第五話 受付嬢との対談
冒険者ギルド、ギュント支部とある執務室。
その一室は特に飾り立てられることも無くただ窓と机、そして長椅子だけが置かれた簡素な部屋だった。
入って左手にある長椅子にはドレス姿の、もっと明確に言うならば寝間着姿のカレンが座っている。
対面にある椅子には無論、しょぼくれた様子のサムが座っていた。
「さて、サム坊。この私の顔を忘れるとは、良い度胸をしてるじゃないか」
「いやぁ……その、カレンさんってそんなに若々しかったですっけ?」
「貴様、死なすぞ」
長椅子で踏ん反りかえっている齢二十歳程の見てくれをしているカレンは、サムの配慮に欠けた一言で機嫌を下落させた。
しかし、このまま気まずい雰囲気を漂わせるのは理にならないと感じたのか、カレンは足を組み替え、話題を変える。
「……まぁいい。ステラの事は知っている。無論、お前が今置かれている状況もな」
「だったら、わざわざ俺を呼びつけなくたって……」
「分かっている。私とて理解の及んでいる物事に対して時間を割くつもりはない。……今から話すのはこれからの事だ」
「これから?」
「この一年でお前の脳みそは完全に死んだようだな。これしきの会話も成立させられんとは」
「うわ、カレンさん酷い言い草だな」
互いに茶を濁し合ったことで、その場には程よい空気が戻って来た。
カレンの顔にも微笑みが浮かび、和やかな雰囲気だった。
「サム坊、とりあえずこれを見ろ」
一時の微笑みも早々にして打ち切り、カレンは何処かへと手をかざす。
「レーベン」
その言葉と皮切りに、手がかざされていた先から丸められた書類が現れた。
「それは?」
「管理騎士教会の上層部、議会の連中から送られてきた書類だ」
カレンはその書類を伸ばして、卓上に叩きつける。
「内容は、元パラディア級冒険者インサムニア・ペレイダインの永久追放について」
「……マジで?」
「大マジだ。そこに長ったらしく、お前を否定する文章が書き連ねてあるだろうが」
サムはそこで初めてカレンが提示した書類に目を通した。
「本当だ。確かに子供の悪口を大人が書き直しました、みたいな文言が書いてある……」
「そこで、だ。お前には今から一か月以内にもう一度パラディアになってもらう」
「一か月!?いくら経験があるつっても限度ってもんが……」
「ごねるな。もう既にお前の再登録は済ませてあるんだ、否が応でも一か月後の定期報告でお前の存在は露呈する」
「……さいですか」
サムは肩を落として現実を受け入れた。
すると、カレンはそこにピンっと何かを弾いては、器用にサムの眼前に着地させる。
「それが新しい冒険者証だ。受け取れ」
カレンが弾き飛ばしたのは、ギルドの紋章が彫られた石の首飾り。
サムはそれを目にして、息を呑む。
「やるっきゃないんだな。カレンさん」
「ああ。」
サムは冒険者証を掴み、意を決して首に吊り下げる。
その様子をみて、カレンは得意気な顔で不敵に笑っていた。
「インサムニア・ペレイダイン。冒険者ギルド、ギュント支部長カレン・イースフェルトが、汝の旅路に幸あらん事を願う」
「……インサムニア・ペレイダイン、その言葉に恥じぬよう邁進いたします」
カレンの言葉に答えるため、サムは立ち上がり頭を下げる。
それを見たカレンは、より一層得意気になっていた。
「現状の報告と通過儀礼も済んだ。もう出ていけ」
「え……カレンさんって相変わらず見た目に反して風来坊だよな」
「余計な一言はさておき、夜の女はやることが多いんだ。誰のために時間を割いてやったと思ってるんだ?」
「へいへい。ありがとうございます、カレンさま」
サムは言われた通りに部屋を出ていこうとした。
「待て、そういえば一つ忘れていた」
だが、何かを思い出したカレンに呼び止められ、すんでの所で立ち止まる。
「え?もう無理難題は足りてるんすけど……」
「違う。ちょうど人選に困っていた事案があってな、お前に丸投げしてやろうかと……っと違った。お前に引き受けて貰おうかと思ってな」
「本心出ちゃってますけど……?」
「うるさい、上げ足をとるな」
「……で、その事案って?」
「うむ。脳みそが少しはマトモになってきたな」
「話、逸らさないでもらえます?」
サムに最もな事を言われ、カレンは苦し紛れに咳ばらいを一つ。
「明日、赤龍の住処へ行ってくれ。切羽の詰まった新米が一人、忠告も聞かずに単身で乗り込んだんだ。そいつの救助をしてくれ、頼んだぞ」
「……分かったよ。新米冒険者インサムニア・ペレイダインの初仕事だ、絶対に助けて来てやる」
「分かったなら出ていけ。私はもう寝る」
「……へいへい」
そこでサムはようやく、扉のノブに手を掛けて部屋から出ていった。
そのまま進み、閉店後のギルドを後にした。
この日のギュントは珍しく曇り空だった。
しかし、雲の切れ間に時折見える、幾つかの星がとても雅に煌めいていた。
「新米冒険者がルテナント級の遺跡にねぇ……ま、カレンさんなりに俺の事を気遣ってくれてんだろうな」
サムは天を仰ぎながら、そんなことをぽつりと呟いた。
そうして、黄金の鎧を着た冒険者が一人、ギュントという都市を後にした。
向かうのは、ギュントの南西にあるルテナント級の遺跡「赤龍の住処」、依頼内容は冒険者一人の救助である。