第148話 試練
遭遇した鵺を倒して道時クンご一行を手助けしたオレはそそくさとその場を去った。
そもそもあんな人助けは柄じゃないし、時間の無駄だ。この『闘儀』がオレの考察通り術者と怪異によるバトルロイヤルならば勝ち残るためには一刻も早く味方と合流しなきゃいけない。
この場合の味方とは盈瑠と次代派の術者たちだ。アイツらの実力ならあの鵺クラスの怪異が相手でもどうにかなるだろうが、数の優位は絶対だ。
それに、オレも楽をしたい。さっきの戦闘は魔力的な意味では予定外の出血だ。消費量としてはオレの総魔力量の内、一割にも満たない程度だが、この先の戦いを考えれば無駄遣いは厳禁。任せられる分は人に任せたい。
そう考えて、先ほどからこの『闘』の間の広い範囲に式盤を拡大して探査しているが、なかなか反応が拾えない。
やはり、この異界全体に探査系の異能を阻害するような術が組み込まれている。
意図は分からないが、面倒で仕方がない。自分と誰かの位置が不確定というだけでこれほど不便になるとは思ってもみなかった。
ふだん、いかにオレが式盤に頼りきりかよくわかる。まったく便利すぎるのも考えもの――待てよ?
……この延々に続く畳の間で使えないのは探査系の異能だ。他の異能は禁止されていない。
…………六占式盤の移動ができるようになってからめっきり使ってなかったが、久しぶりに使うか、方位陣の占い。
「『吉方を示せ』」
式盤を解除して、方位陣での初歩的な卜占を行う。
まあ、周辺の情報を収集、解析して答えを出すという原理は式盤も包囲陣も違いはない。
違いはないが、向き不向きはある。
六占式盤は特定の対象の解析や感知には優れているが、その分、負荷が大きく、またそこから導き出される答えが明確すぎる。その明確さがこの闘儀の場においては制限に引っかかている、と見た。
対して、方位陣が出す答えは今現在の吉方と凶方の二つのみ。その方向でなにが起きるのかはまるで分らないが、今はその方がいい。
「北東以外は全部『凶』か、『大凶』かよ……」
しかし、結果はこの通り。まあ、これだけ周辺に怪異やら敵意のある術師などがいれば当然と言えば当然か。
問題は唯一の例外である北東の方角。表示された運勢は『大吉』だが、その大吉がどうにも引っかかる。
この状況で大吉……? 怪異と術者混合の地獄のバトルロイヤルのど真ん中で……? いや、運勢自体は相対的なものでほんの些細な幸運であっても最悪の状況では奇跡のように感じられることがあるのはわかっているが……なぜだか、嫌な予感が拭えない。どうにもこの状況での大吉が恣意的というか、なんというか――、
『ほう。なかなかの猜疑心だ。疑り深さは術師として大成するには役に立つぞ。まあ、行き過ぎれば待つのは孤独だが』
不意に、念話が届く。一瞬身構えるがすぐに正体を察して、ため息をついた。
この声、例の『初代』だ。まあ、この『闘』の間で際限なく念話を届かせることのできる存在などこいつくらいのものか。
「何か御用で? こっちは暇じゃないんですが」
『先祖に対してずいぶんな物言いじゃないか、道孝。もう少し敬意を払え。罰を当ててやろうか?』
「ご自由にどうぞ。でも、この『試しの儀』の間は直接候補者には干渉できないでしょう? 自分は公正に儀を執り行うと言ったのは貴方だ」
オレの言葉に、念話の向こうの初代が「フッ」と笑ったような気がした。少なくとも機嫌を損ねたわけでないのはなんとなくわかる。
……もはや肉体さえない相手とはいえ血のつながりがあるせいか? この『初代』がかつての蘆屋道満とイコールではないといえそういうこともありえなくないのか……?
くそ、時間があれば、色々解析して考察も深めたいが、今はそうしているわけにもいかない。
『動き出すのか。よいぞ、無謀さも時には必要だ。我の好みではないがな』
「……このタイミングで出てきたってことは、大吉は貴方の仕込みでしょう。そして、この闘儀の判定者が貴方である以上、立ち向かわないといけない」
北東方向に走り出したオレの返答に初代は「分かっているじゃないか」と笑う。
結局、この闘儀は初代に対して捧げるものであり、候補者が次代の道摩法師として相応しいかどうかを決めるのも初代だ。
なので、仮に最後までバトルロイヤルを生き残ったとしても道摩法師として相応しくないと判断されては意味がない。
バトルロイヤル系のゲームで順位を上げるために逃げ隠れしているときのような戦い方だと勝てはしても的確とは判断されないだろう。
今、オレが求められているのは勇敢さと大胆さ。自ら危険に飛び込み、どう対応するかを初代は見ている。
今更しり込みして安全な選択肢を選んでも仕方がない。大吉方向に盈瑠がいる可能性もあるわけだしな。ここは走る。
それにしても、オレの魔力による身体強化も精度が上がったもんだ。これも週に一度の部隊全体での訓練のおかげだ。
アオイや凜の芸術的なまでも強化を見るだけでなく、本人たちからコツを聞いたりしている甲斐もあった。まあ、アオイの方は隙あらばボディタッチしてきて別の意味で鍛えられているけど、主に理性とか。
『しかし、道孝よ。お前は優秀だが、欲が読めんな。それでは術師として大成するには片手落ちだぞ。なんとかせよ』
そうして畳の上を走っていると初代が観客気分でそんなことを言ってくる。
余計なお世話もいいところだ。だいたいオレが力を付けたのは目的のためで、力そのものは手段でしかない。一般家庭の一般人に転生していたら、わざわざ危険に関わるようなことはしなかった。
『嘘だな。お前には術師としての欲がある。己の意のままに世界を操り、正したいという欲がある』
またしても内心を見透かすような一言に足を止めそうになるが、構わずに走り続ける。
前回はともかく今回は的外れだ。オレにそんな欲はない。この世界を滅ぼしたいとか、好き放題したいだなんてそんなことを思ったことは一度としてない。オタクとしての名誉に誓ってもいい。
むしろ、逆にこの世界を守るのがオレの目的だ。かつては憧れ、今は愛し、オレとみんなが生きるこの世界を守る。そのために強くなってきたんだ。
『それもまた欲だ。だが、まだ足りぬ。お前は他人のことばかり見て、自分のことが見えておらぬ。まったく惜しい。門は開いておるというのにな』
「自分のこと……」
すぐに反論しようとするが、言葉が出ない。予想外の角度からの指摘だったからか、あるいはそれこそ自覚できない自意識の奥深くで思い当たる節でもあったのか……、
だが、その答えが出るよりも先にその気配を感じた。
「盈瑠……!」
かすかだが、盈瑠の気配を感じて速度を上げる。阻害のせいで感知できたのは一瞬だったが、それでも分かる。
盈瑠は戦闘中だ。魔力が戦闘時特有の高ぶりを見せていた。
方角は占いの通り、北東。止まっている暇も惜しいので、道中の襖は体当たりでぶち破っていく。
そうして、気配がより明確に強く感じられる距離まで近づく。すると、やはり戦闘中だと分かる。
盈瑠だけじゃなく同行していた次代派の術師5人のうち、2人の気配も感じる。残り3人は合流できていないのか、あるいは――いや、考えるのは後だ。
「――盈瑠!」
最後の襖を蹴破ると、盈瑠が視界に入る。式神『髑髏武者』を展開して戦っている。
相手は――、あいて、は――え?
「兄様!?」
「あら?」
髑髏武者たちの構える太刀、その切っ先の先にいるのは、彩芽だ。いつものようにメイド服を着た彼女はオレの顔を見て、驚いたような、喜んでいるような、そんな顔をしていた。
なにが、どうなっているんだ……?