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第157話 二つの魂

 彩芽の中にあるもう一つの魂、『盈月みつき』。

 生まれるはずだった彩芽の双子の姉妹、肉体を奪われた彼女は彩芽の魂に結びつくことで生き続けてきた。15年間もの間、太陽の影に隠れた月のように。


 オレはその存在に今日この時まで一切関知していなかった。

 もう一人妹がいたなんて考えもしなかった。彩芽の異変もあくまで外的な要因によるもので、彩芽の内側にこそ原因があるだなんて、そんなことは…………、

 

 ……いや、それは嘘だ。

 予感はあった。闘の間で彩芽の姿を見た瞬間から何かを感じていた。自分はとんでもない間違いを犯しているのではないか、そんな予感が常にあった。


 加えて、相対した際の盈月の言動も彼女の出自を示すヒントだった。普段のオレならばそれらのヒントだけでも盈月の存在について確信とまではいかなくても、考察くらいはできたはずだ。


 それが、できなかった。

 勘が鈍ったのか? あるいは、目が曇っていた? あるいは、目を逸らしていた?

 

 認めてしまえば、考えてしまえば、戦えなくなる。意志がくじけてしまうと分かっていたからだ。

 

 だが、それももう終わり。彼女の存在を、彼女の名を知ってしまった以上、オレは――、


「――だけど、どうやってそんなことを」


 ふと、疑問が口を突いて出る。


 2つの異なる魂を結合させる、あるいは肉体を失った魂を別の魂に繋ぎ止めておくことは簡単なことじゃない。


 『BABEL』の原作においても実例は一つだけ。

 一時的に死亡した主人公『土御門輪』を助けるために、ヒロインの一人『朽上理沙』が彼の魂を自分の魂と結ぶことで肉体を蘇生させるための時間を稼いでいた。だが、それも一時的かつ短時間のことだ。


 それが今回の場合は、彩芽が生まれてから15年間も魂を留め、その間、すぐ傍にいるオレが一切気付けないほどの高度かつ堅固な封印を施すことなんて、本当に可能なのか?


 もし、可能だとしてもそれほどの術を施すことができる存在は数えるほどしかいない。例えば、千年間に渡って存在し続ける平安時代の陰陽師の御霊とかな。


「貴方か。貴方が妹達を……」


『うむ。あの二人の魂を結んだのは確かに我だ。面白い試みであったのでな、手を貸したぞ』


「……じゃあ、全部ご存じだったわけですか」


 当然と頷く初代。一瞬、怒りで頭が沸騰しそうになるが、どうにか抑え込む。

 相手は人格があるように見えても実際にはただの機構システムだ。そんな相手に怒りをぶつけても、虚しいだけだ。


 であれば、これからどうするかを考える方がいい。

 どうすれば、彩芽を、そして、盈月を救えるのか。その方法を考えるんだ。


『お前も強欲よな。この期に及んですべてを救えると思っているのか? その救おうとしている妹に殺されかけたのは、今しがたのことだというのに?』


「その程度、家族を見捨てる理由にならない」


 からかうような初代に、オレは真っ向からそう言い返す。

 

 たかが肩を貫かれた程度で、たかが敵になった程度でオレは妹を見捨てない。それが今まで存在すら知らなかった妹でも、いや、知らなかった、何もしてやれなかったからこそ、ここで見捨てるなんてのはありえない。


 オレの大事な人たちは誰も犠牲にはさせない。そのためならば、世界を滅ぼすことくらい片手間でやってやる。

  

『だが、どうやって救うのだ? 盈月あれはお前を心底憎んでいるぞ、逆恨みではあるがな』


「無論、それでも。方法は考えますが」


 初代の作り出した宇宙空間で頭を捻る。

 

 彩芽の場合は、条件ははっきりしている。

 一族に伝わる最悪の因習、異能の才を持たない者の自由意志を奪う『隷属の呪い』を解呪すること。それさえできれば、彩芽は自由に道を選べるようになる。そのあとどうするかは彩芽次第だ。彼女がどんな道を選んでも、受け入れて、応援する準備はできている。まあ、彼氏ができたら厳重に審査するが。


 対して、盈月の場合はなにもわからない。

 彼女が何を望んでいるのか、何が好きで何が嫌いで、何を考えているのか。オレにはさっぱり分からない。


 今のところ明らかなのは、初代の言う通り、オレを憎んでいること。

 そこから考えられる望みとしては、オレを殺すこと、もしくは何らかの方法で破滅させることだろうか。

 

 ……それに関しては、受け入れてやることはできない。

 今のオレは1人じゃない。死ねば多くの人を悲しませてしまうし、その中には当然、盈月以外の2人の妹も含まれている。しかも、彩芽に関しては自分の中の魂がオレを殺したなんてことなったら、きっと立ち直れない。


 だから、ダメだ。オレの命はやれない。だが、それ以外だと何も思いつかない。

  

 …………まずいな。どうにか方針を立てたものの、具体策が特に思いつかない。


 相変わらず状況も混とんしている。

 それでも、さっきまでよりはマシだ。叔父上の目的も意図も読めないし、貪るものに関する謎も解決していない。


 でも、やるべきことがはっきりしている。救う相手も、守る相手もわかっているのなら、オレは戦える。


『なんだ、もっと思い悩む姿が見られると楽しみにしていたのに、つまらんやつだな』


「それはどうも。で、まだ聞きたいことがあるんですが」


『やはり、つまらん。だが、答えよう』


 初代にどう思われようが、問いに答えてくれるのならそれでいい。

 問題は何を問うべきだが、おそらく、直接、魂の結合に使った術式のことを聞いても明確な答えは返ってこないだろう。


 いや、答えが返ってきたとしても聞くべきはそこじゃない。術式なんてものは直接解析すればそれで済む話だ。

 オレが知るべきは当事者しか知りえない理由だ。一体なぜそんなことをしたのか、それを知らねばならない。


「貴方が魂の結合に手を貸したことは分かりました。その理由も。分からないのは、封印した理由です。貴方が言うほどの才能が妹に、盈月にあるのなら、むしろ有効活用するのが、一族のやり口では?」


 オレの問いに、初代はばつが悪そうに唸ると、その場にあぐらをかいた。彼としても盈月の一件には思うところがあるのだろう。


『あの封印も我が施した。ああ、だが、そなたの言う通り、あれはもったいないことをした。きちんと養育すれば、お前も盈瑠みちるも道摩法師の候補に選ばれることさえなかっただろう』


「……では、なぜ?」


『当代の道摩法師の要請だ。そなたも知っての通り、我はこの郷の守り神のようなもの。主の命には逆らえん』


「……理由は?」


『一族の将来と娘の運命を慮ってのことだ。要請に応え、魂を結び付けてから三年が経った頃だ。盈月に異能が発現した。この我でさえ見たことのない輝く才能だったが――』


 そこで初代は言葉を切る。表情は見えないが、仕草や息遣いは落胆と呆れを示していた。


『盈月の力、かの月の神の権能は強大に過ぎた。あれほどの力があっては人としては生きられん。冥府魔道を行くか、あるいは、本性に身をゆだねて神へと昇るかだ。どちらにせよ、結びついた方の魂がそれほどの位階に達すれば、主客が逆転する。あれの親はそれも恐れていた』


 言わんとすることは、理解できる。

 原作『BABEL』においても描写されているように、この世界において強大な力にはそれに相応しい運命が用意される。そして、その結末は必ずしも幸福とは限らない。


 ましてや、盈月の場合は本物の『神』を宿している。希少性という意味では最後の『半神』である『朽上理沙』よりも上かもしれない。

 存在が公になれば、あらゆる組織、勢力が盈月の身柄を狙う。蘆屋の郷に籠っていれば命は無事で済むかもしれないが、七人の魔人やほかの上位存在に目を付けられればそれもどうなるか。場合によっては、郷や一族そのものの存続にも関わってくる。


 それを防ぐには、盈月の異能をその魂もろともに封印するしかない。

 理屈としては分かる。分かるが、どうにも、蘆屋家らしくない。そんなまっとうな倫理観は似つかわしくないし、なにより、力より子供のしあわせを優先するなんてことこの家でありえるのか?


『ゆえに、我が盈月を封じた。魂の奥底、揺籃ようらんの内にな。結合を解くこともできたが、盈月の親は、特に母親は封印を望んだ。本末転倒なうえ、死も眠りも大した違いはないというのにな。生者は細かなことに拘る』


「そりゃ違うでしょ。死んだらそれで終わりだ」


『そうとも限らんぞ。お前もそうであろう? 稀人まれびとよ』


「――っ」


 稀人が何を意味しているかは考えるまでもない。『転生者』のことだ。

 この郷全体を俯瞰している初代だ。知っていて当然か。その上でオレを放置している点から見ても、初代にとってはオレが転生者であることなど些事に過ぎないのだろう。


 だが、いや、それだけじゃない?

 二度目の生、二つの魂、魂の結合……叔父上の言葉……まさか、そういうことなのか……?


「目覚めのきっかけはオレ……? オレの転生と『照応しょうおう』した……?」


 思考が口を突いて出る。その瞬間、初代は心底楽しそうに膝を叩いて笑い出した。


 ……どうやら正解らしい。


 照応とは近しい特徴を持つ者、あるいは概念を共有するものは互いに影響し合う、同一の存在として扱われるという魔術的な現象だ。あるいはシンクロと言い換えてもいい。

 それこそ、術師の家系における双子の例などがいい例だろう。


 双子である彩芽と盈月が互いに影響し合うように、兄妹という血縁を持つオレが転生により二つの魂が結びついたことで照応してしまった。


 だから、オレが力を付けることで彩芽に、そして、盈月にもその一部が分け与えられていたとしたら……?

 ここ半年でのオレの経験と力の増大は顕著だった。例えその一部でも解けるはずのない封印を内側から破るきっかけにはなりうる。


 つまり、彩芽の中の盈月が目覚めたのは、叔父上の言う通り、オレのせいというわけだ。


『ようやく理解したか。だが、自分で気付いたのは褒めてやろう。

 さて、これで経緯は理解できたな。理由も、出自も知った。それで、どうするね、蘆屋道孝。お前は誰を選び、なにを成す?』


「……決まっている。妹たちを救う。オレの目的はそれだけです」


 すべてがオレのせいだとしても、迷いはない。すべきことも変わらない。偽善だと後ろ指を指されたとしても、今さらどうでもいい。


 ……彩芽と盈月に関する謎も解けた。

 2人を救う方法も、分かった。そのためにもまずはここを出ないといけない。身体の方はボロボロだろうが、なに、死に掛けている程度ならどうにかなる。


『覚悟は決まっているようだな。よいことだ。次の試練、楽しみにしているぞ』


「……あなたの期待通りになるとは思えませんが」


『いいや、なるさ。この郷も永らえすぎた。変革の時だ。盈月の(・・・)母親(・・)もそれを望んで、お前に肩入れしたのだしな』


 最後に初代が奇妙なことを言った。盈月の母親がオレに肩入れしている……? 

 だが、オレの実母はすでに死んでる。どういうことだ……?


 しかし、そのことについて深く考える間もなくオレの意識は急速に浮上していく。

 無意識の深みから、現実の浅瀬へ。微睡まどろみからゆっくりと目を覚ました。

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