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第160話 兄と妹と

 異能者同士の、あるいは怪異との戦闘において、格下が格上に勝利することはままにある。いわゆるジャイアントキリングというやつだが、これは異能の相性によるところが大きい。

 例えば、オレが四辻商店街で影である『山本五郎左衛門さんもとごろうざえもん』に対して、日を司る『日月黄幡神』を召喚したように、あるいは神話において強大な怪物が弱点を突かれて倒されるように、この世界においては戦闘力を他の要素がひっくり返すことはありうる。


 今回の場合も、そうだ。

 オレと盈月みつきの戦力には大きな隔たりがある。魔力の量も質も、異能の強力さでも、それこそ月とすっぽん。正面からでは勝ち目がない。


 だが、今、こうして湖の真ん中で盈月の首筋に刃を当てているのは、オレだ。


 勝因は経験の差と相性。

 盈月は天才だ。初代の言う通り、千年に一人の才能だろう。

 だが、経験がない。自分の異能の使い方もわかっていないし、その弱点にも気付いていない。


 だから、オレが勝った。穴だらけの探知を潜り抜けて、背後へと回り込み、こうして湖の真ん中で刀を突きつけている。

 生殺与奪権を握っている以上、勝敗は明白。これが試合ならオレの一本勝ちだ。

 

 まあ、試合じゃなくて兄妹喧嘩だからこの程度で決着というわけにはいかないだろう。お互い納得するまでやりやって、ようやく終わるのが兄妹喧嘩というものらしいからな。

 それでも、一応、確認しておいてやるか。


「で、どうする? まだ続けるか?」


 できるだけ無感情にそう告げる。

 わざわざ怒らせる気はないが、好印象を与える必要もない。オレを憎むことでこいつの気持ちが少しでも晴れるのなら、その方がいい。


「ふざけるな!」


 当然、盈月はオレの位置に武具の爆撃を行う。

 自分自身が巻き込まれることを覚悟しての攻撃には感心するが、影の中にいるオレには届かない。


 概念的な攻撃じゃないと、影の中にいるオレには効果がない。それくらいはすでに学習しているはずだが、頭に血が昇っていてまだ思考が追い付いていないようだ。


 さて、次だ。影に適応される前に、第二の手を打つとしよう。


「一つ聞きたいんだが、いいか?」


 盈月から離れた位置で、影から姿を現す。今度は探知に成功したらしく、盈月はすぐさまオレの方へと視線を向けた。


 超然的な佇まい、魔力にもかかわらず、彼女の瞳には人間らしい憎しみが満ちている。

 矛盾している。だが、それだけじゃない。盈月の心の中には何かほかの感情がある。


 ……いや、オレがそう信じたいだけか? オレは憎まれているだけじゃないと、罪悪感を軽くするために都合のいい願望を投影しているだけなのか?


「うるさい! ちゃんと戦え!」


 今度はきちんと概念を付与した武具を射出する盈月。

 一つ一つに対艦ミサイルほどの破壊力がある上に、呪いを帯びている。たとえ相手が神域の怪異でも一瞬で消し飛ばすほどの破壊力があるが、回避の必要も、防御の必要もない。


 なぜなら、オレは着弾点にいない。どれだけ強力な攻撃もそこにいないものには効果を発揮しない。

 必殺の一撃はオレの肉体をすり抜けて背後の湖に水蒸気爆発を起こした。


「っ小細工を……!」


 癇癪を起しそうな顔でオレを探す盈月。彩芽の顔で彩芽が絶対にしなさそうな表情を見るのはなんだか新鮮だ。


 盈月は何が起きているのか理解できていない。感情的になっているせいで視野が狭まって、簡単に気付けることに気付かない。


 今、盈月が見ているオレはオレの実体ではなく『S子』こと『邪眼怨霊』が湖の湖面を利用して投影しているただの『幻影』だ。

 魔力も発しているし細部まで精巧に再現しているが、所詮は幻影。気配を探ればすぐに気付く。本体のオレは湖の反対側にいて魔力を抑えて、スニーキング中だ。


 もっとも、今の盈月はそんなことにも気付けない。攻撃に意識を裂きすぎていて、些細な変化や違和感を見落としている。文字通り、憎しみで目が曇っている状態だ。


 おかげで戦いは有利に進められているが、兄としては複雑な気分になる。そこまで憎まれるような覚えは、いや、あるか。15年以上、盈月の存在に気付きさえしなかったんだからな、オレは。


「話をする気はないみたいだから一方的に聞かせてもらうけど、お前は何がしたいんだ?」


「――アンタを殺す!」


 オレの質問が癪に障ったのか、空を覆うばかりの大量の武器を幻影へと叩き込んでくる。さっきので効かないと分かっているはずだが、意地になっているのか?


 ……いや、相手は素人でも馬鹿じゃない。きちんと考えている。

 

 そう考えて周囲をひそかに探査すると、すぐにその意図に気付く。

 …………なるほど。悪くない手だが、少し回りくどすぎる。今度は考えすぎたな。なら、こっちもそれに付き合って時間稼ぎをさせてもらうとしよう。


「オレが聞きたいのは、そのあとのことだ。オレを殺せたとして、それからなにをするんだ? 彩芽に体を返す気はないのか?」


「――は?」


 どうやら虎の尾を踏んだらしい。ただでさえすさまじかった殺気は今や刃のような鋭さでオレの感覚を突き刺している。

 だが、大事なことが分かった。盈月は彩芽を傷つけたいとは思っていない。今日知った情報の中で一番、喜ばしい。


「アタシが、このアタシが……! 彩芽を傷つけるとでも……!?」


 だが、そう喜んでもいられない。

 盈月は怒り狂っている。激しい感情に呼応して魔力が凄まじい勢いで励起し、周囲の空間が歪んでいく。まるで、巨大な質量が突如としてそこに現れたかのように。

 

 先ほどまでの攻撃はこのための仕込みだ。周囲により強い自分の魔力を満たすことで、攻撃の予兆を隠そうとしていたのだ。


 全身の肌が粟立つのが分かる。人は神には勝てない、許されるのは隷属と信仰のみだと本能が告げている。


「どの口で……お前がどの口で……!」


「――いいさ。受けて立つ」


 正直言って、今すぐ尻尾を巻いて逃げ出したい。普段ならそうしてる。これほどまでの力を持つ存在と正面切って戦うのはバカのやることだ。

 でも、バカでいい。だってそうだろう、兄妹喧嘩はバカのやることなんだから。


 戦う意志を奮い立たせ、全開の魔力を解き放つ。

 同時に感覚を広げていき、この月世界と接続。全体の力の流れを理解し、そこからいくらかを頂戴する。


 この異界は盈月の支配下にあるが、例によって例のごとく全てを把握できているわけじゃない。正確には、感知はできているが気に留めていない、というべきか。恐竜がわざわざ羽虫をはねのけないのと同じだ。

 ましてや、今、盈月は怒髪天だ。細かいことなど気にしてはいられない。


「何一つ気づきもしなかったくせにぃぃぃ――!」


 盈月が叫ぶ。その瞬間、世界が砕けた。

 空間に生じていた歪みが異界全体に波及し、一気に解き放たれる。その反動と震動が全てを襲った。


 空間震。神域以上の怪異は空間そのものに干渉するとは知っていたが、こんなところでその実例と遭遇するとは思ってもなかった。


 並の術師では巻き込まれた時点で震動に肉体を物理的にも、概念的にも粉砕されて即死だ。

 しかし、オレは並の術師じゃない。よかったな、妹よ。お前の兄貴がお前と喧嘩できるくらいには強くて。

 

「――『塗壁童子・難攻不落一夜城なんこうふらくいちやじょう』」


 呪言コマンドを口にした瞬間、石壁でできた巨大な城が建ち上がる。

 一夜城の名の通り、巨大な日本風の城は物理的にも概念的にも鉄壁の守り。おまけに、城内にいる限り城主であるオレにはさまざまな特典バフが付与されるようにもなっている。


 先のことを見据えて実装しておいた式神の機能拡張の第三段階。こんなところで使うのは想定してなかったが、機能は十全。たとえ相手が、あの『貪るもの』だとしてもこの壁は防ぐ。つまり、世界の終わりであってもこの城は耐えられるってことだ。


「――っ……!」


 衝撃波が城へと達する。

 全てを破砕する破壊の波が相手だが、『一夜城』はきっちりと持ちこたえている。魔力の二割を使うだけあって世界の終わりにも耐えられる設計だ。まあ、今回の場合は異界から魔力を引き出しているから、その消耗もチャラなのだが。


 そうして、五秒後、震動が収まる。城の損耗率は三割ほど。想定以上の強度だ。術の効果だけじゃないな。塗壁童子ががんばってくれたおかげだ。どうやらオレの式神たちもオレに応えてくれている


「……ありがとう」


 城の壁に触れてから、天守閣から姿を現す。

 外の世界はすでに修復が始まっている。岩や大地が一人でにうがたれたクレーターを修復し、湖には水が逆流していた。まるで、動画の逆再生だ。


 そんな不可思議な光景の中で、盈月は変わらず湖の真ん中に立っている。苦虫をかみつぶしたような渋い顔で、オレをにらんでいた。

 ……どうやら癇癪を起したことで、少しは冷静になったらしい。困ったな、冷静じゃない方がやりやすいし、なにより、あれだけの攻撃は盈月にとってはただの癇癪でしかないというのが恐ろしい。その気になれば連発も可能だろう。


 でも、ビビってはいられない。ここで一歩でも引いたら、何もかもが無駄になる。


「確かに、オレは何も知らなかった。悪いのはオレだ。だけど、だからこそ、お前と話をしたいんだ、例えお前がオレを殺したいほど憎んでいたとしても」


 向かい合って、盈月に語り掛ける。

 先ほどまでと違って、問答無用じゃない。希望はある、そう思いたい。

 

「…………そう、そんなにいい兄貴面がしたいわけ。じゃあ、話してあげる。アンタが、アタシの条件をクリアできたらだけど」


 答えが返ってきた。よかった、どんな心変わりであれ、話ができるのならオレにとってはそれが一番だ。


「わかった。なんでも言ってくれ。オレにできることならなんでも――」


 だが、そう返事をした瞬間、盈月がほほ笑む。真冬の三日月のような冷たい笑みは、震えが来るほどの殺意と殺気を裏に秘めていた。


「じゃあ、お兄様。『これ』を止めてくださる? もし、できたのならお話をしましょう」


 盈月が右手で指さすのは、天上の満月。

 異界の空にある仮想の天体は、ゆっくりとその大きさを増している。否、近づいてきている。落下しているのだ。


 ……そりゃ盈月のことをかぐや姫みたいだとは思ったが、無理難題まで再現しなくていいだろう。まったく、やってくれるな、我が妹は。


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