バスを待つ人
人?かな?
私は夜目が利く方である。夜道であっても、街頭さえあればそこそこ遠くまで見通せるのが自慢だ。
その日は暮れも押し詰まった寒い日だった。酒の強さにも少々自信のあった私は、勤め先の忘年会でしこたま飲んで、酔い覚ましに家までの道のりを歩いて帰ることに決めたのだ。
アルコールが抜けかけた身体の熱を夜の冷気がさらって行く。自宅まで半分というところまで来たところで、視界の先に人の姿が見えた。ずいぶん背の高い人だと思った。傍に立つバス停より少し小さいくらいだ。
そういえば、バス停の高さなんて考えたこともない。調べるか、とポケットに手を入れスマートフォンを探したが、調べ物をしながら歩くにはあまりに足取りがおぼつかない。大体、子供たちにはながらスマホをするなと普段から説教をしている立場なのだから、これで転んで怪我をしたなんてことになったら示しがつかない。
先の通り私は夜目が利く。バス停は少し先にあるのだが、暗い中でもその人の影はきちんと見えていた。スマートフォンを探し、取り出すことを諦め、ポケットに手を突っ込み直した間にも歩みは進んでいる。バスが大きな音を立てて通り過ぎて行った。
やっぱりバスに乗ろう、と思った。あの先のバス停からなら停留所はふたつだけだけれど、それでも帰りが遅くなりすぎたり倒れ込んで眠ってしまうよりはずっといい。そう思って気持ち、足を速めた。ふと視線をやると、バス停には相変わらず先ほどの人が立っている。
酔っていたからだろう。間違いなくアルコールが原因である。未だに、私はそうだと信じている。
バスが去っていった後もそれはそこに立っていた。何故バスに乗らなかったのだろうと不思議ではあったが、目的地とは違う行き先の系統であったか、あるいはあのバスは回送車だったか。
背の高い人だ。
いつの間にか頭の位置がバス停と並んでいる。
見間違いに違いない。何せ私は酔っていた。ふと振り返ると、信号の向こう側にバスが停まっている。走ればあのバスに乗れるかもしれない。
傍から見ればふらついた速足にしか見えなかっただろうが、私は走り出した。そしてその見据えた視線の先。
その背丈はバス停を超えていた。
私は足を止めた。バスを私が追い越していく。息が弾む。バスはやはり、バス停を通り過ぎて行った。踵を返し手前のバス停まで戻り、次のバスを待つ。数分後にやって来たそれに乗り込み、私は扉側に背を向けて立った。席は空いていたが、座ったら眠ってしまいそうで怖かった。そうして、目的のバス停まで、バスは停まることなく走り続けた。
私があのバス停までたどり着いていたら、あの人影の背丈はどれほどになっていたのだろうか。




