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第50話 逢魔が時

 まずは呼吸を整える。

 教授が追ってくるとしたらこの児童公園に現れるはずだ。それを考えれば今すぐにでも逃げるべきだが、逃げるにしてもやみくもに逃げるだけでは結局全滅する。


 なにより、オレもすぐには動けない。数秒の戦闘だったが、あのロボットはそれほどの強敵だった。


「ミチタカ!」


 駆け寄ってくるのはリーズだ。背後では凛と盈瑠を先輩が見てくれている。

 なるほど。乙のメンバーを帰して、甲の面子で助けに来てくれたのか。素晴らしい判断だ、もし、彼女たちがいなければオレはあの『研究室』に引き戻されていた。


「オレは無事だ。先生に連絡は――」


「ミス・タニサキに頼みましたわ。すぐに来るはずです」


「なら、あとは逃げるだけだな。先輩、盈瑠をお願いします!」


「もち! ほら、ミツルン、おぶさって」


「凜は走れるな!」


「うん! まだいける!」


 とにかく、まずは移動だ。逃走にしろ、迎撃にしろ、ここから離れないと――、


 ガコン! という大きな音が背後で響いた。振り返ると、そこには巨大な鉄のゲートが現れていた。

 飛行機の格納庫のようなそれがゆっくりと開く。中には、あのロボットがいた。


「簡単には逃がさないってわけか……!」


「戦いますか、道孝」


「……練習通りにいくぞ。前衛はアオイ、凜、先輩。オレとリーズで援護する」


 できれば背中を向けて逃げ出したいが、それで逃げられるほど容易い相手じゃない。おまけに商店街の方に逃げれば余計な巻き添えを出しかねない。

 感情的な問題ではなく巻き添えを出せばむやみに敵を増やすことになる。この異界のルールを(・・・・・・・・・)破った(・・・)ともとられかねない(・・・・・・・・・)

 

 このロボットはここで倒すしかない。強敵ではあるが、甲が全員揃っている現状なら勝算は十分だ。


「うちも戦う……!」


「お前は逃げろ」


 盈瑠が陣を展開するが、オレはこいつを戦力として数えていない。

 術師としての技量の問題ではなく連携の問題だ。盈瑠は探索者同士で行う集団戦闘の経験が少ない。


 どれだけ強くても連携が取れない術師は邪魔になりかねない。それに、万が一にもこんなところで妹を死なせたくない。逃げられるのなら逃げてほしい。


「イヤや! うちも蘆屋や! 戦う!」


「邪魔だと言ってるんだ! せめて邪魔にならないように隠れて、身を守れ!」


 オレに怒鳴られて、盈瑠は身をすくめるが、すぐに防護結界を展開し、その強度を高める。

 見事な結界だ。結界術に関していえば、オレが苦手なことを差っ引いても、盈瑠の方が優秀かもしれない。


 そんなオレの考えとは裏腹に本人は悔しそうな顔をしていた。可哀想だが、そんなことを言っていられる場合じゃない。



「――『六占式盤』!」


 オレの盤の展開を合図として、前衛の三人、アオイ、凜、先輩が前に出る。

 考える限りのベストメンバーだ。オレが前世で寝る前に考えていた最強の探索班メンバーの前衛もこの三人だった。


 ロボットが反応する。切断された右腕を振り上げたかと思うと、次の瞬間、部品の間から緑色の肉が盛り上がり、新たな右腕を形成した。


 再生能力。やはり、完全な機械ではなく内部に生体部品として怪異が組み込まれている。おそらくは蛇の怪異の一種(・・・・・・・)だ。実験室で見た機械化された一つ目小僧、その完成系がこいつなのだろう。


 ロボットが再生した右腕を振り下ろす。元の腕よりも巨大化したそれは児童公園の地面を砕き、いくつかの遊具を倒壊させた。

 三人は、無事だ。余裕を持って攻撃を回避し、すでにロボットの間合いの内側に入っている。


 アオイ、凜、先輩の攻撃が同時にロボットを打ち据える。3メートルの巨体が後ずさり、装甲と部品が宙を舞った。

 

「っ! こいつ超硬い!」


 拳を叩き込んだ先輩が呻く。魔力による強化と異能の域にある身体操作をもってしてもチタン合金の装甲は手ごわい。それでも、素手で装甲をへこませているのはさすがと言うしかないが。


「先輩、これを!」


 呼び出した鉄犬使を手甲、脚甲に変化させて、先輩に装着する。強度は十分、しかも、純鉄は先輩の気功を遮断しない。これならいけるはずだ。


「サンキュー! アシヤン!」


 跳躍した先輩はそのままロボットを蹴りつける。ロボットがよろめき、その瞬間、アオイと凜がロボットの膝関節を背後から砕いた。


 ロボットの巨体があおむけに倒れる。すでに砕けた関節の再生は終わっているようだが、立ち上がるより先に先輩の一撃が再びロボットを地面に叩きつけた。


 魔力の反応からしてこのロボットの動力源があるのはもっとも装甲が強固な胸部の奥だ。しかも、半端な攻撃では再生されるだけで心臓部まで届かない。

 それに、組み込まれているのが蛇の怪異ならば(・・・・・・・)殴る蹴るだけが(・・・・・・・)能じゃないはずだ(・・・・・・・・)


 ならば――、


「――『昇れ、三日月。独眼龍・武振彦命たけふるひこのみこと』」


 六占式盤から昇るのは隻眼の黒龍。オレの持つ式神のうちで最強の一角である独眼龍だ。


 近くに媒介できるような川や山がないから消費は大きいが、今一番貴重なのは時間。多少の負荷は覚悟の上だ。


「『篠突く雨』」


 印を切って指示を下す。多少の抵抗はあるものと思っていたが、独眼龍は意外なほどあっさりとオレの指示を受け入れる。


 独眼龍が尾を振ると、夕焼けの空にも関わらず雨が降り始める。その雨は瞬く間に豪雨となった。


 ようやくオレを主として認める気になったのか、それとも、共に戦っている美少女たちに良いところを見せたいだけなのか。

 なんにせよ、いい傾向だ。こいつが言うことを聞いてくれるならオレも苦労が減る。


「アオイ! あれ(・・)、やるぞ!」


「承知!」


 オレの呼びかけに、アオイが応える。まだ無事なジャングルジムを足場に天高く跳躍すると、頭上に刀を振り上げた。

 同時にオレの意図を察したリーズが炎の茨でロボットの巨体を縛り付ける。拘束できるのはほんの一瞬だが、十分だ。


 日ごろの訓練通りの動きだ。不本意ながら隊長となった以上、隊員の力を最大限に活かすための連携は徹底している。


 だが、敵もさるもの。黙ってこちらの攻撃を待つはずがない。


 凄まじいまでの魔力がロボットの頭部、正確にはその紅いカメラに集中している。やはり、隠し玉があった。


 蛇の怪異の特徴は再生能力と魔眼(・・・・・・・)。相手はあの教授だ、魔眼を機械的に再現していたとしてもおかしくない。


 しかし、それはこちらも織り込み済み。対策は用意してある。


「――リーズ! 蜃気楼だ!」


「っ! はい!」


 降り注ぐ雨、その中心にリーズが特大の炎を解き放つ。大量の水が蒸発し、周囲を水蒸気で満たした。


 そこに生じるのは霧のヴェール。光が歪み(・・・・)景色が揺らいだ(・・・・・・・)。どうにか間に合った。


 わずかに遅れて、ロボットがその魔眼を解き放つ。瞳と同じ紅い閃光が放たれた。

 石化の魔眼。神話に名高きメドゥーサを筆頭として蛇の怪異の多くはこの魔眼を宿している。

 

 その効力は絶大で、たとえ相手が自己よりも数段格上の怪異が相手だとしても対象を石化させることができる。人間相手となればそれこそ一撃、即死だ。

 

 だから、解体局は長年、この魔眼の対抗策を練ってきた。その内の一つが、これだ。


「――よし!」


 魔眼の光が霧の中に吸い込まれる。乱反射された魔眼の光は呪うべき対象には届かず、効果は発揮されない。


 これが魔眼の対抗策の一つ。可視光線の攪乱だ。オレがあの決闘で凜にやったように視線を何らかの手段で妨害しさえすれば、強力な魔眼も無効化できる。


 場は整った。真打の出番だ。


「――『絶技』!」


 アオイの声に合わせて、独眼龍の権能を引き出す。使うのは雨ではなく雷。

 夕焼けの空に霹靂が落ちる。その向う先は、アオイの手にある名刀だ。


 刃が神秘の雷を纏う。絶大な電気エネルギーは担い手を傷つけることなく、ただ目の前の敵を貫く。


「『建御雷タケミカヅチ』!」


 雷により強化された切っ先がロボットの胸部装甲を切り裂き、その心臓部へと到達する。

 まさしく雷神のごとき一撃だ。強大な魔力炉心が破損し、膨大な魔力をまき散らした。


 最後の抵抗とばかりにロボットが両の腕で、アオイを掴もうとする。しかし、その両手を先輩と凜が弾いた。

 いい連携だ。こいつはオレが教えたわけじゃない。流石は原作キャラクターたち、すべきことを本能レベルで理解している。


「これで――!」


 アオイが刀を上方へと降りぬく。頭部までを両断され、今度こそロボットはその機能を停止した。


「アオイ、大丈夫か!?」


「大事ありません! 少し痺れますが……」


「なら、逃げるぞ。すぐに増援が来る」


 教授本人が別の異界にいる以上、こちらに一度で送れる戦力には限界があるはずだ。こいつが量産された機体だとしても、増援が来るまでは少しは猶予が――、


「――っ!」


 そんなオレの思考を読んでいたかのように三つのゲートがオレたちの周囲に出現した。

 ゲートが開く。内部には先ほど苦労して倒したロボットがそれぞれ待機している。しかも、一体一体が先ほどのロボットとは全く別の魔力を纏っている。核となっている怪異が違うのだ。つまり、同じ戦法は通用しない。


 教授はおそらく兵器の実証実験とオレたちの耐久実験を同時にやるつもりのようだ。このままではオレたちは押し寄せるロボットたちに文字通り押しつぶされるほかない。


 この状況でオレにできることと言えば、一つしかない。オレの命と、愛する原作キャラの命。最初から天秤は傾いている。


「……オレが時間を稼ぐ。だから、みんなは――」


「――おいおい、少し気が早いんじゃないか、君。ぼくがいるんだからさ、命は大事にしなよ」


 冷たい風が吹いた。死の予感に背筋が凍り付き、次の瞬間、周囲を囲んでいたロボットたちが死んだように崩れ落ちた。

 機能が完全に停止している。生体部品を組み込んでいるとはいえ電子制御されているロボットたちが完全な、死を迎えていた。


「さて、生徒の危機に参上した。問おう、ぼくを呼んだのは君かな?」


 目の前に降り立ったのは、スーツ型の喪服を着た美女。その右手には巨大な鎌が握られていた。

 『死神』誘命。『教授』と同じ七人の魔人の一人がそこに立っていた。


 ……最高の登場だ。散々振り回されて恨み骨髄だけど、それでもやっぱり、誘命は最高にかっこいい。

 

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