第150話 血は水よりも濃く
彩芽に異能の才能はない。これは覆しようのない事実だ。
彩芽について記載してあった原作の設定資料にそう書かれていたから、というだけじゃない。転生してからオレ自身の眼と手、感覚で何度も確かめた。
異能の使用のために必要な2つの要素、心中異界の形成と魔力の生成、その両方が彩芽には欠けている。6歳を過ぎても心中異界の形成は確認されず、魔力を生成するための内部器官の発達もなかった。
だから、彩芽には異能は使えない。不可欠な要素が欠けている以上、逆立ちしたって異能は使えないのだ。
だというのに、目の前の『アヤメ』は正体不明の異能を自由自在に行使している。しかも、魔力量、質ともに神域に達している。
オレと比較しても1.5倍程度はある。語り部や叔父上にも匹敵する規模だ。おまけにあの感じだとどこかから魔力を吸い上げている。実質無尽蔵の魔力を扱えると言っても過言ではないだろう。
異能の正体に関しても情報はほとんどない。感覚的には術ではなく『異能力』の類だとはわかるが、どうにも系統が読めない。
術と違って突然変異的に発現する『異能力』は基本的に何でもありだ。本人でさえ気づかないような些細なもの、例えば『静電気程度の発電力の電気操作能力』に始まり『思考だけで物質を原子単位で操作する現実改変能力』に至るまで多種多様で分類わけも意味をなしていない。
それでも、異能が心中異界から発生する以上、その能力は本人の人間性と密接につながっているものだが、そちらからの推察も現状ではできそうにない。
彩芽のことはよく知っている。彩芽は優しい子だ。人どころか動物や虫だって傷つけない。館に入ってきた小さな羽虫を殺さずに窓を開いて、出ていくのを待っていてあげるような奴だ。
口ではオレをからかうようなことを言っても、家族としての愛情は常に感じていた。
だから、もし、彩芽に異能が発現したとしたら治療系、もしくは守護系の異能になるとオレは妄想していた。
オレの彩芽への理解的にも原作『BABEL』の異能が発現する法則からしてもそうなるはずだ。この点においてはオレの推測は100パーセント当たる。
以上のことから、今、オレたちと敵対している仮称『アヤメ』が使っている異能は彩芽のものではなく操っている何者かに由来するものだと考えていい。
その何者かの正体を明らかにしない限りは異能の正体も掴めない。
通常、未知の異能者との戦闘においては相手の異能の内容を明らかにするのが攻略の第一歩だが、今回の場合はそんな悠長にやっていられない。
彩芽の身体で好き勝手させるもんか。多少の無茶は覚悟のうえで、妹を取り戻す。
そのための作戦も頭にある。あとはこの塗壁のドームと五芒結界を飛び出して、盈瑠と一緒にやり遂げるだけだ。
「――結界を解いたら、指示した通りに頼むぞ。なにがあっても」
「……わかっとる。でも、無茶はせんで。妹はここにもおるんやから」
「分かってる。まだ死にゃしないさ」
オレがそう言うと、盈瑠が「どうだか」って感じで肩をすくめるので、思わず笑ってしまう。おかげで、少し肩の力が抜けた。
まったく複雑な気分だ。義理の妹と一緒に実の妹と戦うなんて、こんなのは主人公の役目だろ。
「行くぞ…………いまだ!」
オレの合図で、盈瑠が塗壁の変形を解除する。同時にオレも五芒結界を内側から吹き飛ばす。
魔力とアヤメ自身の攻撃による目と感知をくらました。
「っ!? せこい真似を!」
アヤメが悲鳴めいた叫びをあげる。青黒い閃光は空中で膨れ上がると、破裂して煙を吹き飛ばした。
畳が吹き飛んで闘の間に大穴が空いている。凄まじい威力だが、オレたちはすでにそこにはいない。
それにこの攻撃、破壊力こそあるが少し派手すぎるな。周囲に拡散した魔力が濃すぎて、知覚を阻害してしまう。オレや盈瑠のように式盤で常に情報を解析しているなら行動に支障は出ないが、この濃さなら例えアオイでも感覚が鈍るくらいだ。
「くっ――」
実際、アヤメはオレと盈瑠の姿を見失っている。こちらが即座に隠れ身の術を使っているとはいえ、簡単すぎる。
普通、これだけの魔力量のある相手ならばこのくらいは一瞬で見抜いてくるもんなんだが――、
「そこか!」
やはり、気付くか。
オレの位置へと青黒い破片が放たれ、余裕を持って回避する。人間大の、巨大な硝子の破片のようなそれは畳の間に深々と突き刺さった。
この質量が相手だと概念攻撃に特化した防護結界は役に立たない。反面、物理攻撃に防御を偏らせれば概念攻撃を防げない。
攻撃としては、まあよくできている。人格はともかく異能の方はかなりの完成度。それに、どうにも神格の気配がある。
「あらあら、いつもこんなに逃げてばかりなのかしら? アタシのお兄様は!」
続けざま、青黒い破片がオレに向けて降り注ぐ。
絨毯爆撃だ。こういう範囲攻撃は『八門金鎖』でも防げない。だが、防御方法はある。
「『急急如律令』」
呪を唱えると、足元の畳が浮き上がり、破片の雨を受け止めてくれる。所詮は畳、すぐに貫通されるが、即座に畳を補充することで対応した。
符術の一種だ。貼り付けた紙の人形を介して畳を操って使い捨ての盾にしたのだ。
そして、こうして攻撃を受ければ受けるほど、微かだった神格の気配が強まっていくのが分かる。
……谷崎さんに近い『神懸かり』の類か?
特定の神やその権能の一部を肉体に憑依させて行使する異能、あるいは現象。うまく使えば強大な武器にもなるが、場合によっては憑依させた神のせいで憑依元の肉体と精神が損なわれることもある。
だが、『神懸かり』は神が降る側の肉体にも資質が求められる。
具体的には膨大な魔力量と『巫覡』の血筋。どちらかでも欠けていたら、これほどの異能は振るえない。
本来、彩芽はどちらも有してはいない。一体どうやって…………いや、それは今はいい。解決不能な疑問にかかずらっている時間は今はない。
それより、今考えるべきは憑いている神の性質と性格だ。少なくとも印象としては戦い慣れていない感じがするが……さて、ほかはどうか。
「そんな小細工! バカにして!」
「小細工にも対処できないやつに言われたくないな」
「っこの!」
オレの安い挑発に乗って、アヤメは攻撃を繰り返す。無数の光の欠片、とりあえず『蒼光片』とでも呼称するか、を周辺に待機させてこちらを狙っている。
しかも、そのすべてが先ほどまでとは違う。欠片一つ一つが剣や矛、金棒などの武器の形状をしている。
……武器か。剣や戦の神? いや、違うな。真似ているだけだ。戦神の類なら当然、戦いなんてそれこそ息をするようなもの。慣れてないなんてことはありえない。
であれば、これはただの模倣。注目すべきは細かい部分だ。
表面だけの模倣ではあるが、形状や装飾はどこか和風な感じだ。それも歴史の教科書の最初の方に載っているものに見える。特に剣は環頭太刀だったか? に似ている。
……早合点は禁物だが、憑いている神の出自は分かった。もっともそれが分かったところで、まだ候補は八百万にいるわけだが。
「で? 次はどんな小細工を見せてくれるのかしら、お兄ぃ様!」
オレがビビっていると思ったのか、調子に乗るアヤメ。やはり戦い慣れてない。少しでも自分が優位に立つとそれで油断してしまう。
…………なんだか、どこかの誰かさんを思い出す。こう、原作では見せ場の一切ないかませ犬の中のかませ犬の姿が脳裏に浮かんできやがった。
ある意味、血は争えないということなのか……?
い、いや、そんなことはない。彩芽は彩芽だ。こいつとは違う。オレだってもう原作の『蘆屋道孝』とは全く別の存在なんだ。かませ犬の遺伝子は断ち切れている。
それに実際、自前の式神を使えない今のオレにはこの攻撃を防ぐ手段はない。正面から受ければくし刺しになって間違いなく死ぬ。
まあ、そういう防げない攻撃はそもそも打たせなければいいだけの話だ。
「なによ。余裕ぶって。アンタのそういうところがアタシを――!?」
「そこまでや。兄妹喧嘩は犬も食わんっていうやろ?」
剣の弾丸が放たれる直前、背後から現れた無数の『蔓』がアヤメの身体を拘束する。
盈瑠に預けておいた『戦場千年樹』の蔓だ。しかも、ただの蔓ではなく魔力を吸い取り、相手の異能を封じる『封印術』の施されたものだ。
さすが盈瑠。オレよりも封印術や符の扱いは上だ。それがこれだけ絡みついるとなれば、いかに神域クラスの実力があったとしても動けはしない。
まあ、即席なのでシンプルな作戦にはなったが、普段の訓練が活きた。
作戦内容もシンプル。オレが囮になって、その間に気配を殺した盈瑠がアヤメを拘束するというもの。アヤメは分かりやすくオレに執着していたので、誘導するのはそう難しくはなかった。
「こ、この放せ! アタシを放せ! 偽物が!」
どうやら嘘偽りなく動けないようで、アヤメの顔は怒りと恐怖に染まっていた。
これまでの戦いから見ても戦闘経験が薄いのは分かっている。無論警戒はするが、これがブラフである可能性は低い。
……とりあえず、これで捕縛は完了だ。
問題はここから、どうやって彩芽からアヤメを引きはがすか。間違いなく一筋縄ではいかないが、やるしかない。今はこれが最大の最優先事項だ。