこかに魔物でも居やがるのか?」
そう口にしたサムは周囲を見回し、魔物がもう居ないかどうかを確認する。
「おーい、もう近くに魔物は居ねぇぞ。……ったく、何をそんなに怯えてんだ、よっ」
サムは再度問いかけながら横ばいになった女の肩を軽く叩いた。
女はとうとう状況を呑み込み始めたのか、ゆっくりと首を回してサムの顔を涙目ながらに見る。
「んあ?なんだ、俺の顔になにか付いてんのか?」
言いながらサムは顔中をくまなく触っていく。
「……じゃねぇ。」
「ん?悪い、良く聞こえなかった。今なんか言ったか?」
「魔物……じゃ、ねぇ。」
「え?すまん。もう一回頼む、なんか耳が遠くてさぁ……」
「魔物じゃねぇ!アンタだよ!!アタシはアンタに怯えてるんだ!!!」
身体を起こし、女は凄まじい剣幕でサムに指をさして、その指でサムの胴当てをトントンと小突いた。
「えぇ!俺!?」
サムは自分の顔を指さして驚愕する。
「そうだよッ!それ以外にあの魔物達と互角に戦ってたはずのアタシが、産まれたての小鹿みたいになる理由が無いでしょうが!!」
「そりゃあ、俺も少しは乱暴だったと思ってるけどよ……」
「少しはぁ~?アンタこれ見てもそう言えるワケ?!」
女は自身の真横に広がる光景を指さし、サムにそれを見るよう促した。
「あ……あはは。こりゃまた、派手にやりましたねお嬢さん。」
「アンタがやったんだよ!」
切り倒された木々、オドの衝撃で抉れた地面、所々に焼け焦げた何か。
そういった光景がローグの刃渡りを遥かに超えた先まで広がっていた。
それを紳士ぶった態度で乗り切ろうとしたサムに対して、女の拳骨が落とされる。
「痛ってぇ!!!」
「アンタ、これにアタシが巻き込まれてたらどうするつもりだったのよ!?」
「まぁ……何だ、結果的にお前も無事だし、遺跡の中のモンに関しては、マナを食って自然に直るから……大丈夫だろ、多分」
「コイツ……!もう一発喰らわしとくか、普通に」
「ま、まぁ!終わりよければ全てヨシ!って奴だ、さっきの事は悪かったと思ってる、だから拳骨は勘弁して……!」
女は少し考えて険しい顔を浮かべる。
しかし、最終的には溜飲が下がったようで、女は肩を落とした。
「はぁ。しょうがない、か……」
女は本当に悔しそうに溜息を吐いた。
次いで、恨めしそうにサムの顔を見つめる。
「ねぇ、アンタ。カレンさんに言われてアタシを助けに来たんでしょ?」
「そうだぜ。切羽の詰まった新人が一人飛び出して行ったってな、心配してたぜ」
「そう、なんだ。……ねぇ、肩貸してよ。」
「肩?立てねぇのか?」
「……けちゃった……」
「え?なんて?」
サムが聞き返した途端、女の顔は徐々に赤みを帯びていく。
「……腰!抜けちゃったのよ……」
「何だそういう事か。お安い御用だぜ、お嬢さん」
サムはキザな顔をしつつ、四つん這いのままの女を持ち上げて背中に負ぶった。
「とりあえず、遺跡の外で一休みかまそうぜ。流石にもう眠ぃよ」
「……アタシもそれでいい。こんな体たらくじゃ、わがままも言えないしね」
「っしゃ、決まりだな」
こうして、新米冒険者インサムニア・ペレイダインの初依頼は無事終了したのであった。
「ちょ!?アンタ今、どさくさに紛れてお尻触ったでしょ!」
「……あ?こっちは手袋の上から籠手してんだ。どこがケツだか、太ももだか分かるわきゃねぇだろ?」
「……喰らわす。絶ッ対に喰らわす。アンタ、ギュントに帰ったら覚えてなさいよ!」
「へいへい……仰せの通りに、お嬢様」
そんな他愛も無い話をしながら、サムは着々と道のりを進んでいくのであった。