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第152話 呼ばずとも

 この『闘儀とうぎ』において、オレは最後の最後まで叔父上との対決を回避する腹積もりだった。

 なにせ、正面からではさすがに勝ち目がない。普段のオレならばまだしも今のオレは自前の式神の使役を封じられている。ここまではどうにか基礎的な術の応用や小細工で誤魔化してきたが、叔父上には通用しない。


 認めるのは癪だが、叔父上の術師としての力量は『語り部』や原作設定にあった各『組織』の長達にも匹敵している。つまり、神域の怪異を退け、『魔人』たちにも抗戦可能なレベルにあるということだ。

 そんな相手に式神なしで戦うのは両手を縛られた状態で熊と格闘するのと同じだ。勝ち目どころか、戦うことさえできない。


 だから、叔父上との決戦は最後の最後。すべての準備が整ってから。そう決めていたのだが――、


「――その娘をこちらに差し出せ。お前の手には負えないだろう」


 叔父上は今オレの目の前にいて、その意図はどうあれ彩芽の身柄を要求している。

 こうなっては、戦うしかない。そう覚悟して拳を固めるが、奥底の混乱が決意を鈍らせているのが分かった。


あに様……どういうことやの……」


 背後の盈瑠がそう疑問を漏らす。無理からぬことだ。


 オレたちは今の今まで『神懸かり』となっている彩芽と遭遇、捕縛して、彩芽を『除霊』しようとしていたのだ。

 その最中に、叔父上が現れた。しかも、叔父上が要求したのは彩芽の身柄でオレの命ではなく、彩芽の神懸かりの原因はオレにあると宣言した。


 想定外に次ぐ想定外。完全に頭が混乱している。いっそ全部がオレの知らない作戦の一部だと誰かに言って欲しいが、そうはならないだろう。


 だが、はっきりしていることもある。

 叔父上に、本家の人間に彩芽の身柄をゆだねるわけにはいかない、という点だ。


 彩芽に憑いている神がオレの予想通りのものであるにせよ、ないにせよ、それで本家の連中が彩芽を丁寧に扱うとは到底思えない。

 彩芽に憑いてる神格を無理やり引きはがすか、あるいはそのまま利用しようとするか、どの可能性が実現するとしても彩芽のためにはならない。たとえ、叔父上なら彩芽から神を安全に引きはがすことができたとしても、だ。


「ここで戦うしかない。盈瑠、悪いが覚悟を決めてくれ」


「……そんなもんとうにできとる。作戦(・・)通りや(・・・)


 盈瑠は少しの沈黙と瞠目し、そう答えてくれた。おかげでオレも勇気が湧いてくる。


 オレは混乱しているだけだが、盈瑠みちるにとって叔父上は実の父親だ。その父親と相対し、戦うにはそれはもう大きな勇気と強い覚悟がいる。オレなんかとはそれこそ比較にならない。妹がそれだけの覚悟を持っているんだ、兄であるオレが多少不利だからというだけでビビるわけにはいかない。


「若いな。お前たちは重大な間違いを犯している。救いようがないが、あえて正してやるのも親の役目か」


 オレたちの覚悟を理解したのか、叔父上の魔力が戦闘時特有の滾りを見せる。火柱のような形で視覚化された魔力の波形は見るものが見ればそれだけで戦力を喪失してしまうほどの威圧感があった。

 

 ……確かに凄まじい。だが、それだけだ。少なくとも誘先生や『教授』の本気を垣間見た時と比べればこの程度はジャブのようなものだ。むしろ、こういうものだと理性で理解できる分、恐怖は薄い。


「それはお前たちの思うようなものではない。除霊など不可能だぞ」


 最後の警告をするかのように、叔父上はオレ達の背後で拘束されているアヤメをそう評する。

 

 ……当のアヤメはその言葉に呆れたような、うんざりしたような顔をしている。

 …………怯えていない、というのは予想外ではある。彩芽にとって本家の連中は恐怖そのものだが、アヤメにとってはそうでもないらしい。


「信じるとでも?」


「それが真実だ。だが、私は口よりも行動で示すタイプでな。当主として範を示すとしよう。来たれ、我が『式』よ」


 叔父上の呼びかけに応じて魔力が猛り、式神が現れる。

 背後に出現した巨大な五芒星、そこから姿を現したのは、現した、のは――、


「――黄幡神!?」


 盈瑠が悲鳴めいた叫びをあげた。オレもできる事なら同じように叫んでいただろう。


 四本の腕を持つ巨大な鎧武者。それぞれにその巨躯に相応しい武具を持っているが、一番特徴的なのは日輪にちりん月輪がちりんを象徴する二振りの剣だ。

 まさしく、オレが『四辻商店街』で召還したあの『日月じつげつ黄幡神』だ。


 ……さすがは現『道摩法師』殿。この異界が叔父上のホームグランドとはいえ、オレが入念な下準備をこみでようやくやれたことをこともなげにやってくれるじゃないか。


「心配するな。命までは奪わん。お前たちのような才のある術師は一族の財産だ。まあ、しばらくは療養が必要になるだろうが、構うまい」


 叔父上はそう口にすると、右手を振り上げ、式神『黄幡神』に対して号令を下した


「『潰せ』」


 黄幡神が日輪の剣を振り上げる。直撃はすなわち太陽との激突と同じ。回避したとしても、余波には太陽の表面温度と同じ熱がある。触れれば骨も残さず焼き尽くされるだろう。


 防ぐしかない。神の一撃は受け止められるかは、盈瑠に掛っている。


「盈瑠! 防御態勢A-2!」


「っ了解!」


 毎週日曜日に練習している『フォーメーション』だ。オレも盈瑠も何度も繰り返した通りに体は動く。


 防御態勢A-2とは、オレと盈瑠が連携しての守備陣形のことだ。オレたちがもつ手札の中でも最高クラスの守りの一つでもある。


「『餓者髑髏がしゃどくろ』!  『シキオウジ』!」


 盈瑠が呼び出したのは髑髏の巨人である餓者髑髏と無限の紙の人形ひとがたで形成される不定形の怪異だ。

 どちらもオレと盈瑠の手持ちの式神の中で巨躯を誇り、防御力に優れた個体だ。


「兄様!」


「応!」


 そのうちシキオウジへの命令権を盈瑠から譲り受ける。

 黄幡神が剣を振り下ろすまではあと一秒。何とか間に合う。


「『式神合神しきがみごうしん白衣亡者しろごろものもうじゃ』!」


 真言を唱えると、シキオウジがその姿を人形へと崩し、餓者髑髏を覆いつくしていく。

 そうして現れるのは、巨大な鎧武者。白い折り紙で折った侍とでも言うべきか。無限に連なる紙の鎧が餓者髑髏の巨体を防護していた。


 その鎧武者が守るのは、オレと盈瑠、そして彩芽の3人だ。


 くしくも、時代の異なる鎧武者同士の対決だ。我が事でなければ、なかなかにエモーショナルな光景なのだろうが、今は構築した防御が理論通りにいくかどうかについて考えるだけで手いっぱいだ。


 そうして、黄幡神が剣を振り下ろす。

 対する白衣亡者は両の手を持ち上げ、剣を受け止めんとする。


 体躯の大きさでは互角だが、怪異としての格には大きな差がある。だが、防ぎきれる、はずだ。

 

 激突の瞬間、まさしく太陽の爆発とも思える閃光が周囲を満たした。

 

「――っ!」

 

 真っ白な視界の中、契約の縁を通じて魔力をごっそりと持っていかれる。めまいと脱力感に倒れ込みそうになるが、踏ん張って耐えきった。

 

 契約の縁を通じてシキオウジ、いや、白衣亡者がオレの魔力を吸い上げているのだ。


 白衣亡者の鎧、あるいは外殻を形成しているのはシキオウジだ。

 シキオウジはその特性として無限の人形から形成される。無限といっても魔力の供給が続く限りは無限ということだが、逆に考えれば魔力が続く限りは決してこの鎧は破壊できない。


 実際、白衣亡者は太陽の衝突にも等しい一撃を耐えている。周囲の空間は熱で蒸発しているが、そんな地獄でオレたち3人の盾となって守り続けているのだ。


 ……防御は理論通りに機能している。これならオレの魔力が持つ限りは黄幡神の攻撃を阻むことができる。


 だが、それだけだ。このままだとオレの魔力が尽きた瞬間に全滅する。どうにかしないといけないが、オレにその余裕はない。

 この『式神合神』は複雑な術だ。合神を維持するだけでもかなりの魔力を食うし、集中力を要する。おまけに相手は黄幡神、攻撃を防いでいる間にほかの術を行使するのはさすがに無理だ。


 それは一緒に術を行使している盈瑠とて同じ。オレたち2人が防御に専念していないと防御は一瞬で突破される。


 おまけに想定外だったのは、右肩の傷だ。

 痛みと呪いを抑えていた魔力を戦闘に回しているせいで、目の奥で火花が散っている。具体的に言えば、少しでも気を抜くとこの場に膝を突いてしまいそうだ。


 残る戦力は……ああ、くそ、今現在拘束しているアヤメだけだ。

 だが、こいつがオレたちに協力する可能性は極めて低い。拘束を解いた瞬間に逃亡するか、もっと悪ければ、オレたちを背後から襲いかねない。


「あらあら、このままじゃどうしようもないんじゃないかしら? ねえ、お兄様?」


 そんなことを考えていると、アヤメが煽ってくる。随分と余裕な様子からすると、このまま攻撃を受けたとしても自分だけはどうにかする算段があるのだろう。


「まあ、アタシはこのまま心中しても構いませんよ、お兄様。一人余計なのがいますけど、そこは許容範囲です。だって、何事もすべてがうまくいくことなんてないものですし」


 なおも煽りを続けてくるが、こっちには反論をしているような余裕はない。

 どうにかして、こいつを説き伏せる? いや、よしんばそれが可能だとしても時間が足りない。魔力の残量はともかく、オレと盈瑠の限界は近い。


 くそ、どうする……! せめて式神が使えればやりようがあるのに、これじゃ手づまりだ。

 せめて誰か、誰か一人でももう一人、味方がいれば――、


『――おや、私を呼ぶ声がしますね』


 刹那、脳裏に念話こえが響く。今、誰の声よりも聞きたかったその声に、オレは思わず叫んでいた。


「ああ! ずっと呼んでたさ!」


 心からの返答に応じたのは、白刃が煌めく清澄なる音。

 太陽風の吹き荒れる最中でも、なお響き渡るその一撃は、炎と熱、目に見えぬ概念さえも切り裂いていた。


 白衣亡者にかかっていた重圧が消える。そうして、光が収まると、オレ達の目の前には見慣れた、いや、ずっと待ち望んでいた女性が立っていた。


「まったく、貴方は本当に私がいないとダメですね。困った夫です」


 この戦場で、誰よりも余裕たっぷりでそんなことを言い放った女性の名は、山縣アオイ。

 我が最推しヒロインにして、最愛の婚約者がそこにいた。


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