第一話 全てを失った男
インサムニア・ペレイダインは阿呆である。
一年前、彼はメアンデル公国北方、ガラ山脈にある危険度グランド級の遺跡を探索中に婚姻していた自身の相棒ミレステラ・ペレイダインを死なせた。
この世界において最上級の称号を得た彼はパラディア級冒険者「黄金」のインサムニア・ペレイダインとして富と名声をあるがままにしていた。
しかし、その結果として残ったのは最愛の妻であるミレステラとの死別だけであった。
以来、彼はその場所から離れることもできず、過去の呪縛に捕らわれたまま、無為な一年を過ごしていたのだった。
メアンデル公国北方に位置するとある下町。北側をガラ山脈に覆われた僻地である。
だが、僻地であるが故に、この町を包んでいる数多の輝きと天蓋の様な夜空は、見れば誰もが頬を綻ばせるような絶景を演出していた。
そして、下町にあるたった一つの酒場。人々で賑わうその店内のカウンターに腰掛けた金色の鎧を纏った男が居た。
「ステラぁ……」
酔いつぶれ、机に突っ伏したその男は、時折寝言交じりに誰かの名前を口にする。
だのに、周りの人間は誰一人として嫌な顔をしてはいなかった。
唐突に窓が音を立てる。
山脈の間を駆け抜けた風が窓に打ち付けられたのだ。
一挙に店内の視線が音に集まった。
「おい、こりゃあ吹雪いてくるぞ」
店内の誰かがそう言った。
「……本当だな。マスター、勘定頼む!」
「こっちも!」
誰かの一言を皮切りに、店内の人々が忙しなく帰り支度を始める。
店の出入り口には少しばかりの列ができ、我先にと身をねじ込みながら店内の客が外に流れだした。
そうして、突っ伏したままの男を一人残したまま店内には閑古鳥が戻ってこようとしている。
……その時だった。
顔を隠すほど分厚い、黒いマントを身に着けた人間が店に入って来たのだ。
見るからに長身なその人物は腰に変った剣を携えていた。
細身であるのに店の床が軋んでいることから、鍛え抜かれた肉体の持ち主であることが分かる。
その人物は手ごろな席を見つける素振りすら見せず、ただ一目散に突っ伏して寝ている男の元へと歩いて行った。
「やっとこさ見つけたぞ。おい、サム。起きろ」
サムと呼ばれた男を揺すって起こそうとするが、眠りが深すぎてその様子は一向に無い。
「ったく、しょうがねぇなぁ……」
「起きろ!!!」
一瞬の思考の末、太くしゃがれた声でマントの男は雄たけびを上げる。しかし、それだけでは足りないと思ったのか、凄まじい量のオドと殺気を男は店内にまき散らした。
「やっと起きたか、サ……」
「……ッ!ペルーン!!!」
男の企み通り、寝ていたサムは飛び起き、次いで名を呼ぶ。
するとたちまち何もなかった場所から直剣が現れ、サムはそれを握ってマントの男に切り掛かった。
すでに後手。そのことを理解していたサムは意識をオドに集中し、一策を講じる。
「レイヴン!」
「ちょ、このバカっ……!!!」
サムが講じた一策。それはオドを隠し、大気中のマナに気配を分散させる体技を用いる事。
マントの男は目の前に居たはずのサムを見失い、血眼になって辺りを見回す。
「アクト!」
背後に気配。
即座に振り向き、マントの男はサムの姿をその目に捉える。
しかし、応戦が間に合わない。
絶妙な間合いで体技を解除したサムに対して迷いが産まれる。
「クソッ!来い、ジルニコラ!!!」
否応なく抜かざるを得なかった。
マントの内側に居た剣の名を呼ぶ。
次の瞬間、酒場の店内に衝撃が走った。窓が割れ、二人の周囲にあった床材がめくれ上がる。
つばぜり合う。剣と、刀。
漆黒の一振りと金色の剣身がその姿を露わにした。
二人は一歩たりとも動いてはいない。しかし、未だ冷めやらぬ衝撃の余波が店内にこだましている。
その余波で男のマントがぶわり、音を立てて翻った。
「……え?」
間の抜けたサムの声。剣を握っていた力が抜ける。
サムが目にしたのはマントで隠されていた男の素顔だった。
ほりの深い面長の顔に、後ろで結った白髪交じりの長い黒髪。それに何より特徴的なのは胸元まで伸ばされ整えられたその髭だった。
「クラーク……?」
「やっと気づきやがったか。この馬鹿」
クラークと呼ばれた男もサムに合わせて力を抜いていく。
そして、サムが剣を引いた時、刀を鞘に納めた。
サムも同様に、剣をどこかへと納めた。
「久しぶりだな。インサムニア・ペレイダイン!」
「そ、そうだな……!クラーク……!」
先ほどの攻防が嘘かの様に、固い握手を交わす二人。
しかし、サムは状況が呑み込めないといったような顔でクラークの出方を伺っている。
「しかし、ひでぇ面だな。ちゃんと飲み食いしてんのか?」
ばつが悪そうにクラークから目を逸らし続けるサム。
そんなサムの気も知らず、クラークはサムの顔について言及した。
だが、クラークの言及はもっともなものだった。
サムの顔は一年前とは面立ちが変わり、面長の顔は痩せこけ、目の下にはくま。王族顔負けの金髪は手入れがされておらず、以前よりも伸びていた。
「やっぱ男同士がモノを語るなら剣だわな。望んだ結果じゃなかったが、お前が切りかかって来たおかげで大体読めた。」
サムは気まずそうに沈黙を貫いている。
「サムお前。一年間、自分を疑う事しかせずに毎日飲んだくれてただろう?」
「そ、それは……」
「はっきりと答えろ、サム。この一年間お前は何をしていた?」
鋭い眼光でサムを睨みつけるクラーク。
しかと真剣さが伝わるその眼はひそかに怒りを孕んでいた。
「…………ずっと、この町に居た。……冒険者の仕事もせず、鍛錬もせず、さ、酒を飲んでた」
「そうか。お前の口から正直に聞けて良かったよ」
サムの鎧に手を置くクラーク。
ぽんぽんと軽く叩いて慰みの念をほんの少しばかりだけ贈った。
「歯ぁ、食いしばれ。」
クラークが言う。
サムは言われるがまま、目を閉じて歯を食いしばった。
一拍の間。
次の瞬間、存分に腰を効かせたクラークの拳がサムに激突する。
その一擲の拳はサムの頬骨を砕き、勢いのままに殴られた当人を店外まで吹き飛ばした。
「明日の夜明けにこの町の南門で待つ。今のお前にまだ来る度胸があったならそこで全てを話してやる。」
そう言って、クラークは痛みを噛み締めるサムに背を向け、店の出入り口から出ていった。
クラークが去った後、サムは口内の血を吐き捨てた。
そして、ぽっかりと酒場に空いた穴を見やる。
「……参ったなぁ、どうすんだよコレ」
痛みと虚無感に襲われながらもサムは言葉を口にした。
だが、サムの浮かべた表情はどこか浮足立つような、そんな笑みを浮かべていたのだった。
この作品を知っている人は少ないと思いますが、設定とストーリーを練り直して書き直しました。前回と同じく駄作だと感じる方もいらっしゃるとは思いますが、何卒、見てやってください。
また、このチャンネルではありとあらゆる罵詈雑言を受け付けております。
設定がキモい、書き方が悪い、など思った事があれば何でも書いてください。
でも、面白いと感じてくれたら褒めてくれると嬉しいです。泣きます。ちなみに叩いても鳴きます。
投稿ペースは毎日更新を目指して頑張ります。
執筆に手間取ったら三日くらい空きます。ごめんなさい。
駄文、失礼しました。
ではまた。