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きっと待っていた

作者: 宗あると

 夏の夜。休日をショッピングモールで過ごした夫婦の仲川彰人(43)と朱美(43)は、車で帰路についていた。

 2人とも特に会話をするでもなく、彰人は運転に集中し、朱美はぼんやりと流れていく景色を見ている。


 自宅近くの交差点で信号待ちをしている時、朱美が不意に外を見ながら言った。

 「あれ、今歩道歩いてたの、大輔に似てた」

 「まぁ似たヤツもいるだろ」

 素っ気なく、彰人は答えた。大輔は2人の幼馴染だが、高2の夏以降、会っていない。

 「でも流石にあの頃のままってことはないよね」

 少し寂しげに笑って、朱美が言うと、そうだな、と彰人も頷いた。

 「どこ行っちゃったんだろうね」

 「ほんとにな。どこで何してんだかな」

 車内が哀愁の空気に変わっていく。

 幼馴染の大輔は、高2の夏に忽然と姿を消した。静かな街での高校生の失踪事件は、当時ニュースでも報道されたが、その行方は今現在もわかっていない。

 「大輔がいたらね。今日子も今もこの街で暮らしていたかもね」

 「それはまぁ、わからないだろ」

 信号が変わり、彰人はまた運転に集中した。

 黒川今日子も幼馴染で、4人はいつも一緒にいた。大輔の失踪後、精神を病んだ大輔の母親は東北の実家に静養しに帰郷した。今日子は高校卒業後に、大輔の母親を側で支えてあげたいからと大輔の母親の実家近くに引越した。

 今日子と大輔は付き合っていて、家族ぐるみの付き合いだった。

 大輔が戻るまでは、私が娘みたいになってあげたい。今日子はそう言っていた。

 だが、大輔が戻ることはなく、大輔の母親と今日子は、あの震災で犠牲になり、大輔と再会することなく、この世を去った。

 2人の訃報を聞いた時のやるせなさを朱美は思い出していた。

 大輔、あんた一体どこで、何やってるの。



 2人は帰宅すると、彰人は風呂に入り、明美は晩御飯の支度をはじめた。

 2人には子供が2人いるが、2人とも成人し、長男は街を出て就職し、長女は東京の大学に進学している。

 彰人の両親は既に他界していて、彰人が子供の頃から暮らすこの家に、今は彰人と朱美の2人だけ。

 朱美がキッチンで野菜を切っていると、不意に呼び鈴が響いた。

 こんな時間に誰だろうと、朱美は思いながら、玄関へ向かった。

 「はーい、どなたですか?」

 玄関の向こうへ、朱美が声をかける。が、返事はなく、呼び鈴がもう一度、鳴った。

 朱美は少し恐怖を覚えながら、玄関の引き戸の前まで行き、鍵を開けて、ゆっくり引き戸を開けた。

 そこに立っていたのは、交差点で見かけた大輔に似ていた青年だった。

 青年は出てきた朱美を見ると、驚いたような顔をした。

 「あの、何か?」

 警戒心を抱きながら、青年に朱美は聞いた。

 「いや、あ、すいません、間違えました」

 青年は慌てた様子で言うと、踵を返した。が、玄関から少し離れて振り返り、表札に目をやると、再び玄関まで戻ってきた。

 「あの、ここって彰人の家ですよね?」

 青年に旦那を呼び捨てにされて、朱美は少し苛立った。

 「そうですが。主人の知り合いかしら?」

 「主人?」

 また青年は驚いた顔をした。

 「何を驚いてるのか知らないけど、ここは仲川彰人の家で、私は妻の朱美です。あなたは一体ーーー」

 「朱美!?」

 青年が驚きの声で自分の名前を言ったので、朱美はビクッとなった。そして同時に、その声に聞き覚えがあることにも気づいた。

 この青年、よく見ると大輔に似ているだけではない。着ている服、その顔は、あの当時の大輔そのものだった。

 「ちょっとあなた、名前は?」

 冷静を保ちながら、朱美は青年に聞いた。

 「大輔。横川大輔」

 「嘘でしょ、、、」

 今度は朱美が驚きの声をあげ、そのまま玄関で尻もちをついた。



 「お前、本当に大輔か?」

 風呂からあがった彰人が、バスタオルを首にかけたまま、大輔に聞く。

 「いや、そっちこそ彰人かよ。どんだけオッサンになってんだ、、、」

 「いや、ガキのままのお前の方が明らかに変だから」

 彰人は言うと、両手で大輔の両肩を掴んだ。

 「幽霊、じゃないな」

 「生きてるって。てかなんで?お前らなんでそんな老けてんの?」

 「だから、あんたの方がおかしいのよ。今何年だと思ってるの?」

 朱美が言うと、大輔は戸惑いながら、答えた。

 「1998年、、、」

 「2024年よ。あんたがいなくなってから、26年経ってるの」

 「いなくなったって、俺が?」

 「そうよ。高2の夏に突然、急にいなくなったの」

 「えー、嘘だろ」

 大輔は信じられない様子で、青ざめた顔になった。

 「大輔、お前本当に何があったんだ?」

 「何って、俺はただ神社の祭りに行って、神社から出たら、こうなってた」

 「神社ってどこの?」

 「あの、川の近くにある」

 「あの古い神社で祭りなんかあったか?」

 彰人が朱美に聞くと、朱美は首を振った。

 「ないよ。それにあの神社、今はもうなくなってる」

 「は?俺今さっきそこから、出てきたんだけど」

 「どういうこと?」

 朱美が彰人に聞く。

 「神隠し的なやつか?」

 半信半疑の様子で、彰人が答えた。

 「その神社で、何か変なことなかったか?」

 「いや、別に、、、。射的やってたら、いつの間にか夜になってた。なんでかやめられなくて、途中で金なくなったんだけど、好きなだけやっていけって言われて夢中になって、、、」

 大輔は答えると、肩をぶるっと震わせた。

 「そういえば、祭りなのに妙に静かで、変な感じはしてたんだよな」

 「その射的をしている間に、26年時間が過ぎてしまったわけか、、、」

 彰人は言って、腕を組んで考え込んだ。

 「一体どんな理屈だ」

 「とにかく、このままここにいても仕方ないから、警察にでも行ってーーー」

 「信じるか?そんな話」

 朱美の言葉を彰人が遮った。

 「信じられたとして、良い見せ物だぞ」

 「そうね。最悪、政府の施設かなんかに隔離されたり、、、」

 「やめろよ。どっちも嫌だ、俺は」

 「とは言ってもな、お前、家もなくなってたろ」

 「そう!そうなんだよ、親父や母さんはどこいったんだ?」

 大輔の問いに、2人は口をつぐんだ。

 その様子から、大輔はそれとなく察した。

 「嘘だろ、、、2人ともかよ」

 「親父さんは、去年癌で。お母さんの方は、、、」

 彰人は言葉を切った。震災で亡くなったが、その場所に行くことになった原因は、大輔の失踪だ。知ったら、相当落ち込むだろう。だが、避けられる話でもない。

 どう切り出せばいいか悩んでいると、朱美がスマホを持ってきて、少し触ってから、大輔に見せた。

 「何これ?」

 訝しげにスマホを受け取って、大輔は画面を見た。

 そこには震災の動画が流れている。

 「マジで、、、こんなことあったの?」

 大輔の視線がスマホに釘付けになる。

 「大輔のお母さんは、大輔がいなくなった後、心を病んじゃって、静養の為に実家に帰ったの。それで、震災までそこで」

 「え?じゃあ母さんは、、、」

 「震災で亡くなった」

 はっきり朱美が言うと、大輔はスマホを朱美に返して、頭を抱えた。

 「嘘だ、、そんなの。それじゃあ、俺のせいで」

 「大輔のせいじゃない。でも、もし大輔がいなくなってなかったらって、思ったことはある。大輔がいたら、今日子も、、、」

 「今日子?今日子は?今日子もなの?」

 「お母さんを支えたいって、一緒についていったから」

 「嘘だろ。今日子、、、今日子、、、」

 大輔は頭を抱えたまましゃがみ込むと、そのまま嗚咽して、大きく泣き出した。

 泣き続ける大輔を2人は見ているしかなかった。



 「俺、帰るよ。元の時代に。絶対。そうすれば、母さんも今日子も死なずにすむ」

 泣き止み、落ち着いた大輔は強い口調で言うと、立ち上がった。

 「でも、どうやって帰るの?」

 朱美が聞く。

 「とりあえず神社に戻ってみる」

 「でもあそこはもう、老人ホームになってるわよ」

 「まぁ、とにかく行ってみよう」

 彰人が言うと、大輔は強く頷いた。



 3人は彰人が運転する車で、川近くの神社のあった場所に向かった。

 そしてそこで3人が目にしたものは、老人ホームではなく、確かに、祭りが行われている神社だった。

 「どういうこと、、、?」

 目を見張って、朱美が言う。

 「わからん」

 呆気にとられた様子で、彰人が言った。

 「また射的すれば、戻れるのかな、元の時代に」

 大輔はそう言いながら、神社へと歩いて行く。

 大輔の言っていた通り、祭りに賑やかさはなく、不気味な静寂が境内から流れている。

 「戻れる保証はないよ?」

 朱美が言うと、大輔は振り返った。

 「それでも、いくしかねーよ。俺は今日子も母さんも親父もいない、この時代を生きるなんて絶対できないから」

 その口調に揺るぎない決意を感じて、2人は大輔を見送ることにした。

 「待ってるからな」

 彰人が微笑んで、大輔に言った。

 「待ってろよ、絶対、変えてやるから」

 大輔は言い、神社へ向かって再び歩き出した。

 彰人と朱美は、大輔の姿が神社へと消えて行くのを見守った。

 そして、大輔が神社に入ってほどなく、神社は姿を消して、老人ホームへと、その姿を変えた。

 「本当に、どうなってるんだ?」

 驚愕した様子で、彰人が言う。

 「わからないわよ。でも、待ちましょう。大輔が、過去に戻って、未来を変えてくれるのを」



 翌朝、2人は目覚めると、いつものように朝食を食べていた。

 その最中、ふと彰人が口を開く。

 「なんだか今日、長い夢を見てたんだが」

 「そう?私も。どんな夢?」

 「大輔が高2の夏に行方不明になって」

 「大輔のお母さんと今日子が震災で死んじゃう夢?」

 「ああ、そう。なんだ、やっぱり同じ夢を見てたのか」

 「うん。でも、夢だったのかな?でも夢じゃなきゃ、大輔がタイムスリップするなんて有り得ないよね」

 「昨日のことのようにも思えるんだがな、実際大輔はーーー」

 その時、呼び鈴が鳴った。

 はーい、と朱美が玄関へ向かう。

 彰人も何故か気になって、その後に続いた。

 朱美が玄関の引き戸を開けると、そこには大輔と今日子の姿があった。

 「ごめん朝から。なんか急にこいつが2人に会いに行くって言い出してさ」

 今日子が謝りながら、大輔の肩を叩いた。

 「だから今日なんだよ。あの日の翌日は」

 「ああ?あんたがタイムスリップしたとかの話?」

 「そうだよ。な?2人とも昨日、俺が来たよな?若かりし日の大輔が」

 大輔に言われて、彰人と朱美は首を傾げた。

 「いや、なんかそんなこともあったような、、、?」

 「それが何か夢を見てたみたいで、現実って実感がないのよね」

 「おいおい、本気で言ってんの?覚えてるの俺だけ?」

 「だってあんた、ずっと私らと一緒じゃん。行方不明なんてなってないし」

 「それは俺がお前らの想像を絶する恐怖と向き合って未来と過去を行き来したからでーーー」

 「はいはい、もういーから。帰るよ、ったく。ごめんね、こんな戯言で朝邪魔しちゃって」

 今日子はそう言うと、大輔の腕を引っ張って、踵を返して帰っていく。

 「ちょっ、本当に昨日17の俺はここにいたんだって」

 「あーもういい加減にしないと、マジでぶっ飛ばすよ」

 今日子が本気で怒り出しそうなので、大輔は仕方なく黙って、今日子の後に続いた。

 その背中に、朱美が声をかける。

 「今日も仲がよろしくて」

 「ぜんぜーん」

 大輔を引っ張ったまま、今日子が答えた。

 2人の後ろ姿を見ていると、朱美は何故か泣けてきた。

 本当に幸せそうで、よかったと思う。

 肩越しに振り返ると、彰人も目頭を押さえていた。

 「なんでだろうね」

 「ああ、なんでかな」

 「4人、ずっと一緒にいたのにね」

 「そうだな。でもどうしてか。今日見た夢が現実だった気がするな」

 「大輔が言ってること、本当なのかしら」

 「戯言だろう」

 彰人はそう言って、家の中へ戻っていった。

 朱美は、しばらく遠ざかっていく2人の後ろ姿を見つめていた。

 

 待ってたんだな、きっと。何故だかそう思えて、朱美は気分が晴れていくのを感じた。

 よかった。みんな幸せで。

 

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