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第166話 フロイト

 縁切り童子のはさみにはあらゆるえにしを断つ権能がある。

用途が限定され、なおかつ実際に具象化した縁を鋏で切るという過程を必要とするが、だからこそ、その権能は強い。


 それに加えること、凜の持つ『運命視の魔眼』。可能性を可視化するこの魔眼は縁や呪い、魔術的な契約などの目に見えない繋がりを視覚で捉えることができる。


 この二つを併用すれば、本来外部からは絶対に干渉不可能な陰陽師と式神の間の『契約の縁』を断ち切ることも可能だ。

 理論上は、そうなる。成功するという確信はあったが、実際にどうなるかはやってみなければわからなかった。


 果たして、理論は実証された。

 赤さびた刃は契約の縁にたしかに食い込んで、そのまま、するりと両断した。


 叔父上という依り代との繋がりを断たれて、『貪るもの』は急速にその存在を霧散させていく。いかに強大な力を持っていても、貪るものは本質的にはそこにあるのかないのかもあいまいな存在だ。契約や縁といった要石がなければ、この世界には留まれない。原作でもそうだった。


 『大太郎法師ダイダラボッチ』による空間破砕の跡も急速に再生している。『初代』が異界を操作している。これで開いた穴からとんでもない場所に繋がる危険はなくなった。


 あとは、叔父上だ。強制的に式神との繋がりを断たれた叔父上はその反動で意識を失っている。これもこちらの目論見通りではあるが、すべてがうまくいっていると思える時こそ警戒が必要だ。


 呼吸はしているが、自我までも無事かどうかはまだわからない。

 彼が無事なら、この戦いはオレたちの勝利だ。ともかく確認しない、と――、


「――まずいな、これ」


 どうしようもなく足が震えて、一歩前に踏み出せない。

 今度こそ限界だ。体内の魔力の九割強を使い果たして、生命力もぎりぎりまで消耗してる。どうにか生命維持はできているが、正直、このままぶっ倒れて泥のように眠りたい。


「まったく。相変わらず締まりませんね、貴方は」


「……悪いな」


 アオイに支えられて、どうにか倒れずに済む。それでも立っていられず、気付くとその場に座り込んでしまっていた。

 宇宙空間であぐらをかいて呼吸を整えるというのはなかなか奇妙な光景だが、こうでもしないと気絶するのが分かる。


 いや、この状態で即意識を失っていないだけ、オレも成長したということだろうか。そういうことにしておこう。


「魔力供給してあげましょうか。粘膜接触で」


「……今はいいかな。それより、叔父上の方を頼む」


「仕方ありませんね。でも、あとでたっぷり受けとってもらいますから。覚悟するように」


 そう真顔で宣言すると、アオイは刀を抜いたまま叔父上の方へと向かう。すでに先輩と凜、リーズリットが無力化と安否の確認を行ってくれているが、いざという時はアオイの力が必要だ。


 連戦に次ぐ連戦だったオレに比べて、四人にはまだ余力があるが、それでもだいぶ消耗している。

 からっケツなオレに魔力を分けるよりもみんなの戦力を保った方がいい。一番の大物は倒したが、まだ安心はできない。


 それにオレも以前よりもだいぶ魔力欠乏症にも慣れてきている。少し残念な気がするが、ここでアオイとディープキスをする必要はない。

 というか、残りカス程度だけど魔力が残っている。これはおそらく……残してくれたものだな。まったくこんな気遣いまで覚えたとは、さすが我が妹だ。


「助かった、ありがとう。盈月」


「ふん、なんのことだか。だいたい、本家の連中はアタシたちにも敵だし。彩芽をいじめるような奴は全員、全身の血液が沸騰して死ねばいいのよ」


 ツンデレ、というには随分物騒な発言だが、まあ、姉妹仲がいいのはすばらしいことだ。兄さんも嬉しいぞ。

 しかし、あれだな、死因が随分と具体的だな。生身で真空の宇宙空間に放り出されたような……って、盈月ならたぶん実現できるな。せめて、10秒間放り出すくらいにさせないとダメだな。


「……で? よかったわけ?」


「なにがだ?」


「あの鋏を使えばアタシとアヤメの繋がりを断つこともできたんじゃないの。従属の呪いだけじゃなくて」


「なんで?」


 オレが心底よくわからないという顔をすると、盈月は呆れてため息をつく。

 だが、やっぱりよくわからない。彩芽と盈月の繋がりを断つってことは、魂だけの盈月を殺すってことだ。そんなこと、このオレがやるわけがない。それこそ天地がひっくり返ったって、ありえない。


「…………まあいいけど」


「ああ、でも、身体が用意できたらそれもありか。お前と彩芽次第ではあるが」


「……それは本人に聞いて。アタシは少し疲れたから、寝る」


 そう言うと、盈月は瞼を閉じる。次の瞬間、髪の色が茶に戻り、神気が失せる。彩芽に代わったのだとすぐに分かった。


「おにい、さま……」


「彩芽」


 彩芽は泣きそうな顔で、オレを見ている。言いたいことも感じたことも、それこそ山のようにあるはずだ。

 オレの方も彩芽の顔を見たら沸き上がるものが、涙となってあふれ出しそうだが、どうにか堪える。兄貴として情けないところは見せられない。


「その、わたし……」


「大丈夫だ。分かってる。全部、分かってるよ。ありがとうな、彩芽」


 彩芽の両手を握り、オレの気持ちを伝える。

 ……彩芽を解放するまで10年間も掛かってしまった。それをすまないと思う気持ち、ようやくと思う気持ち、そして、妹の晴れやかな未来を願う気持ち。何もかもがオレの中でない交ぜになっていた。


 でも、まだこの気持ちには浸れない。


「道孝。こちらへ」


 アオイに呼ばれ、彩芽に支えられて立ち上がる。そのままゆっくりと倒れている叔父上の方へ。

 以前までなら、こういう時は彩芽を遠ざけてしまっていたが、今はそうはしない。彩芽は弱くない、異能はもっていないが、心はオレなんかよりもよほど強い。


「息はあります。意識も。拘束はしていませんが、異能は封じました」


 アオイの言う通り、叔父上の胸には解体局製の異能封じの御札が貼られている。

 量産品ではあるが、その効力は折り紙付き。内側からこの封印を破ることは不可能に近い。ましてや、今の叔父上は弱り切っている。抵抗は無理だ。


 ……あとは情報を引き出すだけだが、簡単じゃない。

 叔父上が素直にこちらの求める情報を話してくれるとは思えない。

そうであれば脳から直接情報を引き出すしかないが、術師の精神防壁はその技量に応じて厚くなっていく。叔父上クラスともなれば城壁と同じだ。破るにはこっちも専門家の手を借りないとならない。


 ほかにもやらないといけないことは山ほどある。 


 例えば、蘆屋の郷の後始末。

 オレは道摩法師になってしまったわけだから、一族の方針も定めないといけないし、今回の件の説明もしないといけない。オレが当主になるのを認めない連中もたくさんいるわけだし、そういうやつらを黙らせないといけない。

 ここらへんのことは盈瑠や叔母上の協力があるから、オレ一人でやらないですむのはありがたい。


 学園に残ってしんがりをしてくれている『ゴマ』さんと谷崎さんの2人の報告も聞いておきたいし、叔父上の後任理事に誰が選ばれるのかも把握しておく必要がある。


 でも、今は少しだけ勝利の余韻に浸って――、


「――え?」


 思わず、間抜けな声が口をついて出た。

 視界の端、普段であれば見逃してしまいそうなほど当たり前に、それはそこに佇んでいた。


 それは、人の形をした『ノイズ』だった。

 テレビに映る砂嵐、接触不良を起こしたモニターの画面、あるいは、霞んだ視界に映るぼやけた像のような。そんな、ここにあってはいけない何かがそこに立っていた。


 脳が理解を拒んでいるのが分かる。貪るものと接触し、異界との接続を経験し、神髄に指をかけてなお、この存在を解析してはいけないと本能が叫んでいる。


 それでも、分かってしまう。

 あれが、『フロイト』だ。 オレの追い続けてきた一連の事件の黒幕が、今まさにオレたちの眼前に姿をさらしていた。


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