おにあそび
子供の頃に一度は経験したことがあるかもしれないお話です。
子供の頃、神隠しに遭ったことがある。
三歳くらいのことだったと記憶している。しかし思い返してみると、どうにも辻褄が合わない。新しい家に引っ越した後のことで、それは私が四歳の時の話だと聞いている。でも、私の記憶ではこの出来事は三歳の時に出くわしたものとなっている。
近所の子供たちと私は鬼ごっこをしていた。足が遅く運動神経も悪かった私は外遊びが苦手だったが、それでも参加しなければ仲間はずれにされてしまう。幼い頃の小さな世界でのそれは生きていくうえでの致命傷に近く、どうせ楽しくないと分かっていても参加せざるを得なかった。
その日もやっぱり私が鬼になり、友達をどれだけ追いかけても捕まえることが出来ず、からかいの声に囲まれながら半べそをかいていたのだ。そうして泣くのを堪えながら息を切らせて追いかけっこを続けていたところ、気付くと私の周りからあれほど騒がしかった友達が消えていたのだ。
置いていかれた。そう思った。あいつらは散々私を馬鹿にして、走り回ることに飽きて私を置いて帰ったのだ。そう思ったら怒りがこみ上げてきた。それなら私だって帰ってしまって構わないはずだともう一度辺りを見たように思う。そこはいつも通り、慣れ親しんだ近所の景色だ。人影だけがひとつも見当らない。
途端に寂しくなった。そもそも泣きそうだったのである。遊んでいるうちに時刻が過ぎていたのだろう、いつもの町並みは橙色に覆われ妙に不気味に見える。おかあさん、と呼んだ気がする。呼んだら寂しさが増して、私はあたり構わずわあわあと泣き出した。
「どうしたの」
気付くと景色が変わっていた。と言っても、そこも一人で来ることはないがまた見慣れた風景である。声のした方を見ると、近所では見掛けない六、七歳くらいの女の子がこちらを見ていた。どうしたの、だいじょうぶ、と心底心配だという顔で。さっきまでの鬼ごっこの情けなさと、独りぼっちの心細さが相まって私はまたおかあさん、と言ってべそべそと泣いた。
「まいごなの?おうち、どこ?」
女の子も困ってしまったのだろう。泣き続ける私の頭や背中を子供らしい不器用さでとんとんと軽く叩きながら、優しく声を掛けてくれた。それがあまりに優しくて、私はもう泣き止むこともできなくなってしまった。何せ私は三歳の子供で、さっきまで近所の子供たちにいじめられていたのだから。
見知った景色とは言っても帰り道など分かるはずもない。あっち、とかあのへん、とか非常に危うい言葉を泣きながら返した。近くの子だろうということはどうやら悟ってくれたらしい。それなら親が捜しに来るとでも考えたのか、うーん、とひとつ唸ってから女の子は言った。
「お母さんくるまで、あそぼ?」
女の子が私の手を取る。鬼ごっこしよ、というのだ。私は首を振った。こんな悲しい気持ちなのに、鬼ごっこなんかしたらまた一人にされてしまう。いや、と言う私に女の子はまた優しく笑ってだいじょぶ、と言った。
「私が鬼よ」
そこは小ぢんまりとしたマンションの敷地の中だったように思う。いつのまにか集まっていた、私と同じくらいかそれより少し年嵩の子供たちがわあ、と声を上げて蜘蛛の子を散らすように走り出すのが見えた。
「捕まったら負けよ」
逃げて、と言う声に背中を押されて駆け出した。女の子が相変わらず優しい笑みを浮かべながら、たんっとアスファルトの地面を蹴る音がした。
その時の記憶はそれまでである。
それから、私がどれくらいの間彼女と遊んだのか、周りにいた子供たちの顔や、どんな風にして家に戻ったのかなどは少しも覚えていない。こんなことがあったはずだと母に聞いても、そういえば大変だったわねえと曖昧な答えが返ってくるのみなので、詳しいことはひとつも分からないのだ。あの時私と遊んでくれた女の子のことは、誰に聞いても分からずじまいである。
例の小ぢんまりとしたマンションは、私の家から自転車で十分ほどの場所に間違いなくあった。そして私が大人になり家を出て、それから区画整理で取り壊されるまでその建物は存在していたのである。




