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3日後に死ぬ少女


 3日後に、あなたは死ぬだろう。



 3日間、あなたは、箱に閉じ込められます。



 1日経つごとに、壁が狭まってくる。



 それだけを説明された白髪の少女は、ある日突然、白い箱の中で目覚める。



*1日目



 少女は、背中の冷たさを自覚して、重いまぶたひらいた。



 そこには、広く、そして白い箱の中の空間が広がっていた。壁も、天井も、床も、曇りの一点無き純白だった。



 白い壁や床に同化してしまいそうな、純白の色の髪をもった少女だ。ツインテールの髪型をしている。ステンドグラスが顔にはまったような空色の瞳をしており、肌は、太陽の光を知らない。



 そして、一糸を纏わぬ、生まれたままの四肢を、薄い胸を晒している。


 少女は赤面して、自らの胸を抱いた。



 目眩めまいを誘うほどの無音が辺りに満ちていて、少女以外の誰の存在も、そこに無かった。


 

 はやく、何かを身につけたい。はやく、股と胸といった恥部を隠す布を纏わないと、誰も見ていないけれど、恥ずかしい。



 ここから出たいという気持ちよりも、それの気持ちが上回り、少女は、裸足の足音をペタペタ言わせながら、白く、広大な箱の中をまっすぐに歩いた。



 すると、少女は、地面に落ちている数々の「物」を発見した。


 削られて短くなった鉛筆、クレヨン、割れたガラス破片に、黒い淵の時計、机と椅子のセットに、加えて、金髪とドレス飾るフランス人形が地面のあちらこちらに散乱していた。



 時計の針は、12時30分を指して、秒針も、短針も、長針も、死んでいた。



 散乱した「物」の中には、白い下着と青いスカート、白いシャツもあった。



 少女は、これといった表情を見せぬまま、それを身につけて、また出口を求め、歩き始めた。


 衣服の布が擦れる音を鮮明に聞きながら、歩いて、少女は立ち止まった。



 白い壁の高いところに、巨大なスクリーンを発見したからである。



『こんにちわ』



 スクリーンには、文字が映し出されていた。


 少女は行儀よく、頭をぺこっと下げて、会釈した。


 次いで、出口は知らないかと、少女は、テレスクリーンに向かって、尋ねてみた。


 すると、『こんにちわ』の文字が消えて、新たな文字の羅列を映し出した。



『出口はありません』と。



 続けざま、少女は、あなたが何者であるかと、聞いた。テレスクリーンは、回答を示す。



『神様とか、救世主メシアみたいなものです』



 よく理解できなくて、首を傾げた少女。スクリーンは、まるで、意思を持っているかのように、また新たに文字を並べて、話し始めた。


『お目覚めの前に言いました通り、あなたは3日後に、死んでしまいます。その3日間、あなたは箱に閉じ込められます』



 テレスクリーンの文字に不信感を抱いた少女は、白い壁に歩み寄り、試しに、壁を殴ったり、蹴ったりしてみた。しかし、不思議と、壁は傷のひとつもついていなかった。



 さらに、落ちていた椅子を持ってきて、その椅子の脚で壁を殴りつけた。しかし、これもダメで、傷すらつかなかった。


 テレスクリーンは、これに反応した。


『出ることはできませんよ』と。



 しかし、3日後に死ぬといわれて、黙っていられるはずもなく、少女は壁伝いに歩き始めた。



 さらさらとした質感の壁を手のひらで感じて、指でなぞって、歩き、全周して、椅子が転がっている場所に戻ってきてしまった。


『再三お伝えしました通り、あなたは、ここから出られません』



 テレスクリーンは、また黒の文字を映した。


 最後の抵抗とばかりに、少女は、スクリーンに向かって、椅子を投げつけてみた。しかし、椅子がゴンとぶつかって、しかし画面が割れることはなく、元の状態のまま、健在であった。



 少女は息をはーはーと切らしながら、その場にべたっと尻を付いて座り込んだ。


『さあ、お勉強の時間です』



 また唐突に、テレスクリーンが意味不明なことを言い出した。


『この箱は、【メタファー・ミニチュアガーデン】と言います。製造は、だいたい14年前でしょう。箱の目的は、あなたを閉じ込める、ただそれだけです。ちなみに、ここはアメリカでもなく、イギリスでもなく、日本でもなく、中国でもなく、いずれの大陸でも、はたまた、地球でもなく……あらゆる主権が及ばない、「概念」です』



 テレスクリーンは、またまた唐突に文字を右から左へ、ゆっくりと流し始めた。



 もしかしたら、脱出のためのヒントが隠されているのかもしれないと思った少女は、律儀に椅子に座り、スクリーンが見える方向に机を立てて、紙を置き、鉛筆でメモを始めた。


 メタファー・ミニチュアガーデン、14の数字、スクリーン、箱庭、食事の不要、睡眠の不要、生理的欲求の処理の不要……と、右から左へ流れる文字のうち、大事そうなものをピックアップして、メモに起こした。



 スクリーンは、文字の羅列の最後に『わかりましたか?』と、疑問符をつけて聞いてきた。



 少女は、たいへん疲れ切ってしまって、首を横にふりふりと振りながら、椅子から転げ落ちた。



 もう、数時間と、スクリーンの文字を見続け、ペンを走らせ続けた。



 少女は、瞳を閉ざして、眠ってしまった。



『あ、おやすみなさい。お疲れ様でした』



 そんなスクリーンの文字は、少女には届かなかった。



 なぜなら、少女は疲れて、眠っているから。





*2日目




 少女は、重いまぶたひらいた。



 そこには、昨日と同じような白い空間が広がっていた。



 ただ、昨日と比較して、変化した部分があると、眠い目をこすりながら、少女は気が付いた。


 壁と天井が、昨日の半分ぐらいに小さく縮んでいて、つまり、箱が狭くなっていたのだ。



 これが、昨日の最初に何者かが言っていた『1日経つごとに、壁が狭まってくる』ということなのだろうか。それに、真っ白だった壁や床が、若干灰色っぽく、くすんでいるような、そんな気がした。よくよく気を付けて見なければ、気が付かない変化だった。



 少女は、再び、壁の高いところにあるスクリーンの黒い画面を見上げた。



 スクリーンは起動して、文字を映し出した。



『おはようございます。二日目ですね』



 少女は、白いツインテールを揺らしながら、頭をふりふりして、小さく頷いた。



『それでは、お仕事を始めましょう』



 少女は、わかりやすい変化に気が付く。



 まず、身に着けているものが、スーツになっていたことだ。藍色のズボンとジャケットみたいなスーツを身に着けていて、しかし、身の丈に合わないぐらい、サイズが大きかった。



 袖にある隙間から、手のひらをなんとか覗かせるといった有様だった。



 それに、地面に落ちているものが変わっていた。


 クレヨンやフランス人形、12時30分を指して死んだ時計、ガラスの破片に、机と椅子のセットが、すっかり無くなっていたのだ。代わりにパソコンと、ボールペンと、何か書かれた紙などが、散らばって置かれていた。



『まずは、床に落ちている紙をすべて、赤い目印のところまで運びましょう』



 少女はスクリーンの文字に困惑しながらも、周囲をキョロキョロとした。



 壁際に置かれた大きめのデスクと、ローラー付きの椅子を発見した。そのデスクの淵が、赤く点滅していることに気が付いた。



 たぶん、あそこに書類をまとめればよいのだろう。



 少女は、床に落ちた紙を拾い集めた。すべて、A4のサイズで一致しており、表面には『アバンギャルド』『日常ウィークネス』『ライフリテラシー』『老化衰退セキュリティー』など、少女には、よくわからない言葉や造語がタイトルとして記されていた。



 それらの紙を胸に抱えて、少女は赤く点滅するデスクの上に乗せた。数百枚の書類を一枚一枚拾い上げ、山を作り上げた少女は、くたくたになっていた。



『お疲れ様です』


 スクリーンは、淡々と言った。



 次に映し出された言葉に、少女は、言葉を殺されてしまった。



『すべての書類のチェックと、サインをお願いします』




 これを、全部……?冗談を言っているのではないのかと、少女はスクリーンに対して眉をひそめた。


 意味もわからず、箱に閉じ込められ、意味の分からないままタスクを押し付けてくるスクリーンに嫌気がさして、少女はダボダボの袖を揺らしながら、書類の山があるデスクではなく、くすんだ白い壁のほうへ歩んで寄った。



 壁をドンドンと、何度もたたく。蹴ったり、開けゴマ呪文を唱えても、白い壁はびくともしなかった。


『昨日もお伝えしました通り、あなたは3日間、ここから出られません』



 少女は、細い目と薄い表情ながら、ムッとした。


 では、あと二日経てば、ここから出られるのかと訊いてみた。



『確かなことは、あと二日が経てば、あなたは死んでしまうということです』という文字をサラッと読んで、やはり、少女は、壁と対峙した。



 箱の全周をめぐり、壁を殴り、蹴って、落ちていた別のローラー付き椅子を投げつけたりした。けれどもやっぱり、壁には傷一つ付かなかった。



 少女は、ため息混じりに息をはーはーと切らし、渋々、デスク前の椅子に腰かけた。




『日常崩壊リスク所説』に、サイン。『学校教育機関のメリトクラシー的国民選別機関化計画』に同意して、サイン。『孤独コドク除草剤による健康被害』を読み込んで、よくわからないけど、サインっ!


 

 少女は、眠い目をこすりながら、読み込みとサインとを繰り返し、書類の山を切り崩していった。


『順調ですよ、あと237枚、頑張ってください』



 無責任な物言いのスクリーンに、少女はボールペンを投げつけた。カンという金属音が、静寂満ちる箱の中に響いた。



『悪い子には、書類をあと100枚、追加します』



 デスクに振り返ると、書類の山が高くなっていた。



 少女は、絶望に苛まれ、疲れからか、椅子から転げ落ちて意識を失ってしまった。



『あ、おやすみなさい。お疲れ様でした』



 そんなスクリーンの文字は、少女には届かなかった。



 なぜなら、少女は疲れて、倒れ、眠っているから。

 



*3日目




 少女は、重いまぶたを開いた。



 そこには、一昨日おとといや昨日と同じ、真っ白な空間が広がっているのだろうなと、少女は、予想した。



 しかし、現実は、少女の予想と少々違っていた。



 箱は、人間が2,3人詰めるのがやっとなぐらい、小さくなっていた。恐ろしいぐらい白い壁が、目覚めた場所から触れられるぐらい近くにあった。



 四方八方を、白い板か、壁かによって囲んでいるから、右左、上下の感覚を狂わされそうになった。また、ぐらっとした、眩暈めまいを誘われた。



 少女は、狭い空間から圧迫感を募らせ、立ち上がろうとした。



 立ち上がれない。



 力が入らない。



 腕を動かすが精いっぱいであった。



『おはようございます。3日目ですね』



 そして、パソコンの画面ぐらい小さく縮んだスクリーンが、眼前にあった。



 少女は、これまた真っ白なベッドに寝かされていて、左手首には、点滴の管が繋がれていた。管が届ける液体は、血の色のような深紅をしていた。



 この真っ赤な点滴は何だろうかと、少女はスクリーンにいた。



『あの世への切符です』



 また訳のわからないことを、スクリーンは、文字で言った。


 少女は体をよじるが、ベッドから這い出すことさえ困難だった。



 そして、手元には、一冊の手帳と一本の鉛筆があった。



『今日は最後の日ですし、親しい人にメッセージを書いてはいかがでしょうか』



 少女は困惑しながらも、日付が変わったら、自分が死ぬのだと思い出して、空色のガラス細工のような瞳の裏に、涙を溜め込んだ。うるうるとして、手に持った手帳が、鉛筆が、スクリーンの黒い淵が歪んで見えた。



 しかし、どうせ、箱から出られないのだろうなと悟って、少女は、ベッドで横になりながら、手帳にメッセージを書き残した。



 メッセージが、大切な人たちに届くのかは、わからなかったが。



『優しいパパ、ママへ。今までありがとう。今日まで楽しかったよ、大好き。ばいばい』



『親友ちゃんへ。学校で仲良くしてくれてありがとう。わたしを助けてくれたこと、地獄に行っても忘れないよ』



『先生へ。授業、楽しかったです。またどこかで会えたら、「生き方」について教えてください』



 鉛筆を持つ手が震えて、書いた文字が、地を這う蛇のようにうねうねとしてしまった。



 少女は、目覚めたばかりであるのに、強烈な眠気に襲われた。



 寝たくないと、スクリーンに対して訴えた。眠ってしまったら、もしかすれば、そのまま死んでしまうかもしれないと思ったから。



 しかし、スクリーンは、何も言ってくれなかった。



『あ、おやすみなさい。お疲れ様でした』



 薄目で、スクリーンの文字を見たのを最後の景色に記憶して、少女の意識は、霧と消えた。




 箱が、閉じた。




*終わり




 少女は、ぱっとまぶたひらいた。



 そこには、夏の雲が立ち昇る青空が広がっていた。




 重い体を起こして、周囲をキョロキョロ見渡すと、太陽の光を受けて窓がキラキラと光る校舎と、黒淵の時計、砂が風に舞う校庭を見つけ、ここが、よく知る学校の屋上であると気が付いた。



 3日ぶりに見る青空、手元には、手帳が握られていた。



 そこには「せっかく」書いたパパママや、親友ちゃん、先生へのメッセージが、薄い黒色の文字で書かれていた。




――箱の束縛から逃れた少女は、永遠とわに自由な空を見上げて、歓喜しなかった。



――ここは地球だが、キセキの【青い監獄】なのかもしれないと、思った。





 白髪の少女は、鈴の音のような美しい声を喉から絞り出して、はっきりと言った。




「死ななかった……」





 少女は、とてつもなく恐ろしげに顔を歪ませながら、大空へと踏み出した。






 3日後に死ぬ少女   ―完―

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