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異世界へ

 一瞬、ドッキリの可能性を考えた。厨二病の男子高校生をターゲットにした企画が進行中なのかもしれない。大袈裟なリアクションを取らないよう注意をしながら、彰良は深呼吸をする。


 だが冷静になって、こう考え直した。そんなわけがない。


 ドッキリだとしても、ここまでリアルな映像を見せることはできるのだろうか。VRゴーグルが装着されているような感触はない。プロジェクションマッピングだって、三六〇度全方向に映像を照射するなんていう話は聞いたことがない。何より視覚のみならず、嗅覚が、聴覚が、触覚が、これが現実であると囁き続けていた。


「ひょ、ひょ……」


 空気が細い穴を通るような声が洩れる。


「ひょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ‼」


 瞬間、爆発するような叫びが溢れた。


 正直、この異世界への訪れ方は地味と言わざるをえない。派手な前振りがあったわけではなく、ただ寝て起きただけ。だが、そんなことはどうでもいい。異世界に来られたという事実が全身を痺れさせ、ドバドバと脳内麻薬を分泌させる。


 背後で、ドシャァ! という音が響いたのは、そのときだった。

 彰良は振り向く。


「うおっ⁉」


 そこには、少女が倒れ込んでいた。

 瞳は澄み渡るような青色で、二つ結いにされた髪は輝くような金色。服は令嬢が着るようなドレスからひらひらした布を削ぎ、洗練したようなものを着ていた。


 異世界という前提はありつつも、純粋な日本人である彰良にはすべてが異質に映った。だが、その一方で全体的に調和が取れているような感覚もあったのは、ひとえに少女の顔がすこぶる整っていたからだろう。


 彰良は胸の高鳴りを覚える。もしや、これが一目惚れか。そんなことを考えていると、少女と視線が重なった。

 その少女はなぜか苦々しく顔を歪ませてから、ずんずん距離を詰めてくる。


「え……?」


 彰良は圧に押され、後退った。


「アンタ、ここで何やってんの⁉」


 耳がキーンとするような声で、少女は怒鳴る。彰良は茫然とさせられた。

 そんな彰良に、少女が追い打ちをかけるように言う。


「なにすっとぼけた顔してるわけ? 何やってんのかって私は訊いてるの! アンタ、どこの町の人間? ここらへんに住んでるなら、アポトーシスとの大規模戦闘があるって話は当然耳に入ってるはずよね?」


「は、はえ……?」


 彰良は動揺から、口が回らなくなっていた。見知らぬ少女から質問責めに遭うなんて、さすがに想定外だ。

 痺れを切らしたように、少女は地面を踏みつける。


「あぁ、もう埒が明かないわね! とにかくこの場から逃げてってば!」


「に、逃げるってどこに?」


「そんなのどこでもいいわよ! とにかく戦いから身を守れる場所!」


「こっちは異世界から来て右も左も分かんないんだよ! もっと具体的に頼む!」


「イセカイ? 訳分かんないこと言ってないで……ここからなら、オディの村跡が一番近いからひとまずそこに向かって! ゲレリー街道を真っすぐ行ってオンヌスの像の分かれ道で右に進めば──」


「だから! それが分からんって言ってるでしょ⁉」


 近くで戦いがくり広げられていることも忘れ、少女との口論に熱くなっていたときだった。


 彰良は、鋭く光りながら飛んでくる物体を捉える。少女はそれに気付いていない様子だった。声で注意をしていては間に合わない。


「危ないっ!」


 少女に覆い被さる形で、彰良は地面に伏せた。間一髪、飛んでくる物体はなんとか躱せる。


「なんだったんだ……?」


 彰良は困惑しながら、腕を支えに起き上がろうとした。しかし、バランスを崩してしまう。地面の土が思った以上に柔らかかったからだ。

 そんなとき、頬に強烈な痛みを覚える。


「ぼごっ⁉」


 なぜか、少女に殴られた。彰良は衝撃をいなせず、背後に吹っ飛ばされる。頬を押さえながら起き上がると、少女が両頬を真っ赤にしていた。


「どっ、どさくさに紛れてアンタ……何してんのよ!」


 両腕で身体を抱き締めるようにして、少女は屈む。


「な、何ってなんだよ?」


「はぁ? とぼけるわけ⁉ 最低! ホンット最低! もうこんなときに……」


「いや、本当に分からないんだって! 俺はお前を助けようとして……」


「助ける? 笑わせないでよ! いきなり押し倒して、私の、わた……しの……胸揉んできたくせに!」


「む、胸を揉み……って、そんなこと……」


 絶対にしていない。だが、時間差で心当たりが生まれた。


 起き上がる際に触った土はすこぶる柔らかかったが、異世界に訪れた直後に触った土はもっと硬かった覚えがあった。そして少女は服の上からでも分かる、豊かな双丘を有している。

 この二つから、とある事実が導かれた。


「まさ、か……?」


 触ってしまったのか。少女の言う通り、胸を揉んでしまったのか。

 アニメやマンガでよく見る、ラッキースケベ的な展開ではある。だが、いざ味わってみると罪悪感がすごかった。血の気がさーっと引いていく。


 こういうとき、どう弁解すればいいのか。

 彰良があたふたと狼狽えていたときだ。


 少女がはっとする。彰良も遅れてはっとした。鋭く光りながら飛んでくる物体をふたたび捉えたのだ。


 少女は身を翻し、針を投擲。キンッという甲高い音を立て、双方は衝突した。針とともに落ちたのは、大道芸で使用するようなナイフだ。


「あは~★ 戦いの最中にイチャイチャとか余裕だね★」


 陽気な声を響かせながら、闇から男が姿を現した。

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