第146話 第一の試練
試しの儀を取り仕切る『初代』曰く第一の試練は術者としての技量を競い合う『闘儀』だという。
闘儀というのは、まあ、模擬戦のようなものだ。術者、もしくは異能者が立ち合いを行い、その戦いを何らかの存在に奉納する。それゆえ、『闘う儀式』で『闘儀』。学園でやるような普通の模擬戦と違うのは本当に死ぬかもしれないってところと勝敗を決めるのが当事者じゃなくてその戦いを捧げられる存在ってところだ。
なので、今回の場合はこの蘆屋の郷の支配者ともいえる『初代』がその判定を下す。本人? は公平に判断すると言っているが、どこまで信用できるかは正直わからない。
もうすでに、オレだけ特大のハンデを課せられてしまったわけだしな。
オレに課された枷は『式神の使用禁止』。なるほど、式神の使役は陰陽術の要だ。それを封じられるということは両手を縛られて戦うようなもの。本来想定していたような余裕は今のオレにはない。
縛りプレイとしてもかなり重めの縛りだ。こっちの技量次第では何もできずにゲームオーバーということも十分にあり得た。
「――まあ、なんとかなるか」
だが、意外にこんなことをぼやく余裕もある。
式神の使用禁止にも今のオレなら対処できる。魔力の消費量や使える術の指定とかされていたらそっちの方がお手上げだったかもしれない。
オレが足を踏み入れたのは、闘儀の会場となる『闘』の間だ。
ここも本来はただの広めの畳の間なのだが、今は兵の間以上に魔改造が施されている。
まず天井が見上げるほどに高く、畳が地平線まで続いている。
窓も壁もない。ただだだっ広い畳の間で、灯りは空中に列をなす鬼火の群れだけだ。
確かに戦いの場として邪魔になるものはないし、この場に充満する魔力も誰の色もついていない公平なものだ。
しかし、気になることもある。
ここは殺風景だ。無骨とでも言えばいいのか、ここには必要かつ最低限のものしか用意されていない。
そのことがどうにもオレ達の前に顕現した『初代』のイメージと合致しない。オレはこう言う武骨なのも嫌いじゃないが、ああいうタイプは自分の好きなようにできる時は凝りすぎるくらいに凝るはずだ。
あの初代、意外と真面目なのか……? いや、その方が元来の蘆屋道満のイメージには近いのかもしれないし、この郷を管理する御霊と蘆屋道満は必ずしもイコールなわけじゃないから、多少の齟齬があってもおかしくはないのだが……、
「……考えるのは後だな」
思考の迷路に入り込みそうになったところで、そう自戒する。
現状、オレは1人だ。孤立無援といってもいい。
諫めてくれる彩芽も盈瑠も側にはいない。盈瑠の方とは次代派の連中と一緒に同時に敷居をまたいだはずだが、景色が切り替わった瞬間に分断されていた。
これが闘儀の仕様によるものなのか、あるいは何者かの意図が働いたがゆえのことなのかは今は判断できないが……正直なところ、1人きりだとしてもそこまで大きな問題はない。
この日のために準備はしてきたし、一応味方とはいえ手の内を晒すのは最低限にしておきたい。
心配なのはむしろ、向こうの方だが、そちらには盈瑠がいるしなんとかなるだろう。
それに、敵に回っている連中も親族。オレ以外の命を取るような真似はそうそうはしない、はずだ。
彩芽は、戦いの場には連れてこなかった。オレの側が一番安全だ、と言ってやりたいのは山々だったが、式神を封じられた状態で自衛もままならない彩芽を連れて試練を突破するのは無理だ。
今回の無理難題の最大の弊害といってもいい。こんな敵地で彩芽の側を離れたくなかった。
無論、離れるにあたって最大限の策は講じた。
具体的には、あの郷に侵入していた忍者軍団とオレを支持している次代派の術師たち、その両方に彩芽の護衛を依頼した。
両方とも100パーセント信用できるわけじゃないが、あえて両方に頼むことでお互いに監視し合わせれば裏切りのリスクは減る。苦肉の策ではあるが、彩芽にはいざという時のとっておきも渡してあるし、大丈夫だ。
なので、オレがすべきことはこの闘儀に集中すること。なにとどう戦わされるにしても、まずは勝たないと話にならない。
しかし、こんな殺風景な場所でどうしろって言うんだ? 六占式盤の範囲をオレの限界、半径500メートルほどに広げて周囲を探っているが、反応はない。怪異も人間も周辺には存在していない。
……妙だな。何か間違えている気がする。前にやっていた影による探知もやっているが、何一つとして感じられない。
ここまでくるとオレの能力の問題ではなく場の影響によるものとみるべきだ。おそらくこの闘の間自体が探知や探査系の異能にジャミングを掛けている。
なるほど。公平性ね。対戦相手のことを事前に調べつくすようなのは公平さを損なうとそういうわけか。
……生真面目というかなんというか。ますます、あの自称『初代道摩法師』の言動から受ける印象と一致しない。一体どういう――、
「――なんだ?」
急に前方15メートルほどに大きな反応を1つ、他にも5つほどの小さな反応を検知する。
目を凝らすと壁のような襖が現れる。その向こうで何かが、いや、戦いが起きているのは明らかだった。
……さて、どうしたものか。
残念なことに襖を開けないという選択肢はない。これは闘いの儀式、どんな戦い方をするにせよ、闘いから逃げては試練を突破することはできない。
一息に、襖を開く。すると、その瞬間、呪いの塊が正面から飛来した。
「おっと」
まあ、不意打ちではあったが、大した呪いではないので常時展開している防護結界で容易く弾ける。黒色でうねうねとした塊は地面に落ちて消えた。
……『指さしの呪い』の類か? それにしても指向性も威力も弱い。どちらかといえば、流れ弾のような――、
「――化け物が!」
「気を付けろ! 尾に触れるな!」
「道時さまをお守りするんだ! 結界を強化しろ!」
流れ弾どころか、絶賛戦闘中だった。
戦っているのは、道時くん配下の術師たちだ。てか、道時くん本人もここに来ている。
……正気か? 二歳の子供だぞ? 異能どころか言葉を話せるかどうかも怪しい子供をこんな場所に連れて来てどうしようっていうんだ?
いくら儀式のためとはいえ、代理を立ててしまえば済む話だ。それをこうして平気でこんなまねをする。だから、嫌いなんだ、本家の連中は。
しかも、相手はかの有名な怪異『鵺』だ。
蛇の尾に、虎の胴体に猿の顔。解体局の定める怪異の等級では上から三番目の『禁域』、つまり、探索小隊で対処すべき対象だが、こいつの場合はそれだけじゃない。
全身を黒いヘドロのようなものに覆われている。視覚化された高密度の呪いだ。術や異能で保護していなければ素手で触れた段階で、呪いでその部分が腐り堕ちるだろう。
……さっきの呪いに指向性がないわけだ。あの鵺が暴れるたび、あるいは攻撃を喰らうたびに大量の呪いがばらまかれている。その一部がオレの方に飛んできたのだろう。
…………呪いの深さ、強さからして500年程度は経過しているか。
これだけの強さだとオレでも解呪には手間取る。道時くん派の術師たちではあの呪いの層を突破して攻撃を通すことさえ難しいだろう。
事実、かなりの劣勢だ。5人の護衛の内、すでに2人がやられて壁際まで追い詰められて、道時くんを守るので精いっぱいなようだ。
彼らが戦っているこの場所はかなり開けていて呪いの飛沫から身を隠せるような障壁もスペースもない。
こうなると、この鵺と正面から殴り合うしかないわけだが、術師たちにはそんなフィジカルも強力な結界も持ち合わせていない。こっちと違って式神は呼び出せているようだが、最適解とは言えない。
使っているのは式神は三体。オレと同じ『塗壁』に蜘蛛の身体から人間の上半身の生えた『女郎蜘蛛』、そして、無数の小型の鬼『餓鬼』だ。
どれも悪い式神ではないのだが、これでは時間稼ぎはできても呪いの層を突破できない。じり貧だ。
……さて、どうしたもんか。
この状況はおそらくあの初代が仕込んだものだ。いや、そもそも、この試しの儀における『闘儀』は術師が対戦相手ではなく闘の間をうろついているこの鵺のような強力な怪異も含めて相手取らなければならないのだ。
一種のバトルロイヤル。終了条件はおそらく参加者の数が一定まで減ること。ここで不要なものを間引きするのが目的なのだろう。
となれば、ここは静観が正解だ。あの鵺はオレに気付いていない。というか、オレが影を使った隠れ身を使っているから気付きようがない。だから、このまま術師たちがあの鵺を消耗させて全滅させるのを待つこともできる。
それもできるんだが……正直言えば、あの鵺は厄介ではあるが、倒せなくはない。
だが、あくまで倒せなくはないだ。式神が使えれば楽に片付ける方法もあるが、今はそれもできない。
…………あの式神たち、上手く使えば楽にこの鵺は倒せるな。
………………やるか。臭い芝居だし、言い訳まみれだが、ここで子供を見捨てるような兄貴にオレがなったら彩芽の心は救われない。
あまりの甘さに自分を殴りたくなるが、道時くんたちを助ける。この試練の突破は絶対だが、それでも、踏み越えてはならない一線はあるもんだ。
「『――戒めを解き、呪を宣す。我に従え』」
というわけで、式盤を拡大して道時くんの護衛たちから式神の制御権を強奪する。
盈瑠がいなくてよかった。あいつにやったやり方と同じだから不機嫌モードに突入だ。
助けるとは決めたがやり方はオレの自由だしな。それに、初代が禁じたのはオレが『己が式神を使役する』こと。他人の式神を使っちゃいけないとは一言も言っていない。
というわけで、臨時の式神ゲットだぜ。
こちらに気付いた様子の鵺もついでにぶっ飛ばしてやるとしよう。