第57話 お風呂回、もしくは光のオタクへの試練
後から皆に聞いて分かったのだが、オレが意識を失っていたのは数分程度のことだったらしい。
その際、誰がオレに魔力供給するかで修羅場になりかけたらしいが、結局、アオイが抜け駆けしてオレを膝枕してた、というのが目覚めた直後の状況だった。
まあ、それはもう聞かなかったことにして、その後すぐに先生と合流したオレたちは四辻商店街から退去した。
元から時間の観念の薄い商店街の住人たちは自分たちが滅亡のふちにあったこともすぐに忘れて、普段通りの行動パターンに戻っていった。
感謝もされなければ、文句も言われない。少しやるせない感じもするが、どれだけ友好的でも怪異は怪異。お互いのためにも関係性はこれくらいの方がちょうどいい。
そうして、四辻商店街から無事帰還したオレ達なのだが、気が抜けた瞬間、オレはまた気絶した。今度は体力の限界だ。
その後、みんなの手でいつものように保健室ではなくオレの館に運び込まれた。
以上のことを、オレは1人自室のベッドの上で回想する。数時間眠って、ついさっき意識が戻った。
特に外傷もなかったし、魔力の消耗も盈瑠とアオイのおかげで回復してたから問題はない。
というか、あの保健室に運び込まれるたびに人間関係が複雑になっているので、目覚めて、館の上のベッドの上にいると理解した時にはすごく安心した。
実際、右を見ても左を見ても、オレのベッドにオレ以外は誰も寝ていない。一応、上も下も確認したので、オレが一人でこのベッドに寝ていることはまず間違いない。
……上着は脱がされているが、服装の乱れもない。寝ている間に卒業してたなんて言う事態も避けられたようだ。いや、皆のことを信用してないわけじゃないが、間違いは必ず起きるものだし……、
「……今は……夜の9時か」
帰還したのが確か夕方の6時ごろだったから、3時間ほど意識を失ってたわけだ。腹も減ってるし起きるか。そうして、体を起こそうとして――、
「あいだだだだだだだだだ!」
全身の筋肉痛で再びダウンする。忘れてた。魔力は回復してるが、別に肉体の疲労が完治したわけじゃない。星神を呼んだ反動だ。麻痺とかしてないだけマシだと思うべきか。
助けを呼びたいがオレにも兄としてのプライドがある。筋肉痛が酷いからなんて理由で妹の助けを借りるわけにはいかない。
家の中に気配が複数あるから、帰還した甲のメンバーはまだ館に留まっているらしい。
大方、彩芽が招いたのだろう。みんなも頑張ってくれたことだし食事を振舞うくらいは逆にベストだ。
「う、うおおおおおお!」
気合を入れてどうにか立ち上がる。オレもお腹空いてるし、ご随伴に預かるとするか。しかし、その前に着替えないと――、
「お兄様。起きられたのですか?」
着替えを探していると扉の向こうから彩芽に声を掛けられる。
何かカメラとか設置してないかと調べてるが見つからないにも関わらず、毎回毎回どうしてオレが起きるタイミングを完璧に把握してるんだろうか。本人に聞いても「愛です」としか答えてくれないので、いまだに不思議なままだ。
「さっそくお着替えとお食事を、と言いたいところですが、まずはお風呂に入られるとよろしいかと。彩芽はお兄様の匂いは濃ければ濃いほど好みですが、次代の道摩法師が汚れた姿を人前にさらすなどということはあってはなりませんので」
「……まあ、そうだな。風呂には入った方がよさそうだ」
いつとも少し様子の違う彩芽に戸惑いつつも、助言に従うことにする。確かに着替えないまま寝ていたせいで、だいぶ汗臭い。これで人前、それも原作ヒロインたちの前に出るのは少しいただけない。
「あれ?」
準備を終えて部屋から出ると彩芽の姿がない。いつもならお背中を流しましょうかとか言ってじゃれてくるのだが、今日は皆の世話もあるから忙しいのだろうか?
少し寂しい気持ちするが、兄として妹がみんなと仲良くしてることを喜ぼう。
筋肉痛の体を引きずって何とか風呂場へ。うめきながら服を脱いで浴場に入った。
「ふぃー」
風呂に浸かって息を吐く。暖かなお湯が体にしみこむ感じだ。筋肉痛も少しはマシになる。
うちの風呂は、というか、浴場は無駄に広い。そもそも館自体が大きいのでまあ当然ではあるのだが、たぶん、10人ぐらいで同時に入浴してもまだ余裕があるくらいだ。確か寮の風呂はそこまで広くないから、学生向けに貸し出すのもいいかもしれない。
「…………だいたい、いろいろありすぎなんだよ、毎回」
『教授』との遭遇だけでもお腹いっぱいなのに、その後の報復機構との戦闘だ。正直、しばらくああいう命懸けのイベントは遠慮したい。
だが、気になるのは四辻商店街に『教授』が現れた理由だ。
七人の魔人は基本的に自分の領域から動かないが、教授はその中でも例外的にフットワークが軽い。これは原作でもあった設定だから間違いはないのだが、どうにも引っかかる。
原作においては『土御門輪』および運命視の魔眼の存在が知れ渡ったことで、教授は現れたが、この世界においては凜の名前はまだそこまで有名になっていない。教授本人は極東の怪異の希少性を口にしていたが、その程度で分体とはいえ教授本人が動く必要はない。それこそ実験体を派遣して標本を確保するだけで済む話だ。
……なにか、オレの知らないところで大きなことが起きている気がする。場合によっては、原作ブレイクじゃすまないレベルのことが――、
「――っと」
そんなことを考えていると、意識が一瞬途切れる。お風呂が気持ち良すぎて眠りかけていた。
ここまでどうにか生き延びてきたのに、お風呂で溺死なんて洒落にならない。そろそろ、上がって――、
「――あん?」
がらりと風呂の扉が開く。オレと彩芽以外にこの浴場を使う人間はいない。また彩芽が余計な気を聞かせて背中でも流しに来たのかと思って、そちらに視線をやった瞬間、オレの思考が限界まで引き延ばされた。
そこにいたのは、全裸の美少女の集団。瞼を閉じるまでの一瞬で、その何もかもが脳裏に焼き付く。
なんでみんながここにとか、たぶん、彩芽の差し金だろうなとか、そんな末期の思考はすぐさま肌色の奔流に押し流されてしまった。
「確かに広い。これなら私も満足です。家族が増えても問題はないでしょう……む?」
先頭に立つアオイが、風呂を一望してそう言った。オレが「入ってます」と叫ぶ暇はなかった。
一応タオルを手に持っているが、何一つとして隠れていない。上も下も見てしまった。
「ほら、リン。いまさら何をはずかしがっていますの? あなたの秘密はここにいるものにはバレているのです。今更隠す理由があって? それとも……あら?」
その右隣には、リーズがいる。こちらもタオルでは隠しきれない。背後にいる凜を引っ張りこもうとしていた。
「ちょっ、待ってよ、リーズ! ぼ、僕にも心の準備とかいろいろあるんだよ! 第一、ひゃぁぁ!?」
凜が悲鳴を上げる。オレに気付いたからではなく、背後から誰かに胸を揉みしだかれているせいだ。柔らかな塊が指の動きに合わせて、さまざまに形を変えた。
「リンリン隙あり! というか、すごい大きい! こんなの隠してるなんてもったいないんじゃない?」
先輩だ。ナイス! じゃなくて、先輩に至ってはそもそもタオル自体持ってない。その様子を見て、逆側のもう一人がこういった。
「……なんや。みんなでかいんか。いやなるわ」
自分の体を見下ろしているのは盈瑠だ。こいつだけはきちんとタオルを巻いている。さらにその横には、彩芽がいて、タオルは巻いてない。盈瑠を慰めるように口を開いた。
「まあまあ、盈瑠様。大きいばかりが取り柄ではありませんよ」
「あんた、それ皮肉でいうとるやろ……? てか――は?」
あ、盈瑠もオレに気付いた。終わりだ。なにもかもが。
蘆屋道孝。出しゃばりすぎたかませ犬、光のオタクの恥。原作をブレイクしすぎたせいでここに眠る。
……でも、言い訳くらいはさせてほしい。てか、本当にオレが悪いのか……?