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10話 筋肉教官と不殺の道

 珍しく誰もいない冒険者ギルドに併設された訓練場にグレイとアヤト、ミサキ、ナミネが対峙していた。

 

「でりゃあ!」

 

 アヤトが魔力で加速しながら木剣を上段に振りかぶりグレイへ振り下ろす。

 

「気合いだけは十分だな」

 

 振り切る直前に足を払い除けられて体勢を崩してしまうアヤト。

 

 そのアヤトに隠れグレイの死角へ移動して刺突を繰り出すミサキだが、グレイはアヤトをそのまま投げ飛ばしてミサキへぶつけた。

 

 人1人の質量をぶつけられたミサキはアヤトと共に訓練場の地面へ叩きつけられ身動きが取れなくなってしまった。

 

「アヤトくん! ミサキちゃん!」

「意識を逸らすな、ヒーラーのキミが注意を怠れば死ぬのはアヤトくん達だぞ」

 

 叫んだナミネの目の前にはグレイの拳があった。

 

 理不尽の化身。

 

 それが3人がグレイへと抱いた感想だった。

 

 魔力が無いはずのグレイに手も足も出ない。

 

 コレで都度5回の模擬戦。

 

 その度に軽くあしらわれ問題点を洗い出される。......と言うのを繰り返していた。

 

「ナミネちゃんは、とりあえず落ち着いて視野を広く」

「はっはい......」


「アヤトくんは動きの硬さは取れてきたけど、もう少し相手の動きを見て」

「はい!」 

 

「ミサキちゃんは良い感じだけど搦手以外も使ってみて、もし通じない相手が来たら先に潰されるぞ」

「ですが先ずは自分の得意な事を伸ばした方がいい気がしますが......」

「そりゃそうなんだけど、基礎が出来てないといざって時は何も出来なくなるぞ? それに正直、攻撃が軽すぎて黒き森の魔物に通用するか微妙なラインかも」

 

 意外に辛口な評価にミサキは分かりやすく落ち込んでしまった。

 

 慌てたグレイは人心地着かせるために一度休憩を挟む事にした。

 

 グレイに用意した水を飲みながら3人は息を整え、一息つく。

 

 一息吐いたところで、ミサキが恨めしそうに小さく頬を膨らませてグレイを睨んだ。

 

「グレイさん強すぎません? コレでもアタシ達は聖都でも屈指の強さだったんですよ?」

「そりゃあ鍛えたからな、それにキミたちとは年季が違うし......逆に経験ないのにそこまで戦えるキミ達の方が凄い気がするが」

 

 グレイは1日だけとはいえ教官として厳しい指摘はするが内心では感心していた。

 

「でもグレイさんに一撃与えるイメージは全く湧かないんだけど......」

 

 アヤトは少し視野が狭くなる時はあるが、真っ直ぐな太刀筋と様々な魔法を状況に応じて使えるオールラウンダー。

 

「アタシなんてナイフを指で挟まれて防がれた時は絶望したし......」

 

 ミサキは小手先に頼りがちだが、隙を見抜き急所を的確に狙いに行く嗅覚は凄まじい。

 

「人って瞬間移動できるんですね......」

 

 ナミネは生来に気弱さは気になる所だが支援に特化した魔法は非常に頼りにして良いだろう。

 

 正直、彼らに戦いを教えた奴がしっかりと心構えや力の使い方を教えていれば、もっと伸びていた筈なのだ。

 

 グレイはそれを痛感し、顔も名前も知らない人物へ憤りを向けた。

 

「そうだ! 模擬戦ばかりじゃ飽きるだろうし。何かしてみたい事とか聞きたいことはあるか?」

 

 と言っても、筋トレの仕方ぐらいしか答えられんがな。

 

 とグレイはワザとらしく笑った。

 

「私は特に......ミサキちゃんは?」

「アタシ? うーん、うーん......そうだ! グレイさんの本気の攻撃を見てみたい!」


 ミサキが身を乗り出し、目を輝かせている。

 

 自分から言い出した事だ。

 

 グレイは少し考えて訓練場の中央へ向かい、軽く拳を握った。

 

「攻撃っていうかは微妙な所だけど」

 

 ドン!。

 

 空気の破裂音と拳を正面を突き出したグレイの姿。

 

 まるで時が飛んだように過程が消えた動きにミサキの顔が引き攣った。

 

 けれどグレイが行った事はただの突きでは無い。

 

 訓練場の壁に開いた拳大の穴。

 

 罅が入る事なく綺麗に壁が潰されていた。

 

「えっと......グレイさん。何したの?」

「空気を殴った」

 

 何でも無いようにグレイが言うが、3人の顔は引き攣っていた。

 

 異世界の知識がある3人。

 

 さらに、とある時期に(厨二病)知識を仕入れていた(だった)アヤトはグレイの非常識に開いた口が塞がらない。

 

「(生身で音速を超えた? いやいやいや! 普通は体の方が潰れるよ!)」

 

 何でもないようにミサキと話すグレイを見て、アヤトは改めて手加減されていて良かったと安堵した。

 

 もし、グレイが理知的でなかったら、もし拳を振るう事に抵抗が無かったら......あの時に殺されていたかもしれないと改めて自分の浅はかさを思い知った。

 

 そして1つ気になった。

 

「あのグレイさん! 1つ聞いても良いですか」

「ん? おう別に良いぞ」

 

「グレイさんは、もし人に力を振るわないといけない時はどうしますか......俺は今、人に向けて剣を向けるのが怖いです」

 

 アヤトの手が震える。

 

 夢から覚めたあの瞬間、今まで人を傷付けないで来れたのは運がよかっただけなのだと思い知らされた。

 

 自分の力は誰かを容易に殺せるのだと。

 

 ミサキとナミネもアヤトの言いたい事が分かるのか目を逸らして俯いてしまった。

 

「うーん、少し勘違いしてると思うんだけど」

 

 グレイは考えるでもなく腕を組んで答えを返す。

 

「俺だって必要があれば戦うし誰かを傷付ける事もあるさ」

「そもそも俺は聖女付きの護衛だぞ? 危害を加えてくる奴を殴り飛ばした回数なんて数え切れねぇよ」

 

 グレイは口を大きく開けて笑う、アヤト達の心の底の不安をかき消すように。

 

 臆する事なく言い放った。

 

「けどな! 誰かを殺す覚悟なんぞ俺にはねぇ。だから殺さないように加減して殴るし、あとは衛兵に任せる」

 

 胸を張って言い切るグレイにアヤトはミサキはナミネは言葉を失った。

 

 心のどこかで、異世界は命の価値が低いのだと。

 

 剣を向け合えば残る道は殺し合いしか無いのだと。

 

 それを目の前の執事に打ち壊された。

 

「でっでも! 相手が殺そうとしてくるならコッチも抵抗しないと!」

「何で相手に合わせるんだよ、俺は殺したく無い。それだけだ、相手がどう考えようが興味は無いし合わせる気もねぇ」

「それで良いんですか......」

 

 アヤトの呟きにグレイは力強く頷く。

 

「まぁ意地を通すのには力が要るぞ? 相手の意地を通されたく無いなら力を磨くんだな」


 その言葉に、意気消沈していたミサキが元気を取り戻し深く息を吐いた。


 まるで嫌な空気を体から追い出したようだ。


「そうだよね! グレイさん、アタシ達をビシバシ鍛えて!」

「......わっわたしも頑張りたい! アヤトも一緒に頑張ろ?」

 

 呆然とグレイの笑い声を聞いていたアヤトはナミネに差し出された手を見て瞳に力が宿った。

 

 ナミネに手を引かれ立ち上がったアヤトに迷いは無くなっていた。


「あぁ! グレイさん! よろしくお願いします!」

 

「やる気が出たな? じゃあ逃げないで着いて来いよ!」

 

 そして、グレイは思う。

 

 コレ、今日で終われる空気じゃ無いなと。

 

 

ご読了ありがとうございました!


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