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第149話 アヤメ

オレの目の前にいるのは、間違いなく『彩芽』だ。

 オレの妹。オレの家族。オレの戦う理由。その彩芽が今、目の前にいる。戦場であるこの『闘』の間に。


 ありえない、と感情が混乱する。目の前の事実にどうにか理屈をつけようと『偽物』や『幻覚』、『擬態』や『変身』という可能性が浮かんで、すぐさま消えた。


 なぜなら、オレの術師としての本能が彩芽が本物だと告げている。

 六占式盤による解析も、彩芽が間違いなくそこに存在していて、彩芽本人であることを保証している。式盤の解析に疑う余地はない。

 

 だが、信じられない。

 彩芽がこんなところにいるはずがない。いていいはずがない。ましてや、魔力を(・・・)放って(・・・)いる(・・)なんてことはあってはいけない。


 そもそもこの状況はなんだ? 

 倒れた次代派の術師たち三名に戦闘態勢の盈瑠みちる。しかも、式神である『骸武者』たちが刃を向けているのは彩芽だ。


 これではまるで盈瑠たちと彩芽が戦っているようじゃないか。


「あら、どうかされました? お兄様。まるで狐につままれたようなお顔。次代の道摩法師の御名が傷つきますよ?」


 表情も声も、彩芽のままだ。メイド服をきっちりと着こなした立ち姿は一朝一夕でマネできるものじゃない。まるで朝にオレを見送る彼女の姿を切り出したかのように完璧だった。


 疑いようがない。その事実が思考を引き裂いていく。


「あ、彩芽? 彩芽なのか? どうして、お前ここに……」


兄様あにさま、今はそんな場合やない! こっちに来て!」


 盈瑠の声が聞こえる。でも、動けない。頭の中がなぜで埋め尽くすされてしまっている。


「かわいいお兄様。そんなに彩芽に会いたかったんですか? ふふ、彩芽もうれしいです。お兄様にそこまで思っていただいたなんて。でも――」


 彩芽の顔に浮かぶのは満面の笑み。いつも通りの、オレの好きな、何でもない笑顔にちじょう。その朗らかさに一瞬、自分が戦場にいることを忘れた。


「――そんなんじゃ、アヤメ(わたし)に殺されちゃいますよ?」


 彩芽がこちらを指さす。指先から放たれるのは青黒い閃光だ。


 回避も防御も間に合わない。

 思考の停止と精神的動揺、それらによる術の精度低下。術師として致命的な隙、今まで一度としてなかったその隙を突かれた。


「兄様!」


 引き伸ばされた時間の中で、盈瑠みちるの声が響く。


 反射的に、体が動いた。

 指を立てるという最速最短の動作で発動する簡易結界。防御としてはあまりにも心もとないそれは閃光の軌道をわずかに逸らした。


「――っぐ!?」


 貫かれたのは、右上腕。心臓を狙ったのだろう。肉が焼け、体に穴が空いたのが分かった。

 反射的に浄化の術を使って傷を治療、接触型の呪いの可能性を考慮して傷口の周辺に小さな結界をはった。


 痛みはカットしない。激痛だが、おかげで少しだけ平静を取り戻せた。


「兄様!?」


「……大丈夫だ。致命傷じゃない」


 呼吸を整えて、立ち上がる。息を深く吐いて、できるだけ精神を落ち着ける。

 傷は重傷だが、幸い、腕の一本だ。命に別状はないし、術の精度にも支障はない。


「……大丈夫なん?」


「ああ。見た目に惑わされた。バカな兄貴だと笑ってくれ」


「…………せやな。でも、後にするわ」


 オレの隣まで、盈瑠が駆け寄ってくる。

 どうにか無事な残り二人の術師、美鈴ちゃんと男性の術師は倒れた仲間を守っている。恐らく盈瑠の指示だ。この状況でも冷静かつ的確に判断を下している。

 …………オレも見習わないとな。


「ちぇ、もう、平静に戻っちゃったんだ。もう少し動揺してくれると思ったんだけどなぁ。薄情なお兄様。あやめ、泣いちゃいます」


 ……彩芽、少なくとも彩芽とまったく同じ見た目をした少女はそう言って泣きまねをしながら、こちらに舌を出して馬鹿にしている。追撃を仕掛けてこなかったところを見ると余裕をぶっこいているらしい。

 …………仕草も声もやはり彩芽だ。肉体が彩芽のものだということは間違いない。


 問題は中身だ。

 何かが憑依しているのか、肉体を取り換える取り換え子(チェンジリング)の類、あるいは一から彩芽の肉体をそっくりコピーしたのか。なんにせよ、目の前のこいつの中身は彩芽じゃない。今ならそう断言できる。


 冷静になればわかることだ。

 彩芽には異能の才能がない。つまり、心中異界を形成できない。心中異界がない以上、魔力も発生しない。


 目の前の彩芽は魔力を、それも今のオレ、いや、それ以上の魔力を発している。

 だから、この行動は彩芽本人の意思じゃない。何か別の存在が彩芽の肉体を使っているのだ。


 そう仮定したところで、疑問はまだ山ほど残っている。彩芽を操っている異能の正体、誰の差金なのか、護衛につけた忍者や術師たちの安否。だが、それらを解決するのは後でもできる。

 今最優先すべきは彩芽の肉体を無事確保すること。それさえできれば元に戻す方法は必ずある。


「盈瑠。なにがあった?」


「『闘儀』が始まってすぐにこいつに奇襲されて……このざまや。異能もあの光以外はまだわからん」

 

 倒れた術師たちの方にちらりと視線をやって盈瑠が言った。

 手練れの術師がわずかな間に三人も倒された、というのも納得できる魔力量ではある。だが、それだけじゃないはずだ。


「お前、なんだ? 人の妹の顔と身体でなにをしてやがる」


「? だから、アヤメですよ? お兄様の大事な大事な、彩芽です」


「いや、違う。お前は彩芽じゃない。彩芽はこんなことはしない。あいつはこんなふうに人を傷つけたりしない」


「…………はっ」


 オレの言葉に初めて少女の表情が崩れる。

 苦虫をかみつぶしたような、憮然とした表情。その奥には憎悪と不快感が入り混じっていた。


 ……彩芽の顔に彩芽が浮かべそうにない表情が浮かんでいる。

 解釈違いだ。本家や叔父上、あるいはどこかの上位存在の気まぐれだろうが、オレの妹に手を出したツケは必ず払わせてやる。


「それで? 彩芽じゃないなら、アタシはなんだって言うんです? 彩芽の顔をして、彩芽の声をして、あなたの家族なのに?」


 ひどく苛立った声だ。サプライズをしたのに思い通りの反応を引き出せず拗ねる子供、そんな印象が脳裏をよぎる。


 ……これ以上問答はしない。

 肉体が彩芽のものである以上、脳から記憶を読み取るのは容易い。そこから何かこちらを動揺させるような文言をくみ上げる程度のことは簡単にできる。

 何故と聞いたところで、まともな答えは返ってこないだろうし、話をすればするほどこちらが惑わされるだけだ。


「ともかく、今はこいつを無力化する」


「わかっとる。彩芽姉さんをこのままにはできひん」


 盈瑠と共に戦闘態勢を取る。

 この少女、『アヤメ』と仮称するが、の戦力は正直不明瞭だ。盈瑠の話でもほかの連中を一瞬で倒したことしかわからない。先ほどの攻撃も指向性を持たせた呪いというだけで、シンプルであるがゆえにその正体には結びついてない。


 だが、こっちはオレと盈瑠で二人だ。

 オレの方は式神を使えず戦力が半減しているが、盈瑠も一流だ。オレが補助すれば十分に戦える。


「……そう。やる気なわけ。アタシとは話す気もないんだ。そいつとは仲良くするのに? アタシとは話してもくれないんだ」


 こちらの意図を察してか、アヤメが魔力を滾らせる。

 吹き荒れる嵐のようだ。しかも、改めて解析した魔力の質は神域のそれ。目の前にいる存在は『神域』、つまり、神にも匹敵している。


 まあ、何のこともない。これまでの半年間、そんな奴等ばかりを相手にしてきたんだ。今更ビビる理由はない。


 だから、感情は動かさない。そうじゃないと戦えない。歯を食いしばり、手のひらに爪を食い込ませて前を向いた。


「アンタはいつもそう……そうやってアタシを見ないようにする! もうたくさん! アンタがアタシを見ないって言うなら! 刻み付けてやる……!」


 感情の激発に応じてあやめの魔力が噴き上がる。

 それは星の瞬きのようにきらめいたかと思うと、先ほどの青黒い光が弾ける。

 そうして、光はまるで硝子の月が砕けたように無数の欠片となってオレたちに降り注いだ。


「っ来て、『塗壁童子』!」


 盈瑠が呼び出した『塗壁童子』がその体を変形、ドームの形となってオレたちを覆う。

 オレの教えた式神に新たな能力を付与する『形態変化』を彼女は使いこなしている。式神が使えないとわかった時点で一時的に盈瑠に権限を渡しておいてよかった。これならこの攻撃も防げるはず――、


「――っ!」


 無数の欠片。塗壁に阻まれるはずだったそれらが塗壁の防御を貫通して、オレたちに迫る。

 この攻撃は実体を伴っているが、同時に概念攻撃でもあるのか。ならば――、


「『五芒の備え』!」


 すぐさま結界を展開する。

 山本五郎左衛門との戦いのときに使った大結界の簡易版。これならば、概念系の攻撃も防げる。


 欠片は結界に阻まれている。どうにか防ぎきれたか。なら、ここから攻撃に転じる。

 だが、その前に盈瑠と話しておかないといけない。


「盈瑠。作戦がある。協力してくれ」


「……わかった。2人で、彩芽姉さんを助ける。そうやろ?」


「ああ。絶対に無傷で連れ帰る。オレとお前で彩芽を助けるんだ」


 傷も心も燃えるように痛む。

 でも、戦う。オレは兄貴だ。彩芽の兄貴だ。なら、妹のために命を懸ける。それが、家族ってものの役目だ。


 だが、かすかに、何かが、引っかかる。忘却の彼方に消えてしまったはずのものが、解き放たれようとしていた。


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