第39話 珍客万来
谷崎さんが言うには、A班同様B班も人員転換と再編成が行われた。それにより3名の班員がB班から転属し、代わりにまず転校生二名が加わり、後々上級生が一名加わることになったそうだ。
この配置転換に関してはオレは完全に寝耳に水だった。
それらの情報を聞いた後、谷崎さんと連絡先を交換したオレは屋敷に直帰した。
本当は本屋によって漫画とか買いあさりたかったが、それは後日に回すしかない。今はB班に来るという転校生二人についてできるだけ多くの情報を集めておきたかった。
なにせ、原作『BABEL』本編において転校生が来るなんていう出来事は存在していない。
すでにオレという存在や凛の性別という特大の原作ブレイクにより物語は歪みに歪んでいるが、それでも、今まで起きた事件自体は原作や外伝にも存在するか、あるいはそれを紐解くヒントとなる情報は必ずあった。
しかし、転校生に関してはオレの原作知識に照らしても当てはまるものは一つもない。誰が来るのか、それによって何がどう変わるのかまるで予想できない。
場合によっては、オレの命を狙う刺客ということもありうる。
あのホテルではどうにか語り部を退けることこそできたが、その雇い主についてはまだ続報がない。先生がどうにかしてくれてるとは思うが、万が一ということもある。
最大限の警戒が必要だ。オレが使えるコネクションは限られているが、今はともかく動かずにはいられなかった。
「――早速か」
館近くの林を抜けたところで客人の気配に気づく。
すでに館の内部に入り込んでいる。異能による偽装を施しているのか、術を用いてもそれが誰かを特定することはできない。確かなのは普段から入り浸っているアオイや凜、リーズではないことだ。
彩芽は……無事か。館の防護結界も破られていないようだ。
だが、客人の気配の近くにいる。状況から見て、彩芽自身が客人を館の内部に招いたのだろう。
となると、明確な敵意はないとみるべきだが、アポなしでこの館に来る客だ。警戒心を解くべきじゃない。
袖に潜ませた形代に魔力を通して、式神の警戒態勢を引き上げておく。これでなにかあればその瞬間に、最適な式神を即座に召喚できる。
「彩芽、戻ったぞ」
あえて正面から館の玄関に入り、そう声をかける。まずは相手の出方を見る。
「お、お兄様!? お帰りになったのですか!?」
しかし、最初に出てきたのは彩芽だ。いつものメイド服で、怪我などは見当たらない。とりあえず襲撃の類ではなかったようだ。
ひとまずは安心、と言いたいところだが、どうにも彩芽の様子がおかしい。焦っているというか、恐れているというか、そんな感じだ。
「誰か来ているな。客か? それとも――」
「……御客人です。ですが、お兄様、今は……」
言いにくそうに口ごもる彩芽。やはり、変だ。しかし、これは敵が来たというよりは何かこう気まずい感じの……、
「お前、彼氏でもできたのか?」
「ありえません。お兄様、彩芽を間男を招くような女とお思いですか?」
めちゃくちゃ怒ってる。はたと思いついて聞いてみたが、確かにオレが悪い。でも、ほかに兄貴に見られて気まずいものなんてあるか?
「すまん。謝る」
「頭なでなでで許しましょう。彩芽は寛容な妹なので。できればそのままベッドで――」
「で、結局、誰がきてるんだ?」
「誤魔化しましたね。でも、とにかくお兄様、こちらへ。お客様についてお話が――」
「――おや、なにやらお声がする思うたら、帰ってらしたんやね。兄様」
声を聴いてオレはようやく事態を察する。なるほど、彩芽がオレを遠ざけたがるわけだ。
さすがはできた妹。オレの意を汲んでる。こいつとは365日どんな状況でもできるかぎり顔を合わせたくなかった。
「……こんなところに来るとはな。一体何の用だ、盈瑠」
「何の用、とはご挨拶なこと。こちらでは妹が兄を訪ねるのに理由が必要ですの?」
客間の扉から姿を現した少女の名は蘆屋盈瑠。彼女こそは、オレの従妹であり、現『道摩法師』蘆屋道綱の一人娘だ。オレはガキの頃に本家と養子縁組させられたから、一応、戸籍上はもう一人の妹でもある。
相も変わらず高級品の着物を着て、腰まで届く長い黒髪をしている。両の瞳は紅く、顔立ちは整っていて、どこか彩芽にも似ていた。
例に漏れずド級の美少女。だが、彩芽と違い、オレのことは別に好きじゃない、というか嫌ってるし、オレもこいつのことは本家の連中と同じ敵だと思っている。
それに盈瑠は原作キャラではない。少なくとも設定資料集にも名前さえ載っていなかったはずた。
ちなみに、似非京都弁で喋っているが、生まれも育ちも兵庫のド田舎の山中だ。まさかそこから出てくるとは思ってもみなかったが。
「ああ。田舎じゃ教えてくれないだろうから、よく覚えておけ」
「冷たいこと。ねえ、彩芽姉さん? そう思わへん?」
「……盈瑠様、どうかお許しを。彩芽には申せることがございません」
「そ。じゃあ、もう黙っとき。言葉、ないんやろ?」
「妹に絡むな。わざわざド田舎からオレを怒らせに来たのか?」
この通り、盈瑠は隙あらば彩芽をいびろうとする。このしょうもない性格の悪さは盈瑠に限らず本家の因習村の住人ども全員に共通している。盈瑠でもマシな方なのだから、本家のクソさがよくわかる。滅びればいいのに。
まあ、そんな感じなので盈瑠の性格は典型的なかませ犬、またの名をメスガキと評してもよい。それだけならどっかでわからせられてたんだろうが、こいつの場合はマジで才能だけは100年に一人の逸材だから質が悪い。10歳の時点でオレには与えられなかった分の相伝の式神を調伏していたし、オレが強くなっていなかったら、こいつが道摩法師候補の筆頭だったろう。
「怖い怖い、今代の道摩法師様は冗談も通じひんの? 兄様にそんな風に思われてるなんて、うち、悲しくて泣いてしまうわぁ」
ヨヨヨと口元を抑える盈瑠。明らかにこちらをおちょっくてる。かわいいか、かわいくないかで言えば、そりゃかわいいが、オレは妹をいびるような奴に心惹かれたりはしない。
こちらとしては敵対してこないなら敵視する理由もないんだが……本家の連中と仲良くしようってのが土台無理な話だ。
「そういうのはかわいげのある人間がやるから意味があるんだ。用がないならさっさと帰れ。盆と正月に会うのでさえ、こちは辟易してるんだ」
「ひどい兄様。そんな風やから親戚みんなに嫌われるんちゃう? あ、うちは別よ? これでもうち兄様のこと、気に入ってるんよ?」
「そりゃどうも。だが、嫌ってくれて結構だ。ついでに帰ってくれ。それともぶぶ漬けでも食ってくか?」
盈瑠に合わせて京都風に言い返してやる。つまり、帰れor帰れということだ。
「おもしろい、兄様。やっぱり東の方の育ちの方は違うんやねぇ」
涼しい顔で流しているように見える盈瑠だが、内心死ぬほどイラついているのがオレにはわかる。
その証拠にこめかみの上あたりがピクピクしてる。マジでぶち切れ5秒前ってとこか。
だが、オレは引かない。キレられるもんならキレてみろ。むしろ、それぐらいの方が可愛げがあるってもんだ。
だいたい、いまだに京都から東を野蛮の地だと思っているこいつの認識にも大概問題がある。本家の連中は平安時代から価値観が進歩していないのだ。
「……そこまで言われるんなら、今日はここらへんでお暇しましょか。もともと今日は宣戦布告に来ただけやし」
「は?」
物騒なことを言い出す盈瑠。
やはり、何か良からぬことを企んでここに来たのだ。でなければ、こいつがわざわざ御山を出て学園になんぞくるはずがない。
しかし、盈瑠は本家の秘蔵子。そんな盈瑠を刺客として差し向けてくるとは本家もだいぶ切羽詰まってるらしい。
ふ、本家の滅亡も近いな。ざまあみろ。
「何を勘違いしてはるかしりませんけど、うち、別に兄様を直接どうこうしようなんて気はさらさらありませんから。ただ、次期道摩法師の座はうちらに渡してもらいますから、そのつもりで」
「……そっちか」
安心したような、残念なような……まあ、戦わずに済むのならそれに越したことはないか。
というか、今の盈瑠の発言で転校生の方も種が割れた。なんというかわかりやすいというか、間が悪いというか……、
「なんでも最近、兄様は続けざまに手柄を立てられたそうで。高名な異国の術師を退けられたというお話は本家の方にまで届いております。使用人どもの中には次代は道孝様で決まりと嘯くものまでおりましてなぁ。そこでうちは――」
「――学園に入学して、手柄を立てることにしただろ? まったく安直だな」
オレに言い当てられて、盈瑠は珍しく驚きをあらわにしている。ふ、少しわからせてやったぜ。
盈瑠は確か14歳の誕生日を迎えたばかり。学園に入学できるのはちょうど14歳からだから、最低限の条件は備えている。それでも普通は学期途中からの入学など許されないが、そこらへんは本家がごり押したのだろう。
言い出したのは盈瑠本人か、それともバックについてる親族の誰かか。まあ、そこはどっちでもいい。
重要なのは、オレが手柄を立てたことで本家の連中が少なからず焦っているということ。それゆえの強硬策だ。
この転校には自分たちの推す候補である盈瑠に実績を上げさせたいという意図もあるのだろうが、どちらかというとオレへ探りを入れ、あわよくば始末するためのものと見ていい。
まったく面倒な話だ。だが、これは利用できる。オレの考えてる予定よりも早く本家の問題を解決できるかもしれない。
ふ、覚悟するがいい、盈瑠。存分にわからせて自信をへし折ってくれる。