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第185話 鍵は二つ

 解体局が局員に配る教本によれば、といっても真面目に中身を把握している人員はほとんどいないが、解体局はこの現実世界を守護する最後にして唯一の砦なのだそうだ。


 オレとしてもそこに異論はない。組織が巨大化しすぎて動きは鈍いし、内部に裏切者は抱えてるし、一部の幹部職員は政治闘争に明け暮れているが、広く世界全体を守ろうとしているのは解体局だけだ。ほかの超常組織にそこまでの意識はないし、最悪の場合、むしろ今の世界を滅ぼすことに苦心しているくらいだしな。


 だが、世界を守るための解体局の手が足りているかというと、そうでもない。

 人手不足は常態化しているし、基本的に解体局側よりも怪異側の方が戦力は上だ。それでも世界が滅んでいないのは一部の優秀な職員のおかげだ。

 

 この構図は原作『BABEL』においても、いまの世界においても、そしてこの仮想『異界』においても変わらない。

 つまり、ここにいるオレ達だけであの空の穴をなんとかしないといけない。それができないと叔父上と『八人目』の関係性について知ることはできないし、ここから出ることも適わないだろう。


 問題はどうやってあの穴を閉じるか、だが――、


「――穴を閉じる方法はある」


 開口一番、叔父上が言った。全員揃って行った作戦会議でのことだ。

 彼の鋭い視線からはまだこちらへの警戒心がうかがえるが、それでも切り札の存在を明かしたということは追い詰められているということでもある。


 どうやら、予想していた通りかそれ以上に状況は悪いらしい。もっともここで起こっているのは世界の終わりだ。これ以上悪い状況なんてそうそう存在してほしくない。     


「そもそも私たち『第三特殊探索班』はそのために編成された。あの穴を閉じて、予言の成就を回避するのが任務だ」

 

 想定通り、ではある。そも解体局の使命は現実世界の守護だ。それがこんな事態を放っておくはずがない。

 

 だが、気になることもある。

 解体局の任務であれば、通常、最終目標は異界因の排除、つまり、異界の解体となる。しかし、叔父上はあの穴を閉じ、予言を阻止することが任務だと言った。


 この違いは大きい。なにせ場合によってはあの穴を閉じたとしてもこの異界が消滅しないってことにもなりかねない。


「……他の目標は? 異界因の情報はないのか?」


 答えに予想はついているが、一応聞いておく。

 改めてではあるが、任務の方向性をきちんと理解しておかないとこちらとしてもサポートしづらい。ここまでは味方との合流っていう分かりやすい目標があったが、ここからは違うわけだしな。


「ほかに指示は受けていない。異界因についても情報はほとんどない。というか、侵入時点で分断されてこのありさまだ」


「……了解した」


 やはりというべきだろう。

 当時の解体局もこの異界についてほとんどの情報を得られていない。そのうえでその時集められる最大戦力を送り出さざるをえなかった。


 ……問題は異界に侵入した時点で何者かの干渉を受けて分断されたという点だ。

 かなり高位の存在でなければそれだけのことはできないし、解体局の介入を待ち受けていたということでもある。罠の可能性どころじゃない。この滅びに意志があるのならついでに解体局も始末しようとしているとしか思えない。


「…………あと、こちらから共有できるのは、与えられた事前情報くらいだ。この異界の発生源となった預言と『2人の大王』。だが、君たちが未来から来たって言うならそれくらいのことは把握してるんじゃないか?」


「『2人の大王』……? えと、()()、ですか?」

 

 叔父上の情報提供に、谷崎さんが困惑の声を上げる。

 ……ああ、なるほど。オレも言われるまで忘れていたが、あの予言に登場する『大王』は1人じゃない。


「かの予言に登場する大王は2人なんです。空からくる『恐怖の大王』とそいつが目覚めさせることになる『アンゴルモアの大王』。まあ、本当の予言にはそいつらが『首尾よく支配する』ってしか書かれてなくて、世界が云々は後付けなんですけどね」


 そう付け加えてくれたのは巫女田先生こと朱子ちゃん。困ったものです、とため息をつく姿は現代の教師としての彼女を彷彿させつつも、フレッシュさがある。

 これが若さか。いや、現代の巫女田先生も十分すぎるほどに魅力的なんだが、こういうヒロイン力というか光る感じは十代の特権だと思う。


 と、そんなオタク語りはともかくとして、あのノストラダムスの予言には二体の大王が出現するのは事実だ。もっとも確かなのはそこだけで、ほかの文言には解釈の余地がありすぎる。曖昧な予言のせいで500年後の人間がこうもあたふたしているとは当の本人も思ってなかった……と思いたいが、どうなんだろうな、実際。


「じゃあ、あの空の穴からくるのが恐怖の大王だとして、そいつがアンゴルモアの大王に接触する前に止めなきゃいけない。その手段として空の穴を閉じる、そういうことですよね?」


「そういうことなのです! 谷崎さんすごく察しがいい!」


「あ、ありがとうございます……?」


 谷崎さんにツカツカと近寄ると彼女の手を取る朱子ちゃん。キラキラとした瞳に正面からのぞき込まれて、谷崎さんは困っているが、褒められて嬉しそうでもある。


 控えめな谷崎さんの性格に教師気質な朱子ちゃんの積極性がうまくマッチしてるな……朱しおありかもしれない。


『推せる! でも、親友としては妬ける!』


 こいつ、直接脳内に!? と、ふざけている場合ではない。わざわざ念話で送ってくるあたりがすごくゴマさんらしくて懐かしくて、楽しいけれども。


 ……でも、おかげで肩の力は抜けた。厳しくて特異な状況だからこそ普段通りの振る舞いというのは心の平静を保ってくれる。


「じゃあ、目的地は東京タワーってことでいいんだよな? 直下まで近づいて、穴を閉じる。具体的にはどうやるんだ?」


「…………わからない。だが、この任務は局長からの直接命令だ。彼がそこに行けと言うならそこでなにかがあるはずだ。でなければ、こんな任務……!」


 叔父上の声にはただならぬ怒りが滲んでいた。

 最初は死地に向かわねばならぬ理不尽への怒りかと思ったが、違うと感じる。これは自分の無力さへの怒り、叔父上は自分自身に腹を立てている。


 だが、なぜ? 

 力があろうとなかろうと、解体局の任務では死地に送られることが多い。任務の詳細など聞かせてもらうのはよほど運がいいか、その詳細があとでひっくり返る前振りのようなものでしかない。


 でも、叔父上は怒っている。その理由が大事なのだとオレの直感は告げていた。


「道綱くん」


 叔父上の名を呼んだのは朱子ちゃんだ。なだめるように肩に手を置いた。

 ……なんともいえない表情かおだ。悲しんでいるような、怒っているような、あるいは喜んでいるような、そんな複雑な表情だった。


『今の顔、見た?』


 秘匿回線の念話でリサの声が届く。リサとオレの間で、しかもこの距離なら盗聴される心配はない。

 設定面、ストーリー面の考察ならば人後に落ちない自信があるが、人間関係や感情面についての考察ではリサに一日の長がある。

 

『見た。何かわかる?』


『だいたいはね。でも、確信がない。あの二人の監視はアタシに任せてくれる? 貴方、そこら辺は鈍いしね』


『それは認める。異界の方はオレに任せてくれ』


 異界を解体するのも大事だが、こっちはこっちで目的を果たさないといけない。一応味方である叔父上たちを監視するのは気分が悪いが、こればかりは割り切らないといけない。


「問題はどうやって東京タワーに近づくかだな。俺らでもわかるくらいにはあの周りはやべえ。この戦力でも突破は難しいぞ」


 厳徹殿の言葉通り、異界全体が激戦区ともいえるこの場所においても、件の東京タワー周辺は特に強い気配が集まっている。

 というか、そこが爆心地だ。あの空の穴から生じた歪みが強力な怪異が出現する土壌の役割を果たしているのだろうが、それにしたって限度がある。神域の怪異同士の殴り合いなんて100年に一度の見世物だ。地上に地獄が再現されていると言ってもいい。


「迂回したいところですが、時間がどれだけあるか分からないのも厄介ですね。何か妙案があればいいのですが」


 そんな事を付け加えつつ、オレに視線を送ってくるユカリさん。これは期待に応えねばなるまいか。


 ……確かに東京タワー周囲のホットゾーンを正面から突破するのは難しい。

 かといって迂回している時間があるかは正直不明。穴の広がりの速度からしてちんたらしていられないのは明らかだ。


 何か、策を講じないといけないが……さて……どうしたものか……、

 空、はやめておいた方がいいか。明らかに鬼門だ。飛行可能な式神は呼び出せるが、あの穴に不用意に近づくのはヤバいし、地上に『魔眼』持ちの怪異がいたら面倒なことになる。


 上が駄目なら、下か……?

 あ、そうか。ここは東京だ。道は一つとは限らない。地上が駄目なら地下。この機会に地下鉄巡りといこう。

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