第三話 髭面が語る真実
翌日、夜明け前。
サムはとてつもない焦燥感に駆られて、疲れた体を起こし上げた。
辺りを見渡し、夜明け前である事を冷静に確かめる。
「よし、行くか」
そう言って、サムは立ち上がる。
そして、辺りに散らばっていた七本の剣を一つ一つ丁寧に持ち挙げ、どこかへと仕舞った。
「寒いからな、お前だけは持ってかねぇと」
サムは地面に突き刺さっていたローグを引き抜く。
無論、刺さっていたのだから鞘も何もない。
「……ローベン」
それを口にした途端、何もなかった場所から唐突に鞘の先端が現れる。
そのことを疑問にも思わず、サムは現れた鞘を取り出して。
ローグを納め、腰ひもに括り付けた後にその場を後にしたのだった。
下町の南門。
クラークが指定した通りの夜明け時にサムはそこへ到着した。
「よう、クラーク。待たせたか?」
昨夜とは一風変わった面立ちのサムに話しかけられ、俯いていたクラークは顔をもたげ上げた。
クラークはサムの変化に気づき、朗らかな表情で答えた。
「ああ。待たせすぎだ、馬鹿野郎」
両者とも互いのどこかに懐かしさを見つけた様な雰囲気で歩み寄っていく。
「改めて、久しぶりだな。サム!」
剣士特有のたこが目立つ右手をクラークは差し出す。
「おう。待たせたな、クラーク!」
サムは鎧に包まれた右手でクラークから差し出された手を握り返した。
想いの詰まった堅い握手だった。
その握手は少しの間続き、しばしの静寂がその場を包んだ。
しばらくしてクラークが握手を解く。
そして、流れるように両手を広げ、サムの目を真っ直ぐに見た。
「サム、来いよ。」
「……ああ。」
それを見たサムはやや顔を綻ばせて、クラークとの距離を更に縮めていく。
すると、間合いに入った途端。
サムは腰を捻り、背中を逸らして肩を振り抜いた。
向かうは握り拳。
対するは笑みを浮かべた髭面であった。
そうして事象は完結する。
サムが放った全力の拳は、見事にクラークの左頬を捉えたのだ。
衝撃でやや後方に尻もちを着いたクラーク。
だが、その顔はまるでこの結果を待ち望んでいたかのようだった。
「……本当によく戻って来たな。サム」
「うるせぇよ。早く立て、髭面」
曖昧な照れ隠しでサムはクラークに手を差し出す。
それに応えて、クラークはすぐさま手を取って立ち上がった。
「そうだな、積もる話は後にしよう。……この先に馬車を待たせてある。続きはその中でやろう」
その言葉に、サムはただ静かに頷いた。
クラークも続けて何かを言うことは無く、二人は下町に背を向けて馬車へと向かった。
下町に通ずる林道の中。
サムとクラーク、そして管理騎士である御者を含む三名は馬車に乗り込み、人目を避けるために険しい林道の中を進んでいた。
林道を進む馬車の中。向かい合う形でサムとクラークは座っている。
ガタガタと鳴り続ける車輪の音が周囲にこだましていた。
「……なぁ。そろそろいいだろ」
先に口を開いたのはサムの方であった。
人目を避けるためとはいえ、この静寂に耐えきれなかったからである。
「だな。ここまで来れば人なんざ居なそうだしな」
そう言って。
クラークは懐に忍ばせていた筒を取り出す。中には丸められた羊皮紙が入っており、それを丁寧に伸ばしてからクラークはサムに羊皮紙を手渡した。
「何だよ、これ?」
「いいから、まずはそれを読んでみろ。話はそれからだ」
言われるがまま、サムは羊皮紙に目を落とす。
そこには確かにインクで書かれた薄い筆跡の文字が書かれていた。
「その筆跡に見覚えがあるか?」
サムが読み終えるのを待ったクラークが問いかける。
「……間違いねぇ、ステラの文字だ。お前っ、これをどこで?!」
驚きを隠せない様子で立ち上がったサム。それに対して、冷静な様相でクラークは答えた。
「そいつは、ギルドから管理騎士教会宛てに届いた調査報告書の束から見つけた」
その一言で状況が飲み込めそうで、呑み込めず、サムは目を白黒させていた。
「お前が今、手に持っているのは、一年前お前らが潜った遺跡。白銀の居城について書かれたものだ。……もっと言えば、それはお前らが遺跡の攻略に失敗した日から五日後にギルドに提出されてる。確証を得るために、うちが抱えてる鑑定士連中にも聞いたが、元々王族だったステラの筆跡を真似るのは至難の技らしい。つまり…………」
「つまり、ステラはまだ生きてる可能性があるってことか!?」
クラークの言葉を遮り、サムは食い気味に驚愕した。
「まぁ……そういうことだ。」
「教えてくれ!どこのギルドだ!?」
未だ興奮冷めやらぬといった状態のサムはクラークの両肩を力強く握りしめる。
「落ち着け!話はまだ終わってねぇんだ。最後まで聞きやがれ!」
殺気までは漏らさないまでも、凄まじい剣幕でクラークは一喝した。
その言葉で、サムは叱られた子供の様にむざむざと自分の席に座り直した。
「酒の飲み過ぎで、俺ら教会の鉄則すら忘れちまった訳か?」
「……悪ぃ。そうだよな、取り乱した。管理騎士教会の円卓に名を連ねるお前が、俺に会いに来たってこと自体が奇跡だってのにな……」
クラークは溜息を吐く。
「そうだ。俺ら管理騎士教会は、国家に干渉されず国家に干渉しない。そこに属する管理騎士はあくまでも中立でなければならない。だから、ギルドの情報も、ステラが居るであろう場所も教えられない」
「そうだ…よな。」
サムはばつが悪そうに俯いた。
「だけどもだ。だからこそ、俺はお前に会いに来た。今言った通り、俺は使い物にならねぇ。キイさんだって何度も動こうとしたが議会に邪魔されて出ずっぱりだ」
そのクラークの一言を受けて、サムの中で点と点が繋がった。
「……そうか。何で俺なのか、ずっと不思議がっていたが、よくよく考えてみりゃあ、俺じゃなきゃ駄目なんだ。」
クラークはサムの疑問に答えなかった。
だが、その代わりに。再度、懐から書類を取り出してサムに渡した。
「サム、それはお前の冒険者資格だ。つい一昨日に失効した」
その一言を受けて、サムは浮足立つ。
その表情はまるで、かつての冒険者だった頃の自分に戻った様に笑っていた。
「クラーク、その先は言わなくていい。……わかった、遂に分かったぜ。俺はもう一度パラディアになる。ならなくちゃいけない。そうなんだな」
クラークは嬉しそうに、一言だけサムに告げた。
「あぁ、そうだ。」
その様子をサムはただじっと見つめ、笑みを浮かべたままだった。
「……そうと決まれば。クラーク、頼みがある」
「言ってみろ」
「俺をメアンデルの西にあるギュントまで連れていってくれ」
「お安い御用だ」
そうして、クラークは御者の管理騎士に行き先を伝え、一行の乗った馬車はメアンデル公国西方の大都市ギュントへと向かう。
それと同時に、インサムニア・ペレイダインという一人の冒険者、その叙事詩が幕を開けたのであった。