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第155話 貪るもの

 『貪るもの(デバウワー)』は現実世界の保護と保全をその使命とする解体局にとって最大の『敵』だ。

 『吸血鬼』、『ウイルス』、『情報汚染』に並んで最優先討伐対象として指定される世界を呑み込む『穴』、それが『貪るもの』だ。


 具象化した滅び、あるいは世界に開いた陥穽かんせいとでも言うべきか。

 徐々に大きくなっていくその穴はありとあらゆるものを呑み込んでいき、いずれは世界そのものが穴へと作り替えられてしまう。怪異であり滅んだ世界という異界そのものでもある。


 穴が生じる過程プロセスは通常の怪異のそれとは異なる。人の認識の歪みその中でも特定の『予言』が世界に穴を開ける。


 その予言とは、滅びの予言。

 1999年、恐怖の大王が世界を滅ぼす。あるいは2013年、マヤ暦の終わりと共に世界も終わる。そんな真偽はおろか予言者の真意さえ怪しい滅びの予言が『貪るもの』の正体だ。


 そして、この『貪るもの』は原作『BABEL』におけるラスボスでもある。

 一年を通じての冒険と青春の果て、最後の最後に立ちはだかるのがこの滅びだ。どのヒロインのルートを辿ったとしてもこれを打倒しなければ未来は訪れない。


 無論、簡単ではない。なにせ相手は人類すべてがその無意識に抱く死への欲求(タナトス)だ。

 怪異の等級は計測不能を表す『不可知域』に達している。いや、完全顕現した場合はその中でも上位にさえ属しているだろう。

 これを滅ぼすということは、そのまま人類を滅ぼすということと同義だ。世界を救うためには世界を滅ぼしうるほどの力がいる。


 今のオレたちに、それほどの力は――、


「――無理だ。あれには勝てない」


 自分でもいやになるほどあっさりと、オレは事態を受け入れていた。


 なぜ、叔父上が『貪るもの』を従えているのか。なぜ、あんなものを従えることができているのか。

 疑問が多すぎるが、解決のしようがない。はっきりしているのは戦っても勝ち目がないということだけだ。


 逃げるしかない。だが、どうやって……?

 この『闘』の間は現在閉鎖されている。物理的にではなく、概念的な閉鎖だ。『闘儀』が終わるまではなにものもこの異界からは出られない。


 いや、そもそも脱出できたとして、その時点で闘儀には勝てない。蘆屋家の当主になれなければ彩芽を救えない。それでは戦っている意味がない。


 だとすれば、だとすれば、どうすればいい……! このまま戦えば、オレ達は――、


「――道孝。しっかりしてください」


 冷静さを失いかけたところで、アオイの声がオレを引き戻してくれる。

 いつもそうだ。アオイはいつでもオレを助けてくれる。いつだってオレの方が彼女たちに助けられている。


 眼前では、黒い穴が周囲の空間を少しずつ蝕んでいる。罅割れのようにも見えるそれは原作にもあった『情報崩壊』と呼ばれる現象で空間を構成する『情報』そのものが消滅することで起きるものだ。


 当然、生身の人間がそんなものに触れれば人体を構成する情報が壊れて死に至る。対抗するにはこちらも同じように概念に干渉するしかないが、式神も封じられている今のオレでは無理だ。


 まだ仕掛けてきていないのは、さしもの叔父上でもこの怪物を制御しきれていないからだろう。穴の力でアオイから受けた傷こそ消えているものの、顔色は死人のように青ざめている。それもそうだ。原作通りなら、おぞましいまでの魔力消費と自我が消失していくようなおぞましい感覚を味わっているはずだ。


 叔父上が動くまでにはまだ数秒程度ある。十分な猶予だ。

 

「撤退するしかない。あれの相手は今のオレ達には無理だ」


「……それほどですか。分かりました」


 オレが事実を告げると、アオイは意外なほどあっさりとそれを呑み込んでくれる。

 彼女ならば自分が戦うと言い出しかねないと思ったが、そこはオレ達にも関係値がある。オレが『無理だ』と口にした以上、無理なものは無理だと理解してくれている。


「彩芽は確保していますし、盈瑠もそこにいます。確かに、退くならば今しかありませんね」


「ああ。あと、2人ほど拾わなきゃいけないが、あとのことはでどうとでもなる。生きてさえいれば。だろ?」


「ええ。まったくその通りです。作戦はあるのでしょう?」


 「……まあな」


 今のオレ達では『貪るもの』には勝てないし、このまま闘儀を続けることもできない。

 だが、逃げることはできる。なりふり構わず、手段を問わなければ、どうにか。


「アオイ、君の斬撃でこの異界に穴をあける。そこに皆で飛び込むぞ」


「それはできますが……いえ、任せます。少し時間をください」


「頼む。盈瑠、聞いての通りだ。2人で時間稼ぎをするぞ」

 

「わ、わかった。でも、彩芽姉さんは……」


「当然連れていく。彩芽についてはとにかく逃げてからだ。じゃないとなにも救えない」


 オレがそう言い切ると、盈瑠も頷く。

 これで作戦会議は完了だ。後は実行あるのみ。原作のラスボス相手に今のオレがどれだけ対抗できるか、試してみるのも一興だ。


 ……そう考えると、少しワクワクしてくる。こんな状況だっていうのに、前世で原作を読んでいる時に考えていた対ラスボス用の戦術も試せることに高揚している。ある意味、オタクの本懐ってやつだ。


「その顔なら大丈夫そうですね。あなたのそういう土壇場での開き直り、好きですよ」


「そいつはどうも。そろそろ来るぞ」


 アオイがからかうようにそう言って、オレも応える。

 目の前では先ほどまで乱れていた叔父上の魔力が制御を取り戻している。すぐにでも仕掛けてくるだろう。


「――行け」


 叔父上が命を下す。

 空中の『貪るもの』から生じている罅割れ、それがオレたちの方向に向かって凄まじい速度で浸食を始めた。


 この攻撃は普通の結界や防御では防げないことをオレは知っている。

 こいつを防ぐには滅びを覆すほどの運命力か、あるいは滅びそのものを隔離する方法が必要になる。

 

 どちらも希少な異能、もしくは習得困難な高等技術だが、オレはこの難題に別方向からアプローチすることにした。

 すなわち、滅ぼしきれないほどの物量。定められた終焉に対して無限の円環で抗うのだ。


「『白衣亡者しろごろものもうじゃ堂々巡(どうどうめぐ)り』」

 

 シキオウジと餓者髑髏の合身体である白衣亡者がその両手を前方へと付きだす。

 そこから生じるのは無限の人形。それらが白い壁となってオレたちを守る。


 黄幡神の一撃を防いだ時と原理は同じだが、今度は一つ一つが結界術の印字が記され、概念的には一つの世界とも定義できる。


 あの『貪るもの』は世界を滅ぼすものだ。逆を言えば、無数の世界を一つ一つ丁寧に滅ぼしながら進んでくる。

 ゆえに、この物量ならば『貪るもの』にも対抗できる、はずだ。


「――■■っ!?」


 最初の人形が罅割れに接触した瞬間、オレの口から声にならない悲鳴が漏れた。


 脳味噌が焼けている。

 血管を溶けた鉄が流れて、頭蓋骨を内側から掘削されている。意識という地盤が一瞬で真っ二つに割れた。そんな錯覚を覚えるほどの激痛だった。


 悪性情報だ。

 滅びという現象に付随するありとあらゆる苦痛と負の感情。それらを凝縮したものに触れてしまったせいだ。

 ……危うく意識が飛びかけた。ここ半年での経験が、脳と自我が拡張されてなければ情報量に耐えられず、即死していたかもしれない。


 ……どうにか盈瑠にそれが届く前にリンクを制限したが、オレもどれだけもつか……、

 いや、耐えられる。オレなら、今のオレならこんな地獄でも自我を保つことができる。この半年の経験、思い出がオレを支えてくれている。


 そうだ、これまでのすべてにこのラスボスを攻略するためのヒントがあった。

 例えば異界の操作技術、例えば式神の合神、それらの知識と経験、認識の拡張がなければほんの1秒たりとも耐えることができなかっただろう。


 1秒経過。

 魔力の残量が3割まで減少。意識が明滅している。左目が見えなくなったが、まだ右目がある。両の足でまだ立てている。


 3秒経過。

 ボロボロになっていく自分を俯瞰する。痛覚は遮断するまでもなく、もう感じられない。

 魔力残量は1割弱。供給源を切り替える。感覚を拡張し、この異界を構成する魔力に接続。魔力を限界までひきだす。反動で神経が焼けるが、過剰供給される魔力を使って壊れた端から再生させていく。


 5秒経過。

 呼吸と心臓が止まる。直後に、蘇生。魔力操作の応用で肉体を無理やり稼働させる。

 なるほど。怪異や魔人たちはこういう風に動いているわけか。楽でいいが、人間性が削れていくのが分かる。


 だが、掴んだ。これだ、この感覚だ。今ならきっと、なんでもできる。それこそ、世界を救うのも、滅ぼすものも、きっと――、


「道孝! こっちへ!」


 次の瞬間、誰かに手を掴まれる。

 意識が急速に浮上し、自我オレが戻ってくる。


 やばかった。あれ以上潜っていたらたぶん、帰れなくなっていた。


 手を引っ張ってくれたアオイの表情が見える。

 心配そうな、今にも壊れてしまいそうな張り詰めた顔。こんな顔をさせたくなかった。


 そのまま彼女に引っ張られて、背後に開いた空間の裂け目へと飛び込む。

 それが意識を失う前に見た最後の光景だった。

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