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ボクの言葉で思いトドマッテ。

ー なぁ、だから言ったのに ー


例えばチェーンが外れた自転車、薄暗い雨、ぬるいお茶、白い息、裸電球、ヒビの入った窓ガラス。それらなんかは僕とよく似ています。

だいたい決まった時刻に起き「今日も始まってシマイマした。」と歯を魅がき…築60年のアパートなんかはお湯なんて出ないんですよ、蛇口は一つですから。

歩いて20分程度の職場に着き、ひたすらDVDを袋から出し並べる8時間は部屋の端から端まで程の長さのコッペパンを食べる感覚なんです。

親は15歳の時に亡くなり兄弟はなく、家族は猫の〝ハイジーニ〟です。30歳ですが、ただ毎日がこう過ぎてゆくものだと思うのです。



| 柊  |              

朝になり今日も一日始まりました、9時30分頃、柊は勤め先へ行こうと靴を履くと殺風景な玄関の床にチラシに混じって手紙があった。

 〝柊 南 様〟差し出し人の名は 

〝紙神 六郎〟 

「誰だこれ…」柊は封を開けた。

                        

〝キタル日が参りました、本日9月2日 午前10時 松前ビル屋上ニテ〟


「なんだこれ…気持ち悪ッ。」


柊は手紙を玄関に置きハイジーニを撫でた後職場へ向かった。

9時50分いつも通りに傷んだ〝もやし〟みたいに冴えない顔で出勤するなり、店長に

「おい、柊 今日は休むんじゃなかったのか? 昨日仕事上がってから電話かけてきたじゃないか、体調悪いんだろ?」


「…僕がですか?」


柊には全く身に覚えがなかった。店長は笑いながら珈琲を小指でかき混ぜている、実に気持ちが萎える癖である。


「もう代わりの人呼んじゃってるから今日は帰れ。」


店長は小指を舐めた。切実に気持ちが萎える瞬間である。柊は首を傾げながら店を出ると向かいのビルがふと気になった。〝松原ビル〟10時まであと4分か……腕時計の秒針がせっせと動いていた。

紙神って誰だ…どうしても思い出せないながらも信号を渡り松原ビル1階、9時57分エレベーターに乗り屋上へ


       9時59分松原ビル屋上 


柊はエレベターから出ると一人の中年の男が飛び降りようとしていた。〝えっ…〟ビルの下は人だかりが出来始めザワザワしている。

「もぅいいんだ…こうするしかないんだ…」


中年男は震えながらブツブツ、ブツブツ言っている。

「ちょっと待って!」


柊は思わず中年ブツブツ呟き野郎を呼び止めた。


「来るな!来たら落ちるぞ、お前の目の前で死んでやる!!」

もう声は完全に裏返っている。 


10時ここから柊の説得が始まる。


「落ち着いてください、だったら僕にパンツをください、貴方は下着泥棒だと誰かにバレて会社をクビですか?借金ですか?それなら生憎、僕もお金はありません、リストラですか?だったら僕の職場のレンタルショップに来ませんか?店長は珈琲を小指でかき混ぜ、混ぜした小指を舐めるところが超絶に気持ち悪いですが良い人なんですよ」


中年男は変な顔で柊を見た


「違う違う、違う違う違う、妻に…妻に浮気されたんだよ!相手は息子と同じ年くらいの奴だ、笑えよ、自分の奥さんがしてるところを見ちまったんだよ、なんなんだ、なんなんだ、なんなんだよ!」


〝なんなんだはこっちのセリフである〟


柊はこの間見た刑事ドラマの曖昧な記憶を探り心のボタンを押した。もう気分はすっかり湯けむり列車殺人事件のラストシーンの刑事だ。柊はゆっくりと空を見て深みのある声で語り出した。


「いいじゃないですか家族がいるだけで、だって奥さんはそれだけ魅力的な女性なのでよ、青酸カリで貴方を殺す事もいつだってできたでしょうに、それをためらった理由は…貴方をまだ愛しているんです」


柊はドヤ顔をキメた。中年男は泣き崩れた。


「家族の為に一生懸命に働いてきたんだ……」


柊は男にそっと近づき

「まだまだやり直せる」


中年男の手を取った。程なく警察が来て中年男を保護して行った。

ビルの屋上の風は、透明だった。


〝なんだったんだ…疲れた…〟


柊は普段飲まないビールを買って家へと帰宅した。


「ただいまぁ、ハイジーニ今日は早いだろう、一緒に昼寝でもしよう」


すると玄関のポストにガサッと音がした、どうせピザのチラシだろうと玄関に行くと一通の手紙が。差出人〝紙神六郎〟柊は眉間にシワを寄せながら封を開けた。現金6万4千円と手紙には


〝オツカレサマデシタ、本日の柊様の報酬で御座います 〟


…なんだよこれ、気味悪いな…誰なんだよ紙神って…すぐに玄関の扉を開けたが誰の姿はない。何でだろう、それ以上は探すのが少し怖かった。

                   

 この日から僕はだいたい同じ時間に起き、ただ過ぎる毎日と無縁になろうとは想像もしていなく。

この日から僕は、何かが変わったんです

この日から僕は僕になったのかもしれません。

〝あぁ、コッペパン食べて眠ろう…ハイジーニ〟

                                  

                          

生かすも 殺すも 

ハイジーニは魚が好きなんですよ、キャットフードより魚なんですよ、僕は一匹70円のさんまを買っては半分以上をピンクの皿にのせるんですよ。まるでりんごを擦って茶色になる感覚ですよ。

柊は紙神の手紙に入っていた6万4千円を使おうか使うまいか迷っていた。

事の状況を整理しよう


① 紙神とは誰か

② 松原ビルの事は偶然か

③ この6万4千円の金は何なのか。


そもそも僕が松原ビルに行っていなかったら、あの中年男は死んでいたのか…紙神はどうして中年男があの場所、あの時間に自殺を図ろうとしてた事を知っていたのか、又は全く中年男の事など知らなかったか。〝報酬とは〟僕が仕事を休むと電話したのは紙神か?一体なんの為だ…分かん、頭がルービックキューヴだ、6万4千円…ハイジーニの魚914匹分…使うか………。散歩でもするか。

                      

夏の夜は夜祭りなんかでリンロン、リンロンしてるんですよ。花火の光に遅れて鳴る花火の音は少しばかりマヌケに感じてしまうんですよ、綺麗ですけどね。

柊はただ、ぼーっと夏の夜を歩いていた。


「ねぇおじさん、これ落としたよ」


母親に手を引かれた少年が花火の音よりマヌケに歩く僕のポッケットから落ちた紙神からの手紙を柊に渡した。


「ありがとう…」

6万4千円落とすところだったな…きっとあの少年が拾わなかったら、そのまま盗まれていただろう、少し遠回りして帰ろう、交番でこの金を拾ったと言って届けるか…。

                        

リンロン リンロン、花火、光、音、ドンドンドン。柊は足早に交番へ行くと高校生くらいの男の子が虚ろな目で立っていた。


「今さっき母親を殺しました」


花火の音が耳の中でこだまして少し静かになった。すると少年の父親らしき人がやってきて


「息子はやってないんです、やってないんです、、」

と崩れ落ちた。

その男は松原ビルで自殺しようとしていた中年男だった。少年は繰り返した


「僕の部屋で僕の友達と。僕の部屋で僕の友達と。重なり合う母が豚に見えました、豚に見えました、自分の部屋に豚がいたら夢中でバットで殴ってました、殴ってました。」 


柊は紙神からの手紙と6万4千円を握り潰して、ただ、ただ立ち尽くし家へ帰った。耳はまだ花火がこだまして、心はどんどんどんどん音で割れた。玄関には一通の手紙が。


紙神からだ                     〝自殺と殺人はチガイマスヨ。柊サマ、ツギは明日午前9時国立総合病院、産婦人科ニテ〟 

何なんだよ! 紙神六郎、お前は誰なんだよ!何者なんだ。

                                         

                                   自分勝手と 自由勝手 

                          

柊は柊なのに冬が嫌いです。夏も嫌いです。柊なのに名前が南なのは皮肉ってる感じですよね。 孤独や鬱は雑草なんですよ、手間暇かけずともボーボー、ボーボー勝手に育つんですよ、抜いても抜いても、すぐまた生えるんです。だから僕はいらないですか?

                           

柊は布団にうずくまり色々と考えていた。いつもなら眠っている時間なのに紙神からの手紙で寝付けない事にイライラしていた。明日、僕が紙神の指示に従って国立病院に行ったとして何があるんだ?目的が分からない…そもそも産婦人科なんて行けるわけないだろう…10時から仕事があるし…ただ、なんなんだ? 結局僕は眠る事ができぬまま朝を迎え時計ばかり気にしていた。朝8時、今頃になって酷い眠気がきはじめた。今眠れば仕事までには起きれなであろう。


「くそっ」


布団から飛び出し外へ出た、僕の足は勝手に国立病院へ向けられていた。8時35分、産婦人科は東病棟3階…


〝広いな…〟


8時45分、僕は10分以上 産婦人科の前を行ったり来たりしていた。気まずい…、だんだん自分がバカに思えてきた、〝来るんじゃなかった…帰ろう…〟病院内にあるコンビニでおにぎりとサンマ缶詰めを買って産婦人科を通り過ぎた時、小柄でミルクアイスキャンディみたいな女性にぶつかった。


「すいません大丈夫で…」


ぶつかった女性の鞄から刃渡り30センチ以上の包丁が出てきた、

女性は慌てて包丁をカバンにしまうと走り逃げだした。8時55分、柊は女を追いかけた、女は非常階段へ


「来ないで!来たら死ぬわよ!」


〝このセリフ人生でそうは聞かないな〟


8時57分、ここからまた柊の説得が始まるのだ。


「分かった、これ以上君の側へは行かない、でも君をこのまま放ってはおけない…あっ、その心配だな…大丈夫…じゃないか…」


柊の頭の中は〝どうしよう、どうしようどうしよう〟なぜか股間がむずむずした。訳が分からなくなった柊は徐に

「どうしよう、って十回いいます。どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどしようっ、ここは?」

と胸に手を当てた。そう、ピザを十回言って形式である。

「えっ・・・」

「あっ・・・」

「えっ・・・」

「・・・あ、の、、」


もう、どうしようもない負のループ。

もう、ピザなんて大嫌いだ! 何だっけ、あぁ、、

‥‥僅かな沈黙の後、彼女は静かに語り出した、それはまるでそよ風が吹いたみたいな優しい声で頬から耳に伝わった。


「私という命の中に命の灯火が私の心を灯して不安さえも暖かく柔らかかい、神様か誰かがコウノトリが運んできた。とか、私を選んできてくれた。なんていうけれど、私はこの命の重みに耐えきれず自らさよならを決めました。自分勝手な人殺しなんです、だから私も同じところに行きたくて、ほらね、、矛盾してるでしょう。考える事も疲れたの」


この時僕は正直、彼女にかけていい言葉や彼女に対する優しの正しさが分からなかった。彼女は何故、自分を追い込んでしまったのだろうか、そもそも相手は何やってんだ。と思ったが、きっとこの現実もありふれているような気がした。

どんな言葉さえも安っぽくて気休めにもならないなら、当たって砕けろ。

ただし、もうピザと言ってはいけない事だけは分かるから。


「ここ、胸の中 心にはこれかもその子がいて、あなたを苦しめるなら僕はこう思う。あなたのお腹に来たことは、意味のある〃たまたま〟だから。だから もう少し泣いててみてもいい、そしたらまたきっと誰かがあなたを助けてくれるかもしれない、それも意味のある〃たまたま〟だから」


女は包丁を手から離した。

柊は彼女の手を取り病院を出て彼女をタクシーに乗せた。

きっと繰り返す。漠然と分かった。優しさの正しさは一瞬だ。

帰る時間もなく真っ直ぐに職場へと向かった。


9時53分。

間に合った。

こんな日くらい少し遅れててもいいよな。。


「おはようございます」


何事もなっかような顔で柊は出勤するなり、黒いコーヒーを小指でくるくる混ぜながら店長が

「柊、お前宛てに手紙を預かったぞ」


店長から手紙を渡された。


「何て読むんだこれ、しがみ?やがみ?」

店長は柊に手紙を手渡した。 

 恐る恐る手紙を開けると


                        

 オ疲レサマデシタ   本日ノ報酬 6万4千円デス。

 ナントカ、ナリマシネ

                 紙神   六郎


 何で! 何処かで見てるのか、、、近くにいるのか・・ 柊は店を飛び出して辺りを見渡した。

誰なんだよ、誰なんだよ! 何なんだよ!!! 僕はこの時、一睡もしていない脳のせいか、気味悪い手紙のせいなのか、いつもと同じ街並みがコーヒー牛乳みたいに濁って見えたんです。

                           

                         

    いま何時? そうね、だいたいね 

                         

人はどうして眠るのか、1日10時間眠ると身体に良いらしい。そんな奴いるでしょうか?

1日24時間ですから50年生きても半分くらいは寝ている計算になりますよね。

だったら僕は15時間は眠りたいです。

僕はエロと夢が詰まったディスクをひたすら棚に並べながら睡魔と戦っていた、


〃最悪だ〟


今は今朝の事とか紙神の事を考えている頭は無い、 ハイジーニ・・・こんな日は時間が経つのが100倍に遅く感じる、コッペパン5000メートル・・1日を終え帰宅すると僕はハイジーニを抱いて倒れるように眠った。

目を覚ますといつもと同じ朝が来ていた、いつもと同じ時間に起きるのは体に染み付いた癖である、ハイジーニにさんま缶をあげ腹ペコな自分は生きていると思った、玄関を見ると手紙はなかった、安心したと同時に紙神の目的は自殺者に〃死を〃を思いとどませる事だという事が分かったが、だが何で自殺しようとしている場所と時間が分かるんだ?病院でもあの女性にぶつかったのは偶然だし、、


「はあぁ」


さっぱり分からない。仕事中も、なぜ紙神は僕の職場にまで来て手紙を?直接じゃダメなのか?信じられない程のシャイボーイなのだろうか、考えるだけで頭がルービックキューブだ。

しかし、この2、3日で12万8千円を手にした僕は、この金の出どころが何なのか気持ちが悪くてやっぱり怖かった。


それから一週間が過ぎ、気が付けば何の音沙汰もなく二週間が過ぎても紙神からの手紙はなく手にした12万8千円で引っ越しを考えていた、紙神に住んでいる所が分からなければ手紙も来ないし仮に職場に手紙が来ても無視すればいい、金を使っても大丈夫だろうと考えた僕は近くの不動産屋へ行った、家は古くても構わないけどハイジーニさんと一緒に住めるアパートを探した。


嘘みたいな笑顔の不動産屋の顔に導かれるまま椅子に腰掛け、嘘つきみたいな声で話を聞いてくる


「どのようなご希望でしたか?お一人様でしょうか?おいくら位でお探しでしたか?お風呂トイレは別がいいでしょうか?何階がよろしかったですか?まずはこちらの用紙に氏名、ご住所、お電話番号のご記入をお願い致します。」


次から次に質問されて転校生の気持ち体験をしているみたいだ。ハイジーニさえ飼うことができればそれ以外希望は無かった。記入を終えて嘘みたな顔に用紙を渡すと


「柊様ですね?お待ちしておりました、紙神様から新しいお部屋のお手続きを承っておりました、もうすでにご契約済です、鍵をお渡し致します」


「はい?!」

僕は魂が口から出る勢いの声を出してしまった、


「い、いつ来ましたか?どんな奴でしたか?年齢は?背丈は?」


今度は僕が質問攻めにしたせいか嘘みたいな笑顔は完全に本当の顔になっていた。聞けば二週間ほど前に50代くらいの男が条件を伝え

〃柊という男が来たら鍵を渡して欲しい〟

と数年分の家賃を置いて行ったという事だった。

どうなっているんだ、、見透かされている、先を越されている、僕は完全にあいつの手にお中と言う訳か・・・解約をお願いしたが契約者は紙神だから住むも住まないも僕の自由らしい。本当の顔が畳み掛けるように


「あと、お手紙を預かっていますよ」 


頭痛がしてきた、手紙を受け取り静かに開くと、またあの独特な気持ち悪い文面が

                      

柊サマ

8月12日 金曜日 午後5時 いすみ市内 藤コーポ102ニテ。


「いすみ市ってどこだよ・・? 千葉県か? 行ってられっかよ! 」

柊が時計を見ると午後3時を回ろうとしていた、8月12日、  今日か?! どうする俺!!間に合うのか俺! 何でいつもこうギリギリなんだよ! 僕は不動屋さんを飛び出し駅に向かった、電車で40分弱位か、15時半のに乗って16時10分に着いた後40分で藤コーポを見つけたとしてだ、102の人に何て言えばいい、、今から自殺しますよね? なんて言えないし、そもそも何で千葉だよ、せっせと切符を買い時刻表を見た。15時40分発千葉行き右から左に流れる電光掲示板に思わず口が開いた。


「間に合わない」


それでも僕の足は改札を通り抜けていた。ただ淡々と38分が過ぎた。

来てしまった‥‥。

いすみ市

すぐにタクシーに乗り


「藤コーポまで!住所は分かりません、ただ最短距離の藤コーポまで」


破茶滅茶な事を言っているのは百も承知だ、こっちだって一か八かだ。タクシーの運転手は無線でやり取りした後


「ここから30分位かかりますね」


30分後には何が待っている?死・・これ以上は考えたくはなかった。

「行ってください」


タクシーの白すぎるシートと勝手に閉まるドア、無線、それら一つ一つがタクシーの象徴だ。


「お客さんどこからですか?」


バックミラー越しにうつる運転手の瞳は明かに長年の感で只事ではない僕の雰囲気を察していた。しまった、、僕はできる限り嘘ではない嘘を絞り出す。


「いすみ市の藤コーポ近くに巨大UFOが出現したって友達から連絡があって、ぼ、僕は大の都市伝説好き男なんですよ」


自分でも震えるほど嘘が下手である。どうだっていい、地獄のような30分だ。すると運転手は


「本当ですか!?」


少し食い気味で話にのってきた。一番最悪のパターンである。特に僕は都市伝説を知らない上にこれ以上この話題を広げられない

「信じるか信じないかは あなた次第です」

とキメキメで言ってみた。

すると運転手は大笑いし


「少し飛ばしますね」


バックミラー越しの瞳は同志に満ちていた。


〝違うんだ運転手さん…〟


僕は心の中でごめんよ、おそらくUFOは来ないと思いつつ深くうなずいて

「ありがとうございます」

と心から言った。


UFO見たさに飛ばしたタクシーは僕の予想よりも早く藤コーポに着いた、着くなり運転手も車から降りるなり空を見上げた。次の瞬間、僕らはか互いの顔を見合わせた。ガスくさい。すごい匂いだ。102!!僕はシャツのをめくりあげ鼻と口を塞いだ。


〃ドンドン、ドンドン〃


102号室のドアを叩いた、


「すいません、ガスくさいですよ!!大丈夫ですか?」


返事はない。今仮に中の奴がライターでもつけた俺も吹っ飛ぶな・・・一瞬迷い藤コーポから後退りした。近所の人たちもガス臭さに気がつき外へ出てきた。

〃どうする俺、マジでどうする!〃 

やるしかない、誰だって人は最終的は一瞬の判断で決まる、僕は102号室のドアを蹴り開け中に入ると80は超えている男性いがいた。


「お爺さん、大丈夫ですか?しっかりして下さい!」


老人はライター片手に座り込み意識が朦朧としている様だ、僕はライターを男の手から取り、老人を引きず出そうとした、

あれ?!〃老人の腹に何重にも紐が柱に柱に括り付けられている。ほどいていたら共倒れだ・・・


「お爺ちゃん、ハサミどこ?」


ダメだ反応が無い、最悪だ、咄嗟に台所にあった包丁を手取り紐を切り取り部屋から老人を引きずり出し、自分も倒れ込んだ。程なく警察、救急車が来て老人は運ばれて行った、僕は警察に事情を聞かれ、UFOを見に来た事など、ごくごく普通に ゛偶然 〟 を装った、勿論タクシーの運転手も事情を聞かれUFOオタクを乗せて来たと。軽く頭痛が残る中、受診を勧められたが色々と面倒なのでそのまま帰宅をすることにした。帰りも同じタクシーに乗り運転手は難しい表情で


「これはUFOの仕業かもしれない」


と言い出した。あまりの真面目な声に僕は口から臭い玉が出た、しかし僕は自分が言った嘘に救われ、言った嘘にイライラしている、面倒臭い展開だが、僕と運転手は紛れもない、同志なのである。早く駅に着いてくれ。バックミラーの瞳は僕にさっきした質問の答えを求めている。


「UFOの仕業ではなく、UFOに僕たちが導かれたのかもしれない、偶然ではなく必然だったんだよね、信じるも信じないのもあなた次第です」

僕は自信ありげに言ってしまった。

運転手の白い手袋はハンドルを強く握りしめ赤で信号で止まると拍手をした。妙な一体感に包まれた空気のまま駅に着き僕はタクシーを降りた。


〃さよなら、同志よ〃 


軽く頭痛が残る中、帰りの電車は快適だった。


「ハイジーニ、ただいまぁ」 


円い瞳と濡れた鼻で僕のズボンの裾をクンクン嗅いで、何と言えない声で鳴いた。つまり

「おかえりなさい」と言っている。実に愛らしく美人さんだ。時計の針は夜の9時になろうとしていた、勿論、玄関には紙神からの手紙が。もう驚きもしない。



大変オ疲レ様デシタ、本日ノ報酬6万5千円デス

新シイ オ部屋ニ是非オ越シ下サイマセ


                 紙神  六郎


あっ、千円上がってる・・僕は大笑いしたと同時に紙神は僕を知っている?絶対に見つけてやりますよ! と気持ち悪さより紙神六郎という謎の男に興味が湧いたのだ、ストックホルム何ちゃらに似てるんでしょうか、紙神は犯罪者でも誘拐犯でもありませんが、今僕はお前をたまらなく知りたくなりました。一味と七味の違いは分かりませんが、そういう気持ちと感覚なんですよ。






         残念残暑・雨あられ  


夏は冷蔵庫に入れているのに食べ物の傷みが早い気がいませんか?半透明に濁った窓に巣へ帰り遅れた蜘蛛が濡れて雲の隙間から太陽は出ないんですね・・醤油にわさびを溶かした時に透き通ってていられないのは何かを求めた結果なのでしょうか、粗挽き胡椒は公園の砂場の砂利を食べているみたいです。


僕の引っ越しの荷造りは呆気なく終わり、紙神が用意してくれた部屋は高級マンションではないが、このアパートから見れば真っ白なソフトクリームくらい綺麗だ


  「出発だよ、ハイジーニ」


籠の中のハイジーニはどこソワソワしている、僕も一緒だ、そんな初デートにも似たようなソワソワ散歩な引っ越し、しばらく歩くと引っ越し業者の小さなトラックが先にソフトクリーム邸にご到着だった、僕とハイジーニも荷物と一緒に乗せてくれたら良かったのにな。想像よりも早々と荷物が運ばれ部屋に ぽつん、とまず僕はこの部屋の隠しカメラや盗聴器がないか隅から隅まで確認した、ハイジーニはソフトクリーム邸を気に入ったご様子だ。窓を開け空気の入れ替えをした、木漏れ日に混じる空気は気持ちいい、職場まで歩いて10分と近くにコンビニと駅もある、荷解きをしクローゼットを開けると手紙が・・いつ来たんだろう、鍵替えなきゃな。


新シイ 、オ部屋ハ オ気ニ召シマシタカ?


柊サマ、今夜22時駅前通リ鳴海酒工場ニテ


                 紙神  六郎



あの何代も続く老舗の金持ちか・・・僕は今回も行こうか迷った、四代目を継いだ若店主は同級生だからだ、別に仲が良かった訳でもなく話した事もないが、昔の知り合いには何となく会いたくない、かといって行かなければきっとこいつが自殺をするのだろう  大金持ちはまさかの赤字で借金とかか?・・よくある話だな・・

僕は勝手にそう思った。


その日の仕事を終えてからいつもは被らない帽子を深めに被り僕は鳴海酒工場へと向かった、店は勿論閉まっていたが、店裏にある工場に小さな灯りが見えた、時計を見ると22時丁度である、やばい、、僕はノックもせずに工場へ入って行った、ロープを鉄パイプにくくり付けて首をつる寸前だった、


「鳴海!!!」

僕は思わず叫んだ、鳴海はかなり驚いた顔をして


「ひ、ひさなぎ!?」


〃いえいえ、僕は柊ですよ〃 


少し当時の面影があるが鳴海は心底疲れきった顔をしていた、


「お前、何やってんだ?!」


鳴海は声を裏返しながら言ってきた。


〃それはこっちのセリフですよね〃


と思いながらまるで友達みたいに話をかけた


「鳴海こそ何してるんだよ、俺さ風の噂で鳴海が店を継いだって聞いて日本酒を買いに来たんだ、仕事が終わるのが遅くてこんな時間に何となく来ちまったら同級生が目の前で死のうとしている、鳴海こそ何やってるんだ?!」

すると鳴海は

「あぁぁぁぁぁうぁぁぁぁ」

叫び出し話し出した。


「俺は味覚が無いんだ、酒職人にとってこんなに致命的な事はないだろ、俺の代になって味が落ちたとか、140年の店潰す気か、なんて言われても、どうしたら良いんだよ、どんな医者に見せたって治らない、味を守れなくて店を潰すくらいなら死んだ方がマシだ」


大粒の涙が何故だか僕は美しい酒に見えた。


「鳴海が死んだら店は潰れないの?親父さんや古くからいる従業員さんにもっと頼ったらどうだ?鳴海は小学校の頃から責任感が強くて生徒会長までする、頭が良くて女子からはモテモテだったけど、鳴海は誰よりも勉強やスポーツも努力してた、いいじゃないか、たまには誰かに助けてもらうくらい、鳴海なら何だってできるよ」


同級生ってだけでろくに話した事も無いのに、小さい頃の記憶って時に鮮明に蘇る。鳴海は静かに柊の前に来て頭を下げ


「ありがとう、、ひさなぎ、、」と言い、沢山の涙を拭って、近くにあった新作の酒をくれた。


〃 柊だよ 〃


僕は酒の旨い不味いも分かりませんが、鳴海が作ったって酒は少し辛口でサラリとした舌触りの喉越しだった、この酒の名前は

〃ひさなぎ〃にでもしますか・・ハイジーニ乾杯。

結局僕は自分の名前を柊とは言わず、ほろ酔い気分でソフトクリームへ、エントランスの集合ポストには手紙。。


オ疲レ様デシタ、本日ノ報酬、6万4千円デス。

近々、3軒隣ノ bar デ 

オ会イ致シマショウ

ヒ・サ・ナ・ギ・サ・マ


                  紙神  六郎


「柊だっつうの、」・・・紙神に会えるのか・・・





         パイナップルは

   最初から穴が空いてないと知っていましたか?   



ポップコーンの原材料が、とうもろこし だなんて知らなかった幼き頃、フライパンの上でパチパチ跳ねるカチカチの とうもろこしが、ふわふわのポップコーンになった時、僕は思ったんです、石ころもフライパンで炒めたら雲になるんじゃないかって。


エロと夢が一本五十円 

はい、キマした。

ここぞとばかりの量をレンタルする人達、一週間でどう見るっていうんだよ、暇か、暇か、いや、暇か!!!!!エロDVD20本て一週間、毎日あの、その、するのか、又はモエモエアニメを大量にレンタルする目的は、恋人に青春を注ぐ事のできる心がピュアな奴か、人はきっと隙間を埋めるために何かをするのかもしれない、誰かの為に自分を犠牲にしている人でさえも。


新居は実に空っぽだ、前の家より広くなったせいか、物がない部屋を埋めるのはハイジーニ、今日も美人さんだ。インターホンが鳴りハイジーニは毛を逆撫でで目を円くした。「郵便です」僕は嫌な予感した、差出人は〃紙神 六郎〃やはりである。何も思わない自分に〃普通とは変と思わない事〃。


小さな小包を開けると、


〃世界のピアノ展覧会 旋律の香り〃


僕には無縁そうなチラシが、そして携帯電話が。これからは手紙ではなく、この携帯電話でメールでお知らせか・・・するとすぐに携帯電話が鳴った、公衆電話からだ、とうとう紙神と話ができる、僕の指先はどこかワクワクしていた。


「もしもし・・」


聞こえてきたのは女性の声、僕は戸惑いながら


「もしもし・・」とだけ返した。


「あ、あのあなたが今持っている携帯電話の持ち主です、どこかで落としてしまって、あなたが拾ってくれたんですね、、ありがとうございます」 


〃どういうことだ?! 〃


僕はふぬけた声で

「はい・・」としか言えなかった。 


「今日はもう夜遅いので、明日お時間ありましたらどこかでお会いできませんか?」


初めて女性から待ち合わせに誘われたが状況がよく飲み込めない、落ち着け、俺、今分かっているのは紙神から届いた電話は僕のではなく、誰かの、、、、電話越しの彼女が落としたもの、だから僕はこの電話を彼女に返すという事。


「明日僕は仕事が休みなのでいつでも大丈夫ですよ、それか駅前の交番に届けておきましょうか?」


知らない男と待ち合わせなんて本当は気持ち悪いだろうな。


「駅前交番横の広場でピアノ展がやっているのでそこで待ち合わせしませんか、直接お礼がしたいです」


礼儀正しい落ち着いた声で彼女は言った。


なるほど、彼女は死にたいのか。

新しいやり方だ。

その後は簡単なやり取りで互いの服の色、背格好を伝え、電話を切った、ただ一つ待ち合わせ時間が21時30分、チラシを見る限りピアノ展は21時までだ。

僕は彼女が死に急ぐ理由を勝手に考えていた、ピアニストの夢を諦めたか、病気でピアノが弾けなくなったか、又はピアノとは全く関係なし男にでもふられたか、人が死に急ぐ理由なんてそれぞれだ、そういえば、あのガスのお爺さんだって理由は分からない。今回は紙神からの指示ではなく本人からの指示、彼女は本当に死にたいのだろうか、さっき聞いた声からは想像もつかない。そう思いながら僕は硬めのベッドに横になった。

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