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白花病

 彰良は、拠点と呼ばれる場所に訪れる。


 拠点は塀に囲まれながら、鬱蒼とした森に隠されていた。中は校庭くらいの広さで、石造りの館が並んでいる。食堂や病院のような施設も見られ、さながら小さな町のようだった。


 その拠点を進み、通されたのは天井の高い部屋だ。奥には温かい炎を収めた暖炉があり、足元には万華鏡を覗いたような模様が描かれたカーペットが敷かれてある。ヨーロッパに行く旅番組か何かで見たような内観だ。


 彰良は馴染みがないアンティークの雰囲気に呑まれ、借りてきた猫のように身体を縮こまらせていた。


「ま、テキトーにくつろいでくれや」


「は、はい……」


 オズガルドに促されるまま、彰良はソファに腰掛けた。


「んじゃ、もったいぶっても仕方ねぇしな。話始めっか」


 オズガルドも、ソファに腰掛ける。シャーロットを含めた、他の仲間も同じように座った。だが、一人だけ座らずに立ったままの者がいる。柘榴色の髪を持つ女性だ。


「オズガルド、すこしは彼を歓迎してあげたら? お茶くらい淹れてあげましょうよ」


「んあ?」


 オズガルドが片眉を上げる。


「戦いに巻き込まれたあとじゃ、疲れてるに決まってるじゃない。ほら、お客さんでもあるんだから」


 柘榴色の髪を持つ女性が近づいてきた。薄紫のワンピースがスリットから覗かせる太ももの刺激が強い。


「私はナタリーよ。よろしくね。何か飲みたいものある?」


「あ、どうも……彰良です。じゃあ、ミルクとか……」


「は~い、ミルクね~」


 どうやら、異世界にも牛乳はあるらしい。


 ナタリーが指を鳴らすと、どこからともなく銀の容器とコップが飛んできた。誰かの手を介することもなく、牛乳が容器からコップへ注がれていく。

 彰良がそのさまを食い入るように眺めていると、ナタリーが小首を傾げた。


「何か気になることでもあった?」


「あ、すみません……違うんです。実は、あんまり魔術を見たことがなくて……」


 彰良が正直に伝えると、ナタリーは驚いたように口を開く。


「え……じゃあ、今までどうやって生活してたの……?」


 その言葉によって、この世界における魔術の立ち位置がなんとなく分かった。この世界の魔術は、彰良がいた世界における電気やガスに近いらしい。


「あの、たぶん俺……この世界の人間じゃなくて」


 隠す必要はないと考えた彰良は、正直に身の上を話す。


「アンタ、私がイェソドと戦ってたときもそんなこと言ってたけど……」


 シャーロットが、疑うように目を細める。


「イェソド……? あぁ、あの道化師か。そうだよ、俺は地球って惑星にある日本って国で生活してた。あーでも、世界的にはジャパンで」


 英語に訳すなどして、彰良はいろんな角度から説明を試みる。だが、誰かの表情がぴんときたように明るくなることはなかった。


「魔獣を別次元から召喚するとかなら分かるけど、まさか人間を召喚したってこと?」


「俄かには信じられませんね……」


 茶髪の少女、銀髪の少女も顔を歪ませる。

 だが、一人だけ表情をまったく変えていない者がいた。オズガルドだ。


「おかしな話じゃねぇ。全部伝承通りだ」


「……っ」


 彰良の肩が震える。伝承という単語を聞いて、反応してしまうのは厨二病の悲しい性だった。内容など関係なしに興奮を覚えてしまう。


「ま、青年がなにもかもチンプンカンプンだってことは分かったわ。まず、魔術とかこの世界の状況とか……全部一から説明してやるから安心しろよ」


 オズガルドは言って、彰良の隣に座り直す。


「けどよ。まず、ちょっとだけ青年の世界の話を聞かせてくれ」


「俺の世界のこと……ですか?」


「あぁ、そうだ」


 戦争はあったのか、食べ物に不自由はしてなかったか、雨風凌げる場所に住めていたのか──投げかけられた問いに、彰良は嘘を交えず答えていった。

 すべてを聞いたオズガルドは、深く頷く。


「だいたい分かったぜ。最初に聞いといてよかったわ」


「どういう意味ですか?」


「いまから青年にこの世界についてを話す。最後に青年自身に決めてもらいたいこともある。ただ、これだけは最初に言っておきてぇ」


 オズガルドが顔を引き締める。


「この世界は、青年がいた世界の百倍クソだ」


「ひゃ、百倍……?」


 彰良は無意識に唾を呑んでしまった。


「脅かして悪ぃな。なにもこの世界だってずっとクソだったわけじゃねぇぞ」


 オズガルドは微笑を浮かべる。


「俺がガキの頃はそりゃ平和なモンだった。俺は農家の出でな。特別裕福なわけでもなかったが、食い物や住む場所に不便したことはなかった。だが、それがある時期を境に一変しちまったんだ」


「ある時期……?」


「あぁ、その時期から世界は完璧にクソになっちまったのさ」


「まさか、戦争が始まったとか……」


「半分正解で、半分不正解だな。戦争はあくまでその結果にすぎねぇ。この時期から流行りだしたんだよ。謎の疫病がな」


 苦痛を堪えるように、オズガルドは目を瞑った。


「疫病って言っても人に害を及ぼすもんじゃなかった。害を及ぼしたのは、作物だ。〈白花病はっかびょう〉っつってな。どの作物にも真っ白な花を咲かせる疫病だ。その真っ白な花が作物の養分を吸い取って枯らしちまう。それが原因で、世界はひどい食糧難に悩まされるようになったんだ」


「それで食糧をめぐって戦争が始まったと?」


「そうだ。戦争は人々の間に怨恨を生む。そして、世界はあっという間に殺伐としたモンになっちまった。食糧難による飢え、そんで戦争による殺し合いで、この世界の人間は……半分に減っちまった」


「は、半分⁉」


 彰良は驚きから裏返った声を出す。


「人口がそこまで減ってしまうほど、戦争は激しかったんですか……?」


「激しいは激しかったが……どちらかと言えば、ここまで死者が出たのはこの世界の戦い方によるところが大きい。その戦い方っつーのが、魔術を使ったものなんだが……」


 オズガルドはふいに立ち上がり、壁沿いの棚まで歩いていった。そして引き出しを漁り、棚から赤い羽根を取り出す。


「順番に話すぞ。まず、魔術は代償ってのが必要になる。例えば炎を生み出したいと思ったとき、代償として一つなりえるのがこの〈火鳥かちょうはね〉だ」


 オズガルドは妖しげな光を生み出し、それを羽根に近づける。すると、その羽根は鳥の形をした炎へと姿を変えた。


「うわっ⁉」


 思わず、彰良は仰け反る。


「こんな風に体内で作った魔力を触媒となる代償に食わせると、魔術を使える。慣れない魔術だったり、難しい魔術だったりすると、そんときに使う魔力が増えるんだ。ただ、その一方で代償の価値を高めれば、使う魔力は少なくなる。なんならいらなくなることもあるらしいが……ま、ここらへんはおいおい話してやるよ」


 オズガルドが握り潰すような仕草をすると、炎は吸い込まれるようにして消えた。


「んで、ここで重要なのが価値の高い代償とはなんぞやってことだ。答えを言うと、魔術の代償は──数としての希少性が高いこと、命あること──このどちらかの条件を満たすと効果が上がる。んで、使える魔術の範囲も広がる」


「つまり……?」


 彰良は説明の要点が見えず、首を傾げる。すると、シャーロットが呆れたように肩を竦めた。


「鈍いわね。二つの条件を満たす最高の代償がすぐそこにあるでしょ?」

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