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主人公になりたくて

「くそ、玲菜の野郎……」


 夕食後、彰良は自室で不快さから胸を擦っていた。不快さの原因は、その夕食にある。


 玲菜の脅しはこうだったはずだ──今度騒いだら母親を買収し、ピーマン料理を出してもらう。

 彰良はあれから騒いでいない。しかし、夕食にはなぜか苦手なピーマン料理が一品だけあった。


 食事中、玲菜はずっと睨むような目つきで見つめてきていた。それは、もう一度ふざけた真似をしたら、よりひどい地獄を見せるという警告のように思えた。


 彰良は自然にピーマンを避けようとしたが、玲菜から直接、ピーマンを茶碗に盛られてしまう。結果、彰良は半泣きになりながらピーマンを食す羽目になったのだった。


「あー、いかんいかん……」


 彰良は気分転換も兼ね、平日に取り溜めしたアニメを観ることにする。

 玲菜の部屋に音が洩れないよう、ヘッドホンの装着は怠らない。ベッドに寝転びながら所在なくテレビの画面を眺めていると、胸焼けはすぅーっと引いていった。


 しばらくして、観ていたアニメがエンディングに差し掛かる。

 彰良はリモコンを操作し、他のアニメを再生しようとした。


 今期のアニメは、ネットで豊作だと騒がれている。良作と評されたアニメの二期があったり、放送前は全く話題にならなかったダークホースがあったりで、粒が揃っていると評判だった。彰良も両手の指では収まらない数のアニメを視聴しており、世間の評判には同意するところが多い。


 彰良は『どうも、序盤で死ぬ系の炎の能力者です』というアニメの視聴を始める。これは今期の覇権と呼び声高いアニメの一つだった。


 だが、そんなアニメを観ている彰良の顔は暗い。

 決して、つまらないわけではなかった。


 世界の存続が懸かった、ダークな世界観は大好物だ。憧れるような主人公に、彰良の好みとマッチしたヒロインもいる。ストーリーだって続きが気になるような展開が続いていた。不満や文句はまったくない。にもかかわらず、ずっと冷めたような表情を浮かべていた。


 その理由には自覚がある。彰良は怖くなっていたのだ。


 来年、彰良は高校三年生になる。提出した進路調査票の通りに行くなら、受験をすることになるだろう。どこかの大学に合格すれば、大学生になれる。二年ほど自由な時間をもらえるらしいが、三年次からは就活を始めなければならないそうだ。四年が経てば卒業、内定をもらった企業に就職して社会人となる。


 つまりは、大人になっていく。子どもではなくなる。


 彰良も、魔術が実在すると信じているほど幼くはない。九十九%、魔術など存在しないと思っている。だが、一%は実在するかもしれないという希望を持っていた。


 大人になるとは、そんな希望を消すことだと思った。希望が消えれば、今まで通りアニメを楽しめなくなるかもしれない。日々の楽しさがなくなってしまうかもしれない。


 こんな思いを周りの人間に伝えれば、確実に馬鹿にされるだろう。

 だが、思いが湧くのは止められないのでどうしようもない。自分の気持ちには嘘を吐けない。

 自分の気持ちには嘘を吐けない。


 彰良は、魔術を使ってみたかった。

 いや、魔術を使うだけでは満足できない。魔術で戦ってみたい。何百、何千もの敵を倒してみたい。不幸な目に遭うヒロインをクールに救ってみたい。誰も倒すことができなかった黒幕を倒し、世界から英雄と崇められたい。


 現実世界で不可能なら、異世界にだってどこへだって行く。

 彰良は、主人公になりたかった。


 ふいに物悲しいメロディが耳に入ってくる。いつの間にか『どうも、序盤で死ぬ系の炎の能力者です』のアニメもエンディングに差し掛かっていた。思考に没頭していたせいで、内容はほとんど頭に入っていない。


「今日はもう寝るか……」


 こんな精神状態でアニメは観るものではない。


 彰良は息を吐いてから、テレビを消した。部屋の電気も消すためにベッドから腰を上げ、スイッチがある壁まで歩いていく。

 その途中、足の小指をたんすにぶつけてしまった。


「~~~~っ‼」


 声にならない悲鳴が洩れる。彰良は勢いよく屈んだ。

 そのとき、なにかが床に転がっていることに気付く。


「これ……」


 それは、警察バッジだった。亡くなった元警察官の祖父からもらった形見だ。


 祖父は、彰良が小学生のころに逝去した。幼少期の彰良はかなりのお祖父ちゃんっ子で、祖父の死の衝撃は大きかった。そのため、生前にもらった警察バッジをある種の安心毛布として持ち歩いていた時期があった。


 しかし、いまや彰良も高校生だ。祖父の死からは立ち直っている。だから、今はたんすの上で置物と化していた。


 彰良は警察バッジを拾い、怪訝な顔をする。

 警察バッジを受け取ったときの情景は、ぼんやりと覚えていた。


 夕暮れだった。友達と喧嘩をしたあとだったのか、身体は傷だらけだった。祖父の皺が寄った大きな手で頭を撫でられた記憶も残っていた。だが、肝心の警察バッジを受け取った経緯は覚えていない。


「ま、いいか……」


 彰良は記憶を遡ることをやめ、警察バッジをベッドスタンドに置く。

 部屋の電気を消すと、眠気が押し寄せてきた。引き寄せられるようにベッドに寝転がった彰良は、数秒も経たずに眠りに落ちる。



  †


 

 そして、しばらくして意識が覚醒した。


「は?」


 起き抜けに、思わず声が洩れる。


 寝ていたのはベッドではなく、背の低い草が生えた丘だった。

 そして丘の麓には、現実かどうかを疑ってしまうような光景が広がっていた。

 彰良は確かめる。五感はしっかり働いていた。ベタながらも頬を抓ると、しっかりと痛みがあった。


「だったら……」


 現実だと信じたい感情が生まれる。本当に現実なら、これほど興奮することはない。


 ずっと実在を願っていたもの。

 しかし、実在などしないと諦めてもいたもの。

 いま、それがそこにある。


 咆哮とともに炎を吐き出すドラゴン、鎧をまといながら剣や槍を操る戦士、浮遊しながら火や氷や雷を放つ魔術師が、乱戦をくり広げている。

 彰良は、それらから確信する。


 ここは、異世界だった。

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