第184話 若い頃の親戚の写真ってなんか照れくさいよね
同源會の大道士を倒したオレたちはそのまま廃ビルの上階へと向かった。
道綱叔父上と巫女田先生がいるのはこのビルの屋上だ。オレの感知もリサの鼻も同じ結論を出しているのだから、まず間違いない。
さきほどまでビルの中で激戦が繰り広げられていたにも関わらずに移動していないというのは気にかかるが、賢い選択ではある。
隠身の術の類は総じて動けなければ動かないほどに精度が高まる。99年当時の叔父上の技量を半年前のオレより少し下と見積もったとしても、隠れること、敵意を逸らすことに集中すればあの大道士が相手でも誤魔化すことは可能だ。もっとも、そこからはどうしようもないので息を潜めておくしかないのだが。
「――道綱! 朱子! いますか!」
いち早く階段を上り終えたユカリさんがそう大声で呼びかける。普通の異界探索であればNG行為ではあるが、この状況ではほかにやりようもない。
それに、絶えず周辺一帯の様子を探っているが、各地で本格的に戦闘が始まっている。半径一キロメートル範囲で少なくとも五か所で強大な『神域』相当の魔力がぶつかり合っていて、どこもここに構っている暇はないだろう。
……それぞれの気配そのものに覚えはないが、オレがこれまでに遭遇した相手と類似したものもある。
例えば北西の気配は殉教騎士団の最高戦力である『監視者』 のアルマロスに似ているし、逆に南側では巨大な妖怪系の怪異が大暴れしている。
しかも、そんなバケモノたちが全力で戦闘しているんだ。乱痴気騒ぎ、いや、地獄絵図とはまさしくこのこと。解体局の上層部が目にしたらそれだけで胃が爆発しかない。
「――ユカリさん?」
こちらを探るような魔力の波の後、涼やかな声が呼びかけに応える。
これがこの時代の叔父上の術か。4月ごろのオレと同格か、少し上の技量……まだ10代後半ということを考えれば見事な精度といえる。
そうして、隠れ身の術を解いて二人が姿を現した。
「よかった! やっぱりユカリさんに厳徹さんだ! 道綱くん、2人が来てくれた!」
「待て、朱子! ほかにもいるんだ! 警戒を解くな!」
巫女服を着て黒髪をおさげに結んだ美少女と、どこか影のある目つきの悪い少年。
どちらがどちらかは一目瞭然だが、そうか、こんな感じなのか……、
巫女田先生に関しては、イメージ通りではある。というか、改めて自分の想像力の貧困さに辟易する。
二十年前の巫女田先生、輝くほどの美少女だ。並みいる原作ヒロインたちにも負けてない。というか、『BABEL』原作にはいなかった『ずっと一緒にいたねこれからも一緒にいようね系幼馴染ヒロイン』といった趣。顔の造形が愛らしいのは当然として、彼女の雰囲気の柔和さと落ち着いた声が接する人に安心感を与えるのだろう。
人によってはこういう感覚を『母性』とか『バブみ』とか表現するのだろうか。なんにせよ、オレを一瞬でオタクモード全開にしてしまうほどの魅力が彼女にはある。
「――うそ、めっちゃ推せる……!」
オレの隣のリサも完全に脳を焼かれて、ゴマさんが丸出しになっている。すぐさま正気を取り戻してきりっとした顔をするが、オレは見逃してないぜ。そういうところがかわいいぞ、ゴマさん。
その一方――、
「似ている。なにものだ……?」
叔父上は怪訝さ丸出しの顔でこっちをにらんでいる。術で探ってこないのはこっちのカウンターを警戒してのことだろう。
まあ、当然と言えば当然の反応だな。術者同士の対決において基本的には後手の方が有利だし、ましてや、同系統の術師であれば相手の手の内がある程度読めている分、迂闊には動けない。気持ちはよくわかる。
でも、あれだな、額にのしわといい、目つきといいこのころから今の叔父上の面影がある。
若いころから一族がらみでだいぶ苦労してたんだろう。だが、まだ瞳は死んでいない。やはり、何かが起きるのはこの異界でのことなのだろう。
というか、二十年前になんか蘆屋家がらみで何か大事件があった気がする……なんだっけ……、
「朱子、道綱、状況を共有します。こちらの三人についても」
距離を詰めてこない二人を見かねてか、ユカリさんの方から近づていく。
おそらく向こうだけの内密の話もあるだろうし、マナーとして聞かない振りをしておくか。まあ、『山本五郎左衛門』は影に潜ませておくが。
そういうわけで現地組の情報共有を待つ間、こっちも三人で小休止だ。
「や、やっぱり、蘆屋君と叔父さんよく似てるね」
さっそく少し楽しそうにそんなことを谷崎さんが言い出す。
「え、マジで?」
「うん。その、目の辺りとか、顔つきとか。あ、でも、蘆屋君の方が明るい感じだよ? それに、か、かっこいいと思うし、ね、リサちゃん?」
「……まあ、辛気臭さは薄いんじゃない?」
「……リサちゃんったら素直じゃないんだもんなぁ。ごめんね、蘆屋君」
「気にしてないよ。分かってる」
今のが、朽上理沙なりの最高ランクの誉め言葉であることがオタクには分かる。今のは他の女子であれば『クラスでダントツにかっこいいよね!』くらいには褒めてくれている。
というかだな、その前の谷崎さんの照れながらの『かっこいい』の一言でオレは100年、いや、1000年、いやさ、10000年は戦える。もはや永久機関だ。
そこら辺元気になったところで、こっちも改めて確認しておきたいことがいくつかある。
「そういえば、別行動している間のことって聞いても大丈夫か?」
「……それは」
オレの問いに、谷崎さんは困った顔をしてリサの方に視線を送る。
…………なるほど。大分察しがついた。リサの方を見たということは彼女の許可が必要な話題ということであり、リサがそんな反応をする話題というと一つしかない。
父親がらみの話題だ。そして、父親がらみの話題ということは『神』に関する話題ということでもある。
「…………しおり、構わないよ。そのくらいの公私の切り分けはできてる」
しかし、リサも探索者だ。そこら辺の覚悟は決まっている。
「…………アタシとしおりを呼び出したのは、クソ親父よ。無限図書館の館長に伝言を託してたってわけ」
「……館長の中にはギリシャの『ヘルメス』がいるからか。なるほど、兄弟の分霊なら伝言を伝えるなんて簡単だ」
と、理屈を考えている場合じゃない。重要なのは伝言の内容だ。
「もうすぐ全部めちゃくちゃになるから早く『オリンポス』に来いってさ。ついでに、異教とはいえ神の加護を受けたものなら受け入れるとかなんとか」
「なる、ほど」
意外な伝言かつ破格の提案ではある。親心という意味ではあのアレスの提案とは思えないほどに娘の安全を考えている。
ギリシャの神々の住まう『オリンポス山』は現実世界の外側に『異界』として存在し続けている。信仰としては廃れて久しくとも、ギリシャ神話とそれに由来する固有名詞や概念が人間の集合意識に強く根付いているからだ。
一方、存在するからといって人間が立ち入れる場所ではない。神々の住まう異界『神話領域』に召し上げられるのは、それこそ死後星座になるなるような英雄か、神々の血を受けた半身くらいのもの。個人としての英雄が出現しにくく、神々の顕現もまず望めない現代にあっては神話に名を連ねることはほぼ不可能といってもいい。
……そういう意味では、リサと谷崎さんにはその資格がある。2人とも形態こそ違えど神の加護を持つ係累だ。神話体系こそ異なるものの、かの十二神の一角ともなれば多少ルールを曲げるくらいのことはできるはずだ。
「当然、断ってやったわ。誰が今更あんなのの世話になるかっての。だいたい、アタシとしおりだけ生き残ってどうすんのよ。そういうところが人間味がないっていうか、クソなのよ、クソ」
リサらしい一刀両断に少し安心する。
同じオタクとしてはこの毒舌にせめて谷崎さんだけでもという葛藤があったことが察せられるし、その上で谷崎さんが頷かないことを理解して断ったのだと分かる。
確かに『神話領域』にいれば例え現実世界が崩壊したとしても影響は受けない。
これは『神話領域』がこの世界の外側にあるからで、理屈としては『蘆屋の郷』のそれに近い。だから、上位の神格は基本的には人間に無関心だし、自分たちの気まぐれでしか現世に干渉しない。
……つまり、今オレたちが瀕している危機は神々が気まぐれを起こすほどの事態ってことだ。
『BABEL』本編でもそんなことにはならなかったことを考えると気が重くなりそうだが、何とかなると信じている。なにより、リサの覚悟に答えなくてはオタクが廃る。
「身内の恥みたいなもんよ。虫がいいっての、母さんを捨てておいてアタシだけ助けようなんて行動が一致していない。余計、質が悪い」
「で、でも、断った時のリサちゃんかっこよかったよ! 『アタシを舐めるな! 仲間を見捨てるような腑抜けじゃない!』って」
「お、おお!」
「し、しおり、は、恥ずかしいからやめて!」
本人は恥ずかしがっているが、朽上理沙らしい見せ場であり、なおかつ、ゴマさんらしい活躍でもある。
前世から実は誰よりも熱くて、友達想いなのがゴマさんでありリサ。そんな彼女が仲間や友達を捨てて自分たちだけが助かるなんてこと認めるはずがないのだ。
そういう意味では、前世の時点で2人の相性は悪くなかったのかもな。だから、転生先として朽上理沙が選ばれた?
ああ、いや、やめておこう。それで考えるとオレがあのかませ犬の『蘆屋道孝』と相性がよかったってことになっちゃうし。
「――そっちの3人、話があります。こちらへ」
そんなことを考えていると、ユカリさんが話しかけてくる。どうやら向こうも話が着いたらしい。
……殺気がないところを見ても協力体制は維持できるだろうし、そこは問題ない。
問題は、これから何が起こるか。
この時、この場所で叔父上の身に何かが起こる。確かなことはそれだけで、まだ把握できている情報はほとんどない。
無論、油断はしていないがどうしても気になるのは……、
「――あれ、大きくなってるよな」
見つめるのは東京タワーの上空の宇宙空間に繋がる空間の穴。
明らかに巨大化している。しかも、向こう側の宇宙には何かが浮いていた。
巨大な手。まるで何かの冗談めいたそれはこの星を掴むように少しずつ近づいてきていた。




