第181話 混沌
叔父上と巫女田先生の位置を掴んだオレたちはすぐさま移動を開始した。
東京タワー上空の空間異常も気になるが、今は放置せざるをえない。
あの宇宙空間とその向こうにあるものがこの異界の元凶『異界因』であることは間違いないが、それが直接『フロイト』や『八人目』に関与しているかは正直不明だ。
一方、叔父上と巫女田先生はオレたちにとっては重要参考人。ここは確実性をとるべきと判断した。厳徹殿とユカリさんも味方との合流を優先する方針だから、渡りに船だったしな。
『六占式盤』に加えて、リサの嗅覚のおかげで周囲の気配は全て把握できている。その甲斐あって不意の接敵は避けられているが、数が数だ。
そのため道中、戦闘も何度か発生した。相手はどれも『禁域』ないしは『神域』にも到達する怪異だったのだが――、
「――ふむ。楽ですね」
「ああ。嬢ちゃん2人もだが、援護が早いうえに的確だ。こりゃ敵に回したらやばかったな」
「ええ。実に、惜しい」
先ほど討伐した怪異『口裂け女』と『かしまさま』の消滅を確認しながら、オレの義理の親2人が物騒な笑みを浮かべている。ショートカットとして利用した路地裏でのことだ。
この感じだとことが済んだらマジで速攻でとんずらした方がよさそうだな……、
それにしても、今倒した二体。どちらも現代は神域どころか、禁域にも届かない都市伝説発祥の怪異なのだが、魔力の量も質も明らかに異なっている。ここまで急激なパワーアップはそうない。
考えられる要因としてはやはりこの異界の影響だろう。
世界の滅びという事象が怪異の力を高め、位階を引き上げている。あるいは、世界そのものが怪異にとって都合のいいように改変されつつある……? だとすれば、世界の滅亡の意味するところは…………、
「……ミチタカ、考察したいのは分かるけど後で」
「あ、ああ。わかった」
考え込みかけたところで、リサに注意される。正直、考えるべきこと、考えたいことは山積みだが、状況が状況だ。
幸いにも、不可解なパワーアップを遂げた怪異が相手でもこのチームメンバーならば対処は容易い。
というか、みんな馬鹿みたいに強い。リサと谷崎さんの実力もめきめきと向上しているが、なにより、厳徹殿とユカリさんがめちゃくちゃ強い。
端的に言えば、アオイが2人いて勝手に連携してくれるようなもんだ。放っておいても神域の怪異が相手でも一刀両断だし、からめ手が必要な相手ならそっちはそっちでオレが対処できるから、実体化させて一撃で片付く。
そういう意味では、だいぶ楽はできている。まあ、魔力の消費に関しては前回の反省込みで対策万全だからそんなに心配してないんだが……、
「陰陽師。仲間まではあとどれくらいですか」
「あと二百メートルほどだ。ただ、そこにたどり着くまでにどうやってもでかい気配と接敵する。この感じだと『神域』相当だな」
オレを陰陽師と呼ぶのは、ユカリさんだ。
一応、蘆屋道孝と本名を名乗ったんだが、そこら辺は好感度が足りないらしい。かなしい。でも、そういうところもアオイと血のつながりを感じて推せる。
叔父上と巫女田先生と思しき気配があるのは、この先にあるビルの屋上だ。おそらく2人で結界をはって気配を隠している。賢い判断だ。味方の合流を待つならオレもそうする。
けれども、問題は、そのビルへと繋がる大通りに居座った怪異の気配。大きさといい質といい、間違いなく『神域』の怪異だ。
しかも、こいつ、かなりの『眼』を持っている。自ら積極的に標的を探してこそいないが、あのビルに近づく存在は必ず感知される。
おそらく『百目鬼』の類だ。もしかすると、そこから『邪眼』の要素を取り込んでより強力に強化されているかもしれない。
……『教授』の改造怪異? この年代であればまだ別アプローチを試していて、それを実験がてら送り込んできた、ということもありうるか。
…………できれば正面からの戦闘は避けたい。避けたいが、これは避けられないか。
「敵の戦力分析はある程度できた。作戦がある」
仕方ないので、いつも通りに隊長の仕事をする。
相手は厄介な存在だが、今のオレとこの面子ならば撃破できる。無論、全員がオレの作戦を聞き入れてくれれば、ではあるが。
「俺は構わねえが……相棒、どうするよ?」
「……実力はここまでの戦いで見て取れました。信用はしませんが、使えるのは事実。任せてもいいでしょう」
……言葉こそつんけんしているが、アオイにしては最大級の賞賛、つまり、ユカリさんにとってもかなりな高評価。なので、この短い間では最大限に評価を高めてもらえたらしい。
……ちょっと、というか、かなりうれしい。
初めての顔合わせをすっぽかしたせいで現在時間軸でのオレの義理の両親からの評価はかなり良くないだろうし、異界の中でも挽回をしておきたい。
と、まあ、オレの個人的な思惑はさておいて、具体的な作戦を――なに?
「――戦闘が始まってる。怪異が暴れてるが……相手の気配がない……?」
先ほどの怪異の魔力が戦闘時に特有の昂りを見せている。
にもかかわらず、それと相対しているなにものかの魔力が感知できない。
……明らかにおかしい。
「リサ。何か匂うか?」
「……鉄と聖水。アタシ、すごく嫌な予感がすんだけど」
リサの勘が外れていることを祈りつつ、六占式盤の感知の優先度を魔力反応から生体反応に切り替える。くわえて、陣の中に溶け込ませておいた『山本五郎左衛門』の影を通じて視界を共有することも可能だ。
これで魔力を使わずに『機械の鎧』を着ていたとしても感知できる。
そうして嫌な予感は案の定、現実になった。
「……『殉教騎士団』」
オレのつぶやきに、全員が眉をひそめる。反応としては驚き半分、辟易半分といった感じだ。オレとてこの異界に連中がいるというのは驚いた。
殉教騎士団の数は13人。噂に聞く聖歌隊編成だ。様子見ではなく本格的に侵攻してきているとしか思えない。
くわえて、どの『告発官』も鏡月館で遭遇した『アルマロス』が着ていたのと似た機械化鎧を装着している。
『竜殺しの鎧ver99』ってところか。まだ装甲の継接ぎ部分や露出した銃火器などは装備が発展途上にあることを感じさせるが、性能は十分だろう。でなければ、魔力を持たない人間の集団が『神域』の怪異と渡り合うことなどできはしない。
……彼らがここにいる理由はまあ、まだ推測できる。
この異界は世界規模で影響を及ぼしている。であれば、彼らが出張る理由にもなる。解体局との停戦条約もまだ結ばれていないわけだしな。
問題は、この状況でオレ達がどうするか。
「……だいぶ混乱してきてるが、こっちのやることは変わらない。今なら戦闘の合間を縫って仲間と合流できる」
「じゃあ、そうしよう。待ってても状況が良くなるとは限らないもんね」
谷崎さんの言葉に頷き、全員に心構えを促す。
混沌は必ずしもオレたちに不利に働くとは限らない。少なくとも今は『百目鬼』も『殉教騎士団』も互いに集中していてオレ達に意識を向けている余裕はない。
叔父上と巫女田先生と合流するなら、今がチャンスだ。
「全員オレの近くから離れないでくれ。一気に駆け抜ける」
確認をとって脚力を強化する。うまく事が運べばあのビルに駆け込むまでは五秒程度か。
「――今だ」
オレの合図で、全員が走り出す。展開した六占式盤を通じて気配を異界そのものに溶け込ませ、戦場の只中を押し進んだ。
飛び交うのは銃弾と邪眼の視線。
『竜殺しの鎧』は強力な呪いを弾いているが、告発官たちの聖別された銃弾も『百目鬼』に対しては決定的な効果を発揮していない。
相性の問題だ。
殉教騎士団の武器とする教義は百目鬼のような東洋の怪異には効果が薄い。相手が吸血鬼や悪魔のような彼らの世界観に根付いた怪異であればまた話は違ってくるんだが、そこらへんは遠征ゆえの弱みともいえる。
それこそ『アルマロス』のような規格外の戦力が潜んでいれば話は別だが、どうやらそうではないようだ。
こちらとしては膠着状態になってくれるのはありがたい。おかげで、驚くほどスムーズに交戦地帯を抜けて件のビルへと滑り込めた。
道中、幸運にも敵に発見されることも、流れ弾に当たることもなかった。
……オレの運勢操作の精度も捨てたもんじゃないらしい。今もビルの外では百目鬼と告発官たちが――
「……うまくいきましたか。幸運操作ですか?」
「あくまで補助だけどね。無事にたどり着けたのは全員がきちんと動いたからさ」
ビルの一階に身を潜めつつ呼吸を整えていると、ユカリさんが話しかけてくる。
さすがだ。あくまで保険程度の幸運操作だったのだが、さすがの感覚の鋭さだ。
「――貴方、私の娘の学友でしたね」
「え、ええ、まあ、親しくさせていただいてます?」
「…………好みはさておき、見る目はあるようですね」
褒められた、のか? い、いや、それ自体は嬉しいのだが、運勢操作でというのは正直意外だ。
なにしろ、多岐にわたる陰陽術の分野の内、占いと並んでオレが苦手としているのが運勢操作。そもそももともとの幸運が信頼できないために、ほかの分野に力を注いだ方がいいと考えて放置してきたせいだ。
無論、魔力量の上昇や他の術の練度が上がることで引きずられて上達している分もあるんだろうが……どうせなら自信のある召喚術や式神の制御、陣の強度とかで褒められたかったな。
まあ、そこらへんはいやでもこの先御覧に入れることになるか。ともかく今は叔父上と巫女田先生と合流しないとな。若かりし日の2人がどんな感じなのかも正直気になるし――、
「――禍禍禍。活きがいいのが釣れたようじゃの」
瞬間、突如出現した気配に六占式盤が反応する。
……いや、違う。こいつは最初からここにいたんだ。完璧に周囲の世界と同化することでこっちの探査能力をすり抜けたんだ。
すぐさま、オレを含めた全員が声の方に振り向く。
木乃伊のような人影。道袍と呼ばれる紫色の法服を着たその人物は吹き抜けの三階部分からオレ達を見下ろしていた。
魔力は、ない。だが、告発官たちのようにそもそも魔力を持たないのではなく強大な魔力をこの異界の波長と完全に同調させることでこちらに感知させていないのだ。
……世界と同一化するこの術は、大陸に伝わる『道術』の奥義。であれば、この人物の正体も察しがつくというものだ……!
「『同源會』の道士……!」
「いかにも。ようこそ、解体局の諸君。我が臓腑はあまねくすべてを招こうぞ」
木乃伊の口角がぎちりと歪む。交渉どころか、会話の余地すらない。我々がテーブルに並んだ料理に話しかけないように、この道士はオレたちのことを食料としか見ていない。
ああ、くそ、この異界、なんでもありか!