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第163話 対峙

 月の間に出現した転移門をオレは盈月みつきと共にくぐった。

 視界が暗転し、上下がひっくり返るような感覚。軽い転移酔いの後、視覚が回復した。


 周囲に広がっているのは、星々に照らされた宇宙空間。『闘』の間から逃げ出した時に『初代』に招かれたあの異界だ。

 しかし、前回とは明確に違う点が一つある。それは目の前にそびえる大きな社殿。その背後にはさらに巨大な太極図が浮かんでおり、清澄な魔力を放っていた。

 

 ……体と精神が回復していくのが分かる。この異界が初代に連なる蘆屋の一族にとって故郷ともいえる場所だからだろう。魔力さえ十分なら、普段よりもより難度の高い術を行使することもできる。


 初代の姿はないが、気配は感じる。あの巨大な太極図こそはまさしく――、


「で? 何の用? アタシ、アンタと違って暇じゃないんだけど」


 オレよりも先に盈月が口を開いた。初代の前だというのに腕組をして仁王立ちしたその姿は、さすがは我が妹といった堂々とした態度だ。オレも見習わないとな。


『言ってくれるではないか。そなたを現世に繋ぎ止めているのは、この我だというのに』


 そんな盈月の態度に応えるように、初代が姿を現す。だが、先ほどまでのようなシルエットだけの光体ではない。

 白い狩衣に鳥帽子をかぶった人間型の体。ただし顔のあるべき場所には五芒星(・・・)の陣が代わりに浮かんでいた。


「恩にでも着ろっての? 誰も頼んじゃいないわ」


『やれやれ、その後もこうして目覚めさせてやったではないか。才のある術師はどうしてこう、我が強いのだろうな?』


 そう言って首をかしげる初代。アンタがそれを言うのかって感じだが、そんな事よりも気になる事がある。


 こうして、初代が実体を持って現れたことでオレの覚えていた違和感はより強くなった。

 仕草といい話し方といい、この初代はあの初代道摩法師『蘆屋道満』のイメージとはどうしても一致しない。


 一般社会に流通する資料だけでなく蘆屋の郷にある書庫、そこに収蔵された直筆の手記なども読んだが、そこから受ける蘆屋道満のイメージは『堅物な研究者』だ。新術の開発だけではなく、術式の効率化や一般化、さらには怪異を縛り式神とするための術など術師全体に恩恵を与える研究が多かった。


 無論、オレなどでは及びもつかないほどの天才ではある。だが、方向性としては閃きや思考の奇抜さで圧倒するというよりは執念や積み重ねで事態を解決するタイプだ。

 目の前の自称『初代』はどちらかといえば前者だ。印象だけではなくこの異界を見ていれば分かる。彼の内面はこの宇宙のように煌めきに満ちている。


 せっかくの機会だ。この違和感、直接ぶつけてみるか。


『なにか、我に聞きたいことがあるようだな。道孝』


「ええ。貴方は、本当に――」


『だが、それは後だ。そら、お前たちの敵が来たぞ』

  

 そんな初代の言葉の後、オレたちの左側、天の川銀河の方向に空間の歪みが発生する。

 歪みは、黒い穴の形をしている。あらゆる光を呑みこみ、歪ませ、逃がさないブラックホール。それはまさしく一つの絶対的な『滅亡』の形であり、『貪るもの(デバウワー)』の一形態だ。


 となれば、そこから現れるのは敵は1人しかありえない。


「――そうか、こういうことになったか」


 そうして、ブラックホールの中から叔父上が現れる。その姿は以前と様変わりしていた。


 黒かった髪は白く色褪せ、頬は落ちくぼんでいる。瞳には光がなく、顔には無数のしわが刻まれていた。

 ……明らかに消耗、いや、老化している? 魔力消費による衰弱や呪いによる変化とは違う。もっと致命的な、不可逆的なものだと直感で分かる。それこそ、玉手箱を開けてしまったような、そんな印象を受ける。


 あるいは、この空間の影響か? 内面が外面に影響を与えている? 

 解析して確かめたいが、今叔父上に接触すれば貪るものの影響でこちらの脳が焼き切れかねない。


 それに、見た目がどれだけ弱っているように見えても、立ち昇る魔力の波は依然として強大。前回の戦闘時から弱るどころか、さらに力を増している。『貪るもの』とより深くつながり、その力を取り込んでいることは間違いない。


 ……最悪の可能性が脳裏をよぎる。

 勝てる勝てないはこの際、どうでもいい。気がかりなのはもう手遅れかもしれない、ということ。そうなったら、オレは盈瑠みちるとの約束を守れない。


『道綱よ。そなたは決めたようだな、残念なことだ』


「いえ、私は、俺はずっと昔に決めている。あんなものはその再確認にすぎない」


 変わらぬ無表情で叔父上が答える。

 けれど、瞳には光が戻った。揺るぎのない意志、どんな困難にもかげることのないそれは、人間の証でもある。


 まだ間に合う。そう信じれば、オレも戦える。今も別の場所で頑張ってくれている盈瑠のためにも、生きたまま無力化して、正気に戻してみせる。


『そなたは覚悟を示した。過去のために、今のすべてを捨てる。それもまた、一つの道である。であれば、この場に立つ資格はある。我が盤の上にな』


 初代が右手を振ると、その瞬間、オレたちの足元に巨大な『六占式盤』が出現する。その中心には、先ほどで社殿の上にあった太極図が据えられており、この盤こそが世界の写し身であることを端的に示していた。


『未来のために変化を望むこともまた道。その点で言えば、道孝、盈月、そなたら両名にも資格はある。望まずともな』


「ここで決着を付けろと? だったら、オレは妹とは戦わない。失格にするならすればいい」


「アタシは構わないけど。でも、アンタの言うとおりにするのはいやだから、やめとく」


 打ち合わせをしていたわけじゃないのに、お互いの思考が一致して思わず笑みが漏れる。

 なんであれ、オレたちは骨肉の争いをやるつもりはない。といか、すでにやった。しばらくは兄妹喧嘩は遠慮したい。


『否。我はただの機構。今風に言えばただのシステムだ。何ものも強制せぬし、できぬ。ただ選択の余地を与えるのみだ。それに、次の道摩法師ならばすでに決している』


「……もう決まっている? 一体、どういう――」


『そなただ、道孝。そなた以外の資格者は皆、その権利を放棄した』


「…………はい?」


 初代の言葉に、思考をめぐらせる。

 オレ以外の資格者は全員権利を放棄した……? 


 オレが月の間で盈月と対峙した時点で、道摩法師になる資格があったのはオレと叔父上の2人だけ。

 つまり、オレ以外の資格者が権利を放棄したということは叔父上がそうしたということだ。


 だとしたら、なぜこうして、叔父上とオレたちは向きあっている?


『――しかし、まだ終わりではない。そなたは次の道摩法師ではあるが、現在の道摩法師は道綱だ。そなたがここにいるのは、道綱がそう望んだからだ』


「叔父上が、望んだ?」


 …………決着を付けたがってるのは、オレだけじゃないってことか。

 だが、やはり、理由が分からない。こうして呼び出したってことは、叔父上は良くも悪くもオレに対して無関心だったが、今は違うってことだ。


 なぜだ? 

 何か切っ掛けがあったはずだ。思い出せ、道孝。


「……フロイト」


 答えが口をついて出る。呟くような声だったが、叔父上は反応した。

 

 前回対峙した時、叔父上はなにもかもに無関心だった。その唯一の例外が、フロイトだ。

 叔父上が謎の怪人『フロイト』と関係していることは分かっていたが、想像以上に深い関係なのかもしれない。少なくとも、フロイトについて調べているオレを積極的に排除しようとする程度には。


『一つ、忠告しておいてやろう、道孝。道綱にもはや肉親への情はない。あれはあの虚ろを制御するためにすべてを捧げた。真面目なことだ、現代の術師は皆こうなのか?』


「……貴方の時代ほど、命が軽くないもんでね」


『そういうものか。なんにせよ、気を張ることだ。あれは並の相手ではないぞ』


「……分かってる」


 残っている魔力をかき集めて、術式を励起させる。

 初代の言う通り、叔父上は並の相手じゃない。小手調べやけん制をしている余裕はない。ましてや、今は原作のラスボスでもある『貪るもの』まで引き連れている。今できる全開全力、100パーセント中の100パーセントで勝負を決める。でないと、こっちの負けだ。


 幸い、こっちにも反則的チートな味方がいる。盈月なら叔父上相手でも戦える。兄妹での初めての共同作業だ。


 盈月もそれを理解している。月の魔力が周囲に満ちて、臨戦態勢を取った。

 戦いの準備はできている。あとはどちらから仕掛けるか、だけだが、それより先に叔父上が口を開いた。


「道孝。お前には理解できるはずだ」


「……盈月のことなら見当違いですよ。こいつもオレの妹だ。必ず守る」


「違う。過去だ、すべてはそのためにある。未来など俺には意味がない」


「ふざけるな、アンタには盈瑠がいるだろう。娘の未来もどうでもいいっていうのか」


 怒りが腹の底から脳天にまで達する。何一つとして聞き捨てならない。


「そうだ。俺は道摩法師として皆に望まれた通りに生きてきた。だが、それもすべて約束の、アイツのためだ。君のためなら、俺は、どんなことでもする」


 そう言うと叔父上は両手を掲げる。この会話も意味が通じているようで通じていない。

 だが、怒りも恐怖も、叔父上の手に握られているものを目にした瞬間、わきに追いやられた。


 そこに握られているのは、一本の鎖。その正体が何であるかは、一瞬で理解できた。

 彩芽に、そして、盈月に掛けられた従属の呪い。それが具象化したものだ。


 叔父上が鎖を引く。その瞬間、隣に立つ盈月が崩れ落ちた。


「こんな、こんなもの……!」


 従属の呪いが発動している。いかに盈月が月の神の権能を振るえても契約によって結ばれた術に抗うことは難しい。


 これで、盈月は戦闘不能。オレは頼みの綱を失い、叔父上には『貪るもの』が憑いている。残り少ない魔力とオレの命を懸けても、勝ち目はない。


 何より苦しんでいる妹を前に、オレには――いや、違う。手はある。オレの影の中で、みんなが呼んでいる。


「――出番だぞ。準備はいいか?」


『もっちろん! 僕らに任せて!』


 聞きたかった声が脳裏に響く。

 相手は仮にも原作のラスボスを従えているんだ。なら、こっちにも原作主人公がいないとやっぱり不公平だよな――!


 

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