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第178話 20年前

 溶けていく景色の中に、フロイトの姿を認識した次の瞬間、オレは意識を失った。

 フロイトの干渉、ではない。おそらく局長の行使した何らかの術の影響だ。


 今のオレでも解析困難な超々高度な術。なんらかの情報体を空間と時間に貼り付ける術だということは辛うじて分かったが、その効果や何が起こるのかはこの時はまるでわからなかった。


 ――けれども、すぐにオレはこの世界の頂点である『七人の魔人』の力、その規格外ぶりを改めて実感することになった。


「――っ!」

 

 冷たく硬い感触に、意識を取り戻す。

 言い訳しようもないほどに気絶していた。かろうじて無意識下でも発動できる結界は維持できてきたが、相手がその気ならかなりやばかった。


 一方、それ以外にはいたって健康だ。服装も学園の制服のまま。魔力も完全だし、異能も働いている。たとえ相手がフロイトだとしても、問題なく戦える。


 もっとも、戦う前に解決すべき疑問が山積しているわけだが。

 第一の疑問、それは『ここがどこか』だ。


「……なんでビル?」


 オレはコンクリートの床に寝転んでいる。

 周囲の壁や天井も打ちっぱなしのコンクリートでひどく無機質。あちらこちらに工具やらが転がっていることからして、建設途中で放棄された高層ビル、そんなところだろうか。


 枠だけの窓からは外の景色がうかがえる。見える灯りからしてどうやら街中のようだ。時刻は深夜だろうと推測できる。


 明らかに異常事態だ。先ほどまでオレは螺旋図書館深部

の広場にいたはず。だというのに、先ほどまで目のまえにあった局長の姿はもちろん、フロイトも棺のように立ち並ぶサーバーの群れもここには存在していない。


 ……幻覚の類かと思うが、六占式盤で自分と精神を精査した結果、その可能性はないと分かる。


 であれば、空間転移か? あるいは、別の異界に飛ばされた?


「そうだ。スマホ、あれなら位置情報が分かるはず」


 急いでポケットからスマホを取り出し起動するが、『圏外』と表示されるだけで役に立たない。

 

 ……どういうことだ? 

 普通のスマホならばまだしもこのスマホには電脳に特化した式神の特性を利用した『S-INE』が搭載されている。理論上はどんな異界の中でも外部との通信が可能はず。それが圏外と表示されるということは、『S-INE』の要である『S子』になにかあったか、あるいは――、


「……出てくれよ」


 恐る恐る縁を通じて、S子を呼び出す。するとすぐにスマホの画面に、黒い髪で顔を隠し、白い服を着たいかにも悪霊でございって感じの女性が現れる。


 S子だ。どうやらソシャゲの周回中だったらしく、画面内で電波が切れたことに関してオレに抗議していた。


「オレに言われてもこっちもわけがわからないんだ。しばらく待機しとけ」


 そうS子に指示を出して、スマホをしまう。とりあえず式神が無事なのはいいことだが、疑問は解決しない。

 S子以外が原因で『S-INE』が使用不能な状況……ありえるとすれば、この異界の内にも外にも拾うべき電波が存在しない、という可能性。


 だが、ありえるのか? この現代で、こんな街中で、スマホの電波が入らないなんて――、


「――ゲッちゃん?」


 朽上理沙の声で、懐かしい名前で呼ばれる。すぐに振り返るとそこには困惑顔の朽上理沙がこちらを見つめていた。


 不用意に怪異に接触しないように式盤の範囲を絞ったから気付かなかったが、どうやら同じビルの中にいたらしい。

 一応、確認したが気配も魔力も彼女本人のもの。絶対的な味方で、親友の姿を見つけたことでオレ自身、すこし緊張が解けた。


「やあ、ゴマさん。変なところで会うね」


「……ええ。でも、そういうのがアタシたちらしいのかもね」


 それはオレだけじゃなくて、ゴマさんことリサも同じだったらしい。口元に微笑を浮かべて、片手を上げた。

 ……少し疲れているな。どうやら図書館長との話は、少々個人的なものだったらしい。前世でも今世でも身内の問題に付き合わされているのは、彼女らしいが、少し代わってあげたくもなる。


 しかし、リサがここにいるということは局長の術は螺旋図書館にいた全員を対象にしていたのか……?


「それで、ここはどこ? でかい魔力の波が来たと思ったら、放り出されてたんだけど」


「わからない。局長が何かしたのは明らかなんだけど」


「局長って……解体局の!? え、遭遇しちゃったの?」


「実はそうなんだ。でも、この話は道中にしよう。まずは他に誰かいないか『匂い』で探ってもらえるかな」


 オレの要請に、リサは『絶対話してよ!』と念押しつつ、鼻だけを『紅い狼』のそれへと変化させる。

 六占式盤ではどうしても探索する相手と接触してしまうが、リサの嗅覚はあくまで相手の匂いを嗅ぐだけでこちらからの接触を悟られることはない。リスクを避けたい状況下ではやはり、ベストの選択といえる。


「しおりタンの匂い……! 下の階! 怪我もしてない! でも、気絶してる! ほかには……たくさんの匂いが外にあるけど……」


「まずは合流しよう。ここがどこか探るのはそのあとだ」


 できるだけ情報を得たい気持ちもあるが、仲間の安全には代えられない。それが原作ヒロインである谷崎さんともなればなおのことだ。


 2人でビルの階段を駆け下りて、下の階へ。そこには確かに谷崎さんが床に横たわっていた。

 なんてことだ。谷崎さんをこんな固い床の上に放置するなんて鬼畜の所業だぞ、局長。あとで厳重に抗議してやる。


「しおり? 起きて。アタシ、理沙よ」


 すぐにリサが谷崎さんを揺り起こす。すると、谷崎さんは『うみゅ』とかわいらしい声を出してから、体を起こした。

 すごくかわいい。このわけのわからない状況において、信じられるのはこのかわいさだけだ。


 しかし、谷崎さんまでここにいるということは螺旋図書館にいた全員が局長の術の対象になったという考察はまず正しい。

 となれば、オレ達3人だけじゃなくて巫女田先生や厳徹殿もここに来ているとみて間違いない。そして、オレが意識を失う直前に見たフロイトもまた、ここに来ているはずだ。


 ……考えなきゃいけないことが山積みだが、まずは味方との合流を優先すべきか。

 それに、この場所にオレたちを送ったのはあの局長だ。何か考えがあってのことのはず。危険は少ないと信じたいが――、


「――っなんだ!?」


 突如として、窓の向こうの夜の街の只中に巨大な魔力が出現する。

 規模も質も『神域』へと達するほどの強大な存在が文明圏の只中に姿を現していた。


「2人ともこっちへ!」


 とっさに結界の要件を変えて、オレたちの気配と魔力を隠す。

 戦力的には戦えないわけじゃないが、状況把握もままならない状態での接敵は避けたい。


「理沙ちゃん……いったい何が起きてるの……?」


「わかんないわ。でも、かなりやばい。さっきから魔力だけじゃなくて、やばめの匂いがあっちこっちでする。ここ、戦場のど真ん中かも……」


「……なるほど」


 改めて式盤を展開して、周囲の気配を探る。あくまでこっちの存在に勘付かれないように最低限の接触にとどめるが、それでもリサの嗅覚の正確さは証明できた。


 このビルだけではなく周辺一帯に100以上の気配が存在している。その上、それらの気配全てが脅威度の高い怪異か、かなりの実力を持つ異能者だ。


 まさしく激戦区。これほどの戦力が1か所に集うなんて、そうそうあることじゃない。それこそ解体局が敵対組織と全面戦争をするんでもなければ……待てよ、そういうことなのか? であれば、ここは――、


「……リサ。視力を強化して、街の方を見てくれるか? なにか、特徴的なものが見えたら教えてくれ」


「う、うん、わかった。ちょっと待って」


 窓枠から少しだけ顔を出して遠くを見つめるリサ。彼女の瞳が狼のそれへと変わり、夜の闇を見通す。そうして次の瞬間、「マジ!?」と悲鳴を上げた。


 ……どうやら、オレの考察が当たったらしい。とんでもない事態に放り込まれたと憤慨すべきなのか、オタクとして自分の考察力の鋭さに感心すべきなのかは難しいところだ。


「り、理沙ちゃん? 何が見えたの……?」


「東京タワー、東京タワーが見える。ここ、東京だ……」


 おおむねオレと同じ結論に達したらしく、リサの顔から血色が失せる。


 ここが東京なのは、まず間違いない。より正確に言えば、東京全体が異界化した場所というべきなんだろうが、問題はそこじゃない。


 問題は、ここが『いつ』の東京かという点。これに関して言えば、オレは一つの解答を導き出している。根拠となるのは、使用不能になった『S-INE』とここに来る直前の状況だ。


「……ここは東京だ。でも、現代の東京じゃない。1999年の『東京異界』にオレたちはいる」


 そうしてオレは、畏怖と共に答えを口にする。

 オレたちはあの『99事変』の真っただ中に放り込まれているのだ、と。

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