まちがえた
なるべく迷惑を掛けないようにしましょう。
Nさんは、心霊スポットを巡ることにはまっていた時期があるそうだ。そんなNさんから聞いた話である。
心霊スポット巡りと言えば、時として不法侵入になり得ることも多い。深夜に、人の持つ敷地へ潜んでいくのだから、それはもう緊張の度合いはとんでもないものであったらしい。その日は取り壊しを待つ団地の一棟の噂を聞いて足を向けたという。噂については刃傷沙汰だの一家心中だの、実にありがちな内容ではあったが、舞台装置が完璧であるが故に敷地に踏み入れる前からそれだけで怖気づいていたところもあったそうだ。
ネットの口コミで調べた該当の部屋へ行くまでに随分の時間を要したのは、肝試しならではのことだろう。玄関のチャイムを三回鳴らし、ごめんくださいと声を掛けるのがありがちな『儀式』の作法であったので、Nさんたちもそれに倣い鉄のドアに声を掛けたという。
数分待っても何の変化もない。Nさんと同行の友人たちはなんだかおかしくなって笑い合い、もう一度同じ作法を繰り返してやはり何事も起きないことを確認して、その場を立ち去ることにした。気分が高揚していたのと恐怖心を払拭したい気持ちが相俟って、普段にないくらい声を高く大したことないなと話しながら階段に足を掛けたときのことだった。
「うちじゃねえって言ってんだろうが」
それは年配の女性の怒鳴り声だったという。声音で憤りと苛立ちが感じられた。がちゃん、と鍵が外れるような音を聞いた瞬間、Nさんたちは我先にと階段を駆け下りその棟から全力で離れた。よく転んで階段から落ちなかったものだ、とNさんは苦笑いをして見せた。
後で調べたところ、Nさんたちが訪れたのは二〇三号室で、実際の噂があったのは二〇五号室、つまり向かいの部屋だったらしい。四のつく号室が飛ばされるのはよくある話として、どうしてよく確かめもせずに部屋を間違えてしまったのかは未だに分からない。
Nさんは、それ以来心霊スポット巡りの趣味をやめてしまったという。恐怖体験をしたこともあるし、単純に飽きたこともあるというが、それ以上に、あちら側に随分迷惑なことをしているのだと、自覚したらしい。