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第159話 月の光に照らされて

 オレがオレである限り、盈月との対決は不可避だ。

 どんな状況でも、どんな形でも決着は付ける。そうじゃないと、妹たちは前に進めない。道を拓いてやるのが、兄貴の役目だ。


 だが、自分一人で全てをどうにかできると思うほど今のオレは傲慢じゃない。

 きちんと人に頼るべき時は頼る。それを前提にした作戦も『夢現境』で建てていた。全てを思い出したわけでも、理解したわけでもないが、少なくとも作戦はまだ生きている。それが分かっているだけで十分だ。


 ここは蘆屋の郷にある本殿『者の間』、その出口に当たる場所だ。

 目の前には見上げるような巨大なふすまがそびえており、そこには満月の絵が描かれていた。


 初代め。悪趣味な趣向を用意してくれる。おかげで、探るまでもなく、この襖の向こうに何がいるのか分かる。


 『月の間』とでも言えばいいのか。本来ならばこの先には『かいの間』があるはずだが、構造が変化して新しい空間が形成されていた。

 オレと盈月のための決戦場というわけだ。


 指先まで魔力を通す。そこから頭からつま先までを巡って、最後に心臓に戻る。その動作を三度繰り返して、平常時と同じ平穏さのまま戦闘用へと思考を切り替えた。

 

 異界に潜る前に必ずやる反復動作ルーティンだ。基本的なことだが、こういう時こそ基本が生きる。どんな技術を持っていても心が乱れていては十全に機能しない。

 

 というわけで、戦いの前に、もう一つ心残りを解消しておくとしよう。


「――止めないんだな」


 背後にいる気配、アオイにそう問いを投げる。

 その気になればオレに気取られずに至近距離まで近づいてくることもできるだろうに、相変わらず心配性だな。まあ、そんなところがまた推せるんだけども。


「止めてほしいんですか? なら、そうしますが」


「いや、ありがとう。忍者たちと次代派の護衛たちはどうだった?」


 アオイには一度本殿から出て外の様子を確認してもらっていた。特に彩芽を護衛してくれていた忍者たちと術師たち、彼らの安否についてはオレに責任がある。


「全員無事です。意識を失っていましたが、傷つけられてはいない。彩芽は、いえ、盈月はそこまで落ちていません」


「……ああ、そうだと思う」


 アオイはこういう時に嘘をつくようなことはしない。

 どんな時でも、端的かつ正確に事実だけを告げる。嘘は優しいが、時には事実よりも残酷なことを彼女は知っているからだ。


「しかし、どうして制服を? わざわざ着替える必要はないと思いますが」


「こっちのほうが気合が入るんだ。それに、オレらしいだろ?」


 アオイの言う通り、オレは郷で着せられた黒の狩衣かりぎぬではなく聖塔学園の制服を着ている。念のため着替えとして持ってきていてよかった。


「らしいのは否定しませんが、それだけではないでしょう」


「そうだな。やっぱり、道摩法師がどうとか一族がどうとか、面倒なことは今は抜きにしたいんだ。じゃないと、どうにもならないと思う」


 オレの答えに、アオイは呆れたようにため息を吐く。


「それで、どうしても、1人でいくつもりですか。その悪癖は治ったと思っていましたが」


「治ったさ。だから、そっちはみんなに任せてる」


「……あちらの人手は足りています。大した相手でもないしょう」


「門番がいる。あれは神域の怪異だ。君がいたほうがいい」


「理屈ですね。私を口説くなら、もっと趣向を凝らすべきだと言っておきます」


 ……まったく、オレは人に恵まれ過ぎてるな。でも、今は一人でなきゃいけない。


「君だから、安心して任せられるんだ。君以外じゃダメなんだ」


 本心を告げる。長年のオタク経験値とここ半年の関係性のおかげで、アオイが何を求めているかはどうにかわかる。


「……及第点ギリギリですね。不足分は――」


 そうして、彼女がその先を口にするより先、唇を奪う。

 柔らかで瑞々しい感触に脳の奥の本能が疼くが、そこはオタク特有の鋼の精神で抑え込んだ。


 唇を離すと、アオイは頬を赤く染めてぽーっとしている。どうやらオレからキスをするのは想定外だったらしい。こんなところはやっぱり乙女だ。


 でも、これで彼女の要望には適っただろう。


「――これで足りるか?」


「……足りません。私をこうも疼かせておいて、ただで済むとは思わないことですね」


 ……おっと、虎の尾を踏んだか。完全に調子に乗りすぎた。

 アオイの瞳が、ぎらついている。


「ですが、今は許してあげましょう。妻たるもの、夫を支えるのも役目ですから」


 そう言ってオレの頬を撫でると、アオイは姿を消す。

 援軍に行ってくれたのだ。これで、もう一つの目的の方は問題なく達せられるはずだ。


 オレの方も全力だ。

 怪我もしているし、魔力量も回復していないが、意外なほどに気分は悪くない。

 むしろ昂揚している。なにしろ、兄妹喧嘩は前世でも今世でもしたことがない。何でも初めては昂揚するものだ。


 その興奮を抑えることなく、襖に触れる。満月はゆっくりと真っ二つになり、彼女の姿をオレは見た。


 空に浮かぶ巨大な満月とそれを映し出す透明な湖面。空気までもが澄み渡り、この空間を満たす大気すべてに月の力が満ちていた。

 その湖の中心に彼女は、盈月は立っていた。


 一瞬、美しさに呼吸さえ忘れる。

 腰まで伸びた黒色の髪は毛先だけが白く透き通っており、満月のような黄色の瞳はすべてを見透かすようだ。月の光で織ったような輝く着物を纏い、湖面に素足を浸していた。


 ……魔力の質も量も先ほどとは比べ物にならない。まさしく、神話の領域。ただの人間では近づくだけで正気を失いかねないだろう。

 盈月がただそこに存在しているというだけで、 周囲の世界が彼女に合わせて改変されている。この場はすでに、彼女の『月世界』だ。


 では、今の盈月はかぐや姫と言ったところか。それでオレは無理難題を課される三人の誰か。せいぜい死なない役であることを祈ろう。


「――よう」


 だが、そんなことは一切気にせず、盈月に声を掛ける。


 どれほど状況が変化しても、いや、ここが異世界だったとしても、オレはここに妹に会いに来たんだ。遠慮するつもりはない。


 まずは――、


「――おっと」


 盈月の月世界『月の間』に踏み込むと、同時に空から無数の武具が降り注いでくる。

 『蒼光片』での武器形成。それを空を覆うほどの物量で降らせてきやがった。まさしく問答無用だ。


 ……なるほど。前回の戦いから学習した結果がこれか。

 駆け引きも言葉での揺さぶりもなしで、性能スペック差で正面から押し切る。正攻法ではあるが、それだけだな。


 オレは刃に貫かれるより先に、背後の影に飛び込む。無数の武具は影を貫くことはできず、周囲の地面を砕いただけだ。


 盈月の降らせた武具の雨あられは物量こそ見事だが、そちらに意識が向きすぎて、概念的な攻撃力がまるでない。

 おかげでこうして、影の中に飛び込むだけでどうとでもなる。


 オレの影には、常に式神として契約している『山本やまもと五郎左衛門』が一体化している。

 山本の式神としての性質は影、それも無限に変化する、無限の体積を持つ影だ。だから、こうして、内部に飛び込むこともできる。


「――っまた!」

 

 影の中からでも周囲の状況は把握できる。

 盈月は案の定オレの姿を見失っている。魔力感知の精度は上げているようだが、気配をおえているわけじゃないから、こうして背後に回るのもそう難しくない。


 さて、どう(・・)仕留め(・・・)るか(・・)。最初だし、簡単な手から指すとしよう。


「『マカミ・シシオウ』、出番だ。頼むぞ」


 呼び出したのは『くろがね神使マカミ・シシオウ』の二体だ。

 オレの手持ちの式神もだいぶ増えたが、こいつら二体は最古参。この戦いの第一手を務めるのにふさわしい。


 まずは白色の神使『マカミ』を影から跳び出させる。

 すぐに盈月が迎撃するが、『マカミ』は不定形になって武具をかわす。そのまま距離を詰めてくるマカミを盈月は必死になって追い払おうとしていた。


 やはり、異能に振り回されている。

 強大な異能の保持者が陥りがちな状態だ。原作『BABEL』でもそういった異能者は描かれていたし、実際、オレもそういう異能者とは何度か相対したことがあるからわかる。


 ましてや、盈月は生身の肉体を動かすようになってからまだ一時間も経っていない。そんな状態でいきなり実戦に出てきたわけだ。

 

 初めてやるゲームで事前情報なしに、チュートリアルをすっ飛ばして、いきなりランクマッチに潜るのと同じだ。

 もともとの天才性のおかげで、形にはなって見えるが、実際には何もかもが不慣れでぎこちない。できることが多すぎてなにをしたらいいのかわからない、そんなところだろう。

 

 対してこちらは曲がりなりにも10年以上実戦経験を積んでる。例え神様相手でも初心者狩りは容易い。


 『マカミ』の迎撃に夢中になっている隙に、影を通じて盈月の背後に出現。まだこちらに気付いていないうちに『シシオウ』を刀の形に変形させ、彼女の首筋に当てた。


「――詰みだ。まだ続けるか?」

 

 声を出してそう尋ねる。いつでもお前の首を刎ねられると暗に示しながら。


 さて、これで1手目はオレの勝ちだ。なん手続けることになるかはわからないが、勝ちは勝ち。我が妹に兄貴の威厳を教えてやるとしよう。



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