013 エピソード0(後編)
文月楓は、とある事をきっかけに、精神的に辛くなっていた。
それがなぜかは、親も、祖父母も分からなかった。
知っているのは、記憶を失う前の楓と、数名、いや、一人の友達くらいだろう。
この理由はきっと後に楓が自ら知ることになるはずだ。
ずっと頭にガンガンとした痛みを覚えながら、学校の階段を上がって行った。
2階。
3階。
4階。
そして、屋上。
そして、あと一歩で落ちる。
そんな所まで移動した。
階段から数名の大人が駆け寄ってくる音。
楓に気づいた先生が向かってきているのだ。
楓はそんな事に気にせず、落ちるギリギリのところで、呆然と風景を見尽くしていた。
「楓くん!戻ってきて!」
先生たちがやってきた。
だが、そのセリフを言われた瞬間、文月楓は、そこから飛び降りた。
この高さじゃ死なないかもと思ったのか、あえて頭から落ちるように変に降りていった。
鈍い音がした。
文月楓は、屋上から飛び降りた。
学校全員の先生が集まる。
意識がもろろうとしていた楓。
即死ではなかったのだ。
頭からは血が流れ、ホラー映画かのように頭は真っ赤に染まっていた。
やがて、救急車と親がここに到着。
家から近く、たまたま仕事も休みだった親が先に楓の元へ来た。
「楓!楓!しっかりしろ!」
そう言いながらも、内心ではきっと諦めていた。
この場の誰もが、そう思っていた。
文月楓は、死んだ。
泣き崩れる母親。
必死に声をかける父親。
意識がもう無い楓。
やがて、救急車で運ばれる。
両親は車で病院に向かう。
最愛の息子を、失いかけていた二人。
いや、もう二人は失ったと思っていた。
病院について、楓の意識は不明のままだった。
夜遅くに、1度家に戻る両親。
その途中、車を運転していた父親が交通事故を起こす。
真っ暗な夜道の仲、道を外す。
それにすら気づかず、呆然としていた母親と、近くにいた罪なき人が死んだ。
そのまま暴走した車は、建物へ向かっていき、跡形もなく散っていった。
こうして、この一日で、文月家はこの世から消えた。
そして、天国で親と息子が再会。
のはずだった。
でも、そうなることはなかった。
両親が病院から離れたあと、文月楓は死亡した。
そのはずだった。
心電図も確かに一度止まったのだ。
だが、突然、文月楓の心臓が再び動き出した。
そして一週間後には文月楓は意識を取り戻した。
体中が包帯の中、目だけが見える。
その目が、うっすらと開いていった。
文月楓は、生還したのだ。
だが、もはや死んだままの方が良かったのかもしれない。
目を覚ました楓に残っていた物は、家くらいしか無かった。
両親もいない。
そして、記憶も。
その後、一年半ほどかけて、ボロボロの体を戻していった楓。
ついに退院した頃には、高校生になる年だった。
記憶もない。
もはや、感情もない。
でも、これからどうしていくかを自分で楓は決めた。
普通の人間として、もう一度生きていくと。
そして、自分に何があったのか。
どうして自殺なんかしようとしたのか、知りたかった。
こうして、文月楓は、記憶も感情もないまま、新しい人生を歩み始めた。
***
「あれ、俺、寝てた?え?」
どうやら霜月との勉強中俺は居眠りをしてしまったそうだ。
だが、問題はそこでは無い。
座って勉強していたのだから、そのまま居眠りをした場合起きても座っているはずだ。
だが俺は横になっていた。
下には柔らかい感触。
上を見上げると、2つの山があった。
「あ、起きました?」
「どういう状況だ?」
「えっと、その、膝枕。ってやつですかね?」
上を見上げると、やっぱりそこにあるのは、二つの山。
そしてこの山が何か、5秒ほど理解できなかったが、すぐに理解する。
それが何かは言わなくても分かるだろう。
これが、膝枕というやつか。
でも、俺はさっき見ていた夢がかなり強烈だったため、脳はそれのことばかり考えている。
「えっと、辛そうな顔で寝てましたけど、大丈夫でした?」
そう聞かれたので、膝枕から起き上がった俺は、霜月に夢の内容を話してみた。
霜月は俺が記憶を失ったのを知らないが、それを知らないと話が通じないことに途中で気づき、俺は記憶を失ったことも軽く霜月に話した。
「そうだったんですか……。大丈夫、ですか?」
「まあ、大丈夫だ」
両親がいないことなんかとっくの前から受け入れてる。
ただ、俺が自殺をしようとしたことは驚きだ。
それによって記憶を失った俺というわけか。
なら、なぜ俺は自殺しようとするまでに至ったのか。
それほどまで俺の精神を削いだのは何なのだろうか。
この学校に来た理由。
実は明確にある。
「学費、無料ですもんね」
「そうだな。ほかの学校には通えないだろう」
俺たちが通うあの学校は、大手企業が建てた学校。
その学校が設備の金は全て払うから、学費はない。
教員への給料も企業から配られているらしい。
正直謎が深いが、全貌は明かされていないし、この学校じゃないと通えない俺からすれば、ありがたく通わせてもらうことしか出来ない。
「記憶、思い出そうとしてるんですか?」
少し言いづらそうな顔で聞いてくる霜月。
「そう見えるか?」
霜月はそれに頷いて答える。
「ああ。思い出さないほうがいいのかもしれない。それでも、俺は知りたい」
真剣な眼差しを返してくれる霜月。
テスト勉強をするだけだったのにこんなシリアスな展開になって霜月には本当に申し訳ない。
「この学校に来た理由はそれですか?」
「ああ。そうだな。ここ以外は難しかったな」
「なら、応援します。辛くなったら、いつでも頼ってくださいね?」
「ありがとな」
「はい。私にできることがあればですが、膝枕くらいならいつでもしてあげますよ」
突然そんな冗談を言う霜月がどこかおもしろかった。
この今のシリアスな雰囲気を変えてくれようとしているのだろう。
「ちょ、なんか言ってくださいよ!恥ずかしいじゃないですかァ!」
プライベートで初めて霜月と会って、改めて霜月という人間の良さが分かった気がする。
「ありがとな。霜月」
今の気持ちを率直に伝えた。
これは膝枕がありがとうとかそういう話ではない。
そんなこと言わなくても霜月は分かってくれるだろう。